304.報告と浮かぶ謎
予定時刻の五分前に会議室へ向かうと、既にジャンヌさんとコーネリア校長は在室していた。
先に室内のセッティングをしてくれていたようだ。忙しいのに、割とこういう細かいことに気を回してくれるんだよなあ。
「おう、早かったな。準備は済んでるから適当に座ってくれ」
校長に促され、オレたちは二人と向かい合って席に着く。
この光景もお馴染みになりつつあるな。
「さて……今回の『校正』も無事に完遂してくれたこと、改めて感謝するよ。エイヴスの事件からまだ二ヶ月も経っていないのに、こうしてまた世界を救ってくれるとはね」
報告の場は、ジャンヌさんのお礼からスタートする。
「調査自体も特に危なげのない、順調なものだったと聞いてる。いやあ、君たちを初代イレギュラー対策チームに選んだのはやはり正解だったね」
「危なげがなかったかと言われると、首を傾げるとこではありますけどねえ」
という訂正はエスカー。実際、旅の道のりは決して順調と言えるものではなかった。
特に第五大陸以降は、千年王国の策略に大きく振り回された形だ。
「また千年王国が立ちはだかってきたわけですけど……あいつらには本当に驚かされます。オレたちがイース・ミュールのワールドスクリプトを発見したのは、つい先日なのに」
「だね。そんな世界にも、王国は何年も前から侵入してたってことだもんなあ」
古代都市で千年王国の二人が撤退するのを目にしたが、彼らは恐らく簡易的な転移装置のようなものを使用していた。
世界間転移に関して、かなり高度な技術を有していると見ていいはず。
時空の歪みはある程度ランダムに発生するものなので、奴らの方が先にその歪みを捕捉していた、ということもあるだろうが。
「でも、どうしてあいつら帰っちゃったんだろうね? あっさり負けを認めた感じだったけどさ」
「終末ノ獣を見て、何か驚いてたみたいだったからな。考えられるとしたら、パレスちゃんの停滞があいつらにとって致命的だったとかかなと」
「思いつくのはそれくらいよね」
オレの仮定に、フェイが同調してくれる。
ただ、それが正しい保証は全くない。
「千年王国のことが気にかかるのは尤もだ。けれど、まずは今回の調査について始めから終わりまでをまとめて報告してくれるだろうか」
「あ……ええ、そうですね」
いけない、いけない。疑問点が幾つもあるゆえ、皆議論したい気持ちが出てしまっているようだ。
まず終わらせるべきは全容の報告。そう思い直して、オレたちは語り始める。イース・ミュールでの一週間を。
戦々恐々の思いで転移した未知の惑星……手つかずの自然に放り出される可能性も考えていた中で、降り立ったのは煌びやかな宮殿のど真ん中。
そこで女神を自称する天使パレスから、世界を救うために君たちを召喚したと告げられ……イース・ミュールの事情を聞いた後、航海が始まった。
初めこそ特に波風は立たなかったものの、次第に雲行きは怪しくなり。
あの世界の真実に触れる段になって……幾つもの思惑が交錯し、オレたちは嵐の中を、それでも進むしかなくなった。
最後はパレスちゃんがその身を犠牲にし、オレたちに猶予を作ってくれて。
世界を滅ぼす終末ノ獣を抑え、何とか斃すことが叶ったのだった。
「……というのが、イース・ミュールで起きたことの全てです」
オレたちの長い話を聞き終え、それまで静かな聞き手に回っていたジャンヌさんとコーネリア校長が話す番になる。
「……なるほどな。新たに発見されたワールドスクリプトだってのに、終末ノ獣は百年以上も前に目覚めちまってたのか」
「それを現在まで押し止めていたのが、七天使の一人パレスだったと」
「はい。あの子のおかげでオレたちは、イース・ミュールを救えたと言っても過言じゃないと思います」
「天使とは人間に試練を与えることを第一義に考えているという認識でしたし、驚きでしたね」
恐らくメンバー全員がマルと同じ認識だっただろう。そもそも、エイヴスで対峙したルマンちゃんはそういう考え方だった。
天使にも柔軟な意思がある……今回の冒険で、そのことがよく理解出来たわけだ。
「でも、天使って教会の教えにもある凄い存在なんだよね? 消えちゃうなんてこと、あっていいのかなって思っちゃうんだけど」
「ルカ君の心配も頷ける。正直なところ、天使が消失することで何か影響があるのか……というのは私たちにも分からない。ただ、世界にとって悪影響があるなら、流石に彼女も自己犠牲を選ばなかった気はするし、それしか選択肢がないと考えたとしても、人類へ何かを伝えたんじゃないかとは思う」
確かに、人類を愛した彼女ならば、己が消えることについての影響も考慮はしたはずだ。
その上で問題が無い……或いは影響が少ないと判断して、自己犠牲を選んだのではないか。
まあ、彼女自身も知らない問題があった可能性は否定出来ないが……そんなことはオレたちにだって分かるはずもないしな。
「この問題については教会が専門分野だし、彼らの調査に期待するとしよう」
「そうですね。あっちの方が色々と知ってることは多そうだ」
オレたち……というか、学園や星定議会すら知らない秘密を幾つも握っている、ということもあり得る。
こと神秘的な部分に関して、セラフィス教会は多くを知悉しているのだろうから。
「……それから、イース・ミュールが終末を引き起こしてしまった理由が、異世界からの侵攻だったというのも衝撃でした。学園は異世界同士の繋がりについて、以前から認識していたんでしょうか」
マルがジャンヌさんと校長に問いかける。
オレも気になっていたことだ。これまでは上位世界――ロウディシアだからこそワールドスクリプトに入り込めるものだと思っていた。
むしろ、それこそが一般的な認識だろう。
ところが、ワールドスクリプト間で転移が――それも百年以上も前に発生していたという事実は、この常識を大きく覆す。
「ワールドスクリプト間で転移が発生し得るのは、既に把握している。これを一般に周知していないのは、良からぬことを企てる者が出ないようにとの配慮なのだが」
「良からぬこと?」
「具体的には技術の提供なんかだな。つまり、イース・ミュールにおいて天使パレスがしたようなことを、悪意を持って誰かがする可能性があるってこった」
パレスちゃんは、異世界に渡る技術をあの世界の人間に伝えた。
もし、ロウディシアの何者かが同様のことをし、異世界へ侵攻してはどうだなどとけしかけたら……確かに大変なことになりそうだ。
「ワールドスクリプトが高度な技術を持ち過ぎるのも危険、ということだね。規模や倫理観次第で、取り返しのつかない大惨事が起きてしまう」
「なるほど……」
ジャンヌさんの言うことが現実になるなら、異世界間戦争が幾つも勃発することになる。
確かに、それはあってはならないことだ。……しかし、この情報を一般人に秘匿するというのは慎重過ぎる気もするが。
「悪さをする奴らには、前例があるからね。千年王国という」
「……ああ……」
彼らが異世界転移に関して高い技術を有していることは、さっきも話題に出したばかりだ。
ああいう連中が他にも現れたらと思うとそれは恐ろしい。
幸いにも、奴らはまだ転移技術をそんな風に悪用してはいなさそうだが……オレたちが知らないだけで、どこかで着手している可能性もあるし、油断ならないよな。
「……一つ質問があるんですが」
そこでエスカーが小さく手を挙げて発言する。
「仮にワールドスクリプトがその技術を確立した場合、こちらへ侵攻してくることはあり得るんですかね?」
その質問に、思わずドキリとした。
当然のようにその可能性を排除していた自分がいる。けれど、有り得ない話ではない、のか?
下層である書物の中の世界が、上層のロウディシアへ攻め込んでくる可能性……。
さながらそれは、想像が現実に具現するイマジネートにも似ている気がした。
「ロウディシアがワールドスクリプトから侵攻を受けた、ということは幸いにもまだ確認されていない。記述書の世界の住人が今、こちらへ渡って来られるのかは……起きてみないと分からないことだろうね」
「……ふむ。ま、前例が無いんじゃ分からなくても仕方ないですかねえ」
エスカーにしてはあっさりと引き下がる。
まあ、起きてないから分からないと言われたなら、それ以上追及しても得られるものはなさそうだしな……。
「名前が出てきたところで話は戻るんですけれど。千年王国は終末ノ獣を前にして、撤退してしまったんですよね……どうしてなのかしら」
「フィフスという人物が新たに現れ、ハニーに撤退を進言していましたが……ハニー自身も問題には気付いていた感じがしましたね」
あのときのやり取りから推測するに、終末ノ獣が世界を滅ぼすことは難しい、と奴らは判断したような感じだった。
オレたちを殺して邪魔者がいなくなれば、いずれはチャンスがある……みたいな言い方をしていたし。
「やっぱり、パレスちゃんの停滞が痛手だったんじゃない? イース・ミュールを滅ぼすほどの力を発揮するのには、時間が掛かり過ぎるって」
「それが一番妥当なとこかなあ」
何せ、天使が自身を犠牲にして発動させた停滞だ。かなりの効力を持っていたのに違いない。
あの置き土産のおかげでオレたちも、辛うじて獣を斃すことが出来たのだから。
「停滞の効力で、ディオンがやろうとしていたような獣の掌握が駄目になっちゃったってのもありそうかも」
「ああ、イオナの説も有り得そうだ」
「元々獣がいたんなら、あと王国が干渉出来るのってそれくらいだものね」
いずれにせよ、パレスちゃんのおかげで彼らが撤退せざるを得なくなったわけだ。
彼女は本当に、オレたちを何度も助けてくれた……。
「……彼らが撤退した理由が、状況からして世界を滅ぼせそうにないからだというのは恐らく正しいだろう。何故その判断に至ったのかは……今後より詳しく分かるときが来るかもしれないね」
「ああ。イース・ミュールについては今後も調査を重ねないといけねえと思ってるとこだしな」
「そうなんですか?」
オレが聞き返すのに、コーネリア校長は頷いて、
「元々、あそこは発見されたばかりのワールドスクリプトだ。その危機を無事に払えたなら、今後のことを考えていくのは当然だろ? どう交流を図っていくか、なんてこともな」
「あ、そうか……」
新たにアルカード星書院へ収蔵された異世界、イース・ミュール。
だからこそ、今後エイヴスなどと同じように関係を築いていくことになる。
セラフィス教会が何故同行してくれたか……それはこれから先を見据えての調査のためだったじゃないか。
「いずれ、イマジネーターや他の専門家もあちらへ渡るようになっていく。海族たちには申し訳ないが、古代都市の調査も行われるだろうね」
「そこで新たな発見があるかもしれねえってことだ」
残念ながら、オレたちが再びあの古代都市を訪れるのは難しい。
他の誰かが調査をして、新発見があることに期待というわけだ。
ひょっとすると、過去にイース・ミュールへ攻め込んだ世界がどこなのかも分かるかもしれないな。
「そういう意味でも、お前たちの活躍は非常に大きかったのさ。異世界ロウディシアを、イース・ミュールの人々はきっと寛容に受け入れてくれる」
「まさに異世界との懸け橋を築いてくれたわけだ。うんうん、流石は私が見込んだ者たちだなあ」
対策チームに選ばれたのは、評点がトップだったからな気がするのだが……まあいいか。
ジャンヌさんに見込まれていた、というのはどうも本当のようだし。
「……そうだ。君たちは明日、式典へ参加しに行くんだろう?」
「ああ、はい。めでたいだけの式じゃないんで、緊張はしますけど……」
「それでいい。亡くなった天使パレスを送る会なんだ、多少の緊張感は持って臨まないとね」
ただ、とジャンヌさんは付け加える。
「君たちは間違いなく、あの世界でもまた英雄になったんだ。その自負も忘れずに、行ってきたまえ」
「……はい、ジャンヌさん」
世界を救った英雄として……きっと式の中で注目を集める場面もあるだろうしな。
何だか余計に緊張してきてしまったけれど。喜ばしいことだと受け止めて、しっかり参列させてもらうとしよう。
……こうして、イース・ミュール調査についての報告は終わり。
オレたちはジャンヌさんたちに別れを告げ、外で待機していたバランチームとバトンタッチするのであった。




