302.船は港へ帰り着く
翌朝、ガジェミアを出航した船は二時間足らずで第一大陸メンデレイアに帰り着いた。
悠久の時をアリアーナ大陸で眠っていたパレス号は今、現代の首都へ帰港したのである。
船が港へ着いた瞬間から、大勢の人々がオレたちの帰還を祝福してくれた。
始めは世界を救うという役目を伏せての旅立ちだったが、今はもう全国民が知っているようだ。
そりゃあ、当然だよな。あまりにもスケールの大きな話だし、航海の途中に色々なことが起きた。色々なものを喪った。
帰還して初めて報告するより、先んじて王宮サイドから国民へ伝えておかなければ、混乱は必至だっただろう。
……これでも割と混乱気味ではあるけれど。
「異世界のお客人、本当にありがとう……!」
「北の果てまで行っちまったんだってな、ビックリだぜ!」
「この世界を護ってくれたんですってね!」
海軍の方々が、王宮まで凱旋の路を整備してくれており、両脇から人々の声が飛んでくる。
そのほとんどは賛辞の言葉だったけれど、中にはやはり手放しで喜べない人の声もあった。
「パレス様にも帰ってきてほしかったよ……」
「まさかあのラークさんが、ねえ……」
人々の悲嘆もまた事実だ。喜びと同時に、哀しみもある。
この旅で多くのことが変わったけれど、国民がそれを受け入れられるには、まだまだ時間がかかることだろう。
人だかりを過ぎ、オレたちは王宮の中へ入る。
玄関ホールにはセラフィス教会の二人が待っていて、彼らもまたオレたちの帰還を喜んでくれた。
「ほほ、皆さんお疲れ様でした」
「お疲れ様でした! まさかこんな短期間でイース・ミュールの危機を払ってしまうなんて……尊敬しちゃいますよ」
ニオさんの方は信じていましたとばかりに落ち着いた笑顔を浮かべ、対するアディさんはすっかり興奮した様子で話しかけてきた。
まあ、どちらの反応もオレたちへの賛辞を示すものだ。胸が暖かくなるのを感じる。
「色々とお話したいことはありますが、まずはすべきことをしないといけませんな。行くとしましょう」
そう、まずはしっかり王様へ報告をしなければならない。
イース・ミュールにとって激動の物語であったのだから。
謁見の間の扉を開き、オレたちは中へ入る。
イース・ミュールへ転移してきた際、ここに出てきたんだよな。あの時のことが、もう既に懐かしく感じてしまう。
謁見の間には、ドニ国王のほかバランたちの姿もあった。それに、海軍の兵士も何人か。
見るからに階級の高そうな人もいる……バランからの連絡に出てきたデネル中将かもしれない。
「おお……待っておったよ、諸君」
オレたちが入ると、ドニ国王は柔和な笑顔で迎えてくれた。
「この世界を救うという大役を、見事に果たしてくれたこと……心より感謝している。さ、もっと近くに」
国王に促され、オレたちは最前列へ。
ちらとだけバランと視線があったけれど、彼はすぐにぷいとそっぽを向いてしまった。
「既に簡単な報告は受けている。平和を勝ち取るのに、大きな犠牲を払うこととなったことも」
ドニ国王の隣にある空席。それを見、胸がズキリと痛む。
あの空席を彼女が埋めることは、もう無いのだ。
「それでも、君たちの口から改めて聞きたい。どうか話しておくれ……長い航海の物語を」
一つ頷いて、オレたちは紡いでいく。
旅立ちからここに至るまでの、決して平坦ではなかった航路の全てを……。
*
ドニ国王への報告がつつがなく終わってから。
オレたちは今後予定されている行事について説明を受けることになった。
イース・ミュールが救われたことに対する祝賀会は執り行われるとして、パレスちゃん、それにラークさんの葬儀も予定されているという。
ただ、それらを別々に行うよりも、一続きにした方が良いのではないかという意見があり、その方向で採用されたそうだ。
パレスちゃんの死は悼むべきものだけれど、彼女の想いを汲み、前を向いて未来へ進んでいく。
そういう願いを込めた式典にしたいのだと。
海族たちは時折、死した仲間を弔う際に宴会を開いて送ることもあるのだとか。
今回の葬儀は、そんな慣習もあってのことなわけだ。
「式は明日行われる予定です。皆さんにもどうかご参列いただきたいのですが」
セイルさんからのお願いを、断る理由などオレたちにはなかった。
ぜひ参加させていただきたいと返答すると、彼は安堵したように笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。……それで、この後皆さんはどうされますか?」
「ええと……所属先への報告もあるんで、一旦元の世界へ帰ろうかなと」
「そうですな……我々はもう少しこちらの情報をまとめたいところ。良ければこのままもう一泊させていただきたい」
「なるほど、分かりました。アルゴニオさんたちは?」
「俺らは式まで好きに過ごさせてもらうさ。別に部屋も用意しなくていいぜ、その辺のバーで盛り上がっとくからよ」
「フフ……そう仰るとは思っていました。では皆さん、式は明日の午後三時より開かれますので、お忘れなく」
ずっと航海していたので曜日感覚が曖昧になっていたが、テスタマイザーで確認したところ今日は火曜日。
このまま帰って報告をし、明日の午前中は講義を受ける日常に戻ることになる。まあ、午後三時なら間に合うな。
「はあ……そんじゃ、一旦帰るとしますか。アトモス学園に」
「そうだね。今回はエイヴスより長い滞在だったなあー……もう疲労困憊だよ」
「こうして無事に片付くと、溜まっていた疲れがどっと出てきちゃうわね」
「ボクはどっちかっていうと、帰ってからの勉強が不安かも……今日、火曜だよね?」
「あは、一週間も講義を受けてないことになるねえ」
「う……もうダメだあ」
フェイの言葉じゃないが、ここでやるべきことが終わり、肩の荷が下りたら、自然とお喋りも増えた気がする。
任務中は他愛のない会話もあまり出来なかったが、今ようやくそういう緊張感から解放された気分だ。
「フン。元気なようで何よりだな」
「っと……バランたちもお疲れ様。助かった」
「当たり前だ、貴重な加点の機会だからな。お前たちがしくじれば、もっと稼げたんだが」
「はは、それはお生憎様」
オレが笑うのに、バランはぼそりと、
「ま、こっちはきちんと講義を受けられていることだし、構わん」
「あっ、このおー……!」
講義の話を持ち出され、ルカが頬を膨らませる。
……ううん、帰ったら頑張って自習しないといけなさそうだ。確か、期末試験も近いのだし。
「帰りの列車で、皆の冒険譚聞かせてもらおかなあ」
「うむ、ぜひ聞きたいものでござるな」
列車でもうひと眠りしようかとも思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。
仕方ないなと苦笑しつつ、オレたちは元の世界へ戻る転移門へと向かうのだった――。




