301.長き航海が終わり
終末ノ獣を無事に討伐したオレたちは、船へと戻り、古代都市ヴェルガノンを発った。
実を言えば、あの後少しだけアルゴニオさんとデイビスさんが、都市に遺されていた換金出来そうな物を拾い集めたりはしていたのだが。
船が大陸を離れたのは、深夜三時前。緊張の糸もすっかり切れて、眠気がどっと押し寄せてしまったので、オレたちはすぐ眠らせてもらうことにした。
帰還のルートとしては、当初の予定通り真っ直ぐ南下、途中第三大陸ガジェミアで一泊し、翌日メンデレイア大陸に到着という感じだった。
古代船のスピードが速いため、時間は割と巻けるようだ。
「海、まだ赤いですねえー」
「かなり大規模な汚染でしたからね。少し時間が掛かるのかもしれません」
船の操舵へ向かう途中のリースさんが、セイルさんとそんな話をしているのを耳にした。
第四大陸で眷属と戦った時は、死後すぐに毒素も消えていたけれど、やはり本体となると話は別なのかもしれない。
まあ、元凶は倒したのだ。ゆっくりと海の赤色も消えていくことだろう。
……後から思い返すと、エイヴスで起きたような空の変化はあまり気にならなかった。
決戦が深夜だったことが理由かもしれない。少なくとも、戦いが終わるまで空がおどろおどろしい雰囲気になっていたような気はしないし、もちろん終わってからもそうだった。
終末ノ獣が産み落とされ、封印されてから百余年……一旦回避された終末は、獣が相応の力を取り戻すまで大きな影響は及ぼさないのかもしれないな。
終末など、そうそう起こるべきものじゃない。その現象についてハッキリしたことが分からないのは当然のことだ。
帰って報告したところで、新情報としてこれから調査していこう、なんて言われそうだものな。
報告と言えば、首都ゼフ・ミュールに滞在中であるセラフィス教会の人たちにも、既に終末ノ獣を討伐したという情報は届いているとのこと。
海軍を通して伝達してくれたのもあるし、アトモス学園の方からも連絡がいったらしい。どちらも迅速に動いてくれて助かることだ。
「ふわーあ……」
ぐっすりと就寝し、目が覚めたのは朝の九時。いつもなら寝坊だが、今日ばかりは許してほしい。
他の面々も、起きてきたのは大体オレと同じくらい。アルゴニオさんなんかは、昼前まで寝ていたくらいだ。
「アンタの操舵も中々のもんだねえ」
「ふふ、ありがとうございます。デイビスさんも流石ですよ、ちょーっと荒いですけど」
「ハハ、海族なんてなあそういうもんさ」
交代で船を操縦してくれていたリースさんとデイビスさんは、いつの間にか結構仲良くなっている。
舵を握る女同士、気が合うところもあるのかもしれないな。
帰りの船旅はとても穏やかで、魔物が襲ってくることもほとんどなかった。
激戦からの落差で、正直言えば少し退屈を感じてしまうほどだった。
仲間たちと雑談をしたり、通信でコーネリア校長へ簡単な報告だけを済ませたりしつつ時間を潰し。
その日の夕方五時頃には第三大陸ガジェミアへ辿り着いた。
「思えば久々に帰ってきたもんだなあ……」
アルゴニオさんたちは感慨深そうに街を見つめる。
そう言えば、彼らは千年王国に半壊させられてから半年以上、姿を晦ましていたんだものな。
懐かしい顔に早く会いたい、そう思っていても不思議じゃない。
「泊まるのは行きと同じ場所です。アルゴニオさんにとっても馴染み深い場所ですね」
「お? まさかアイツのとこかよ!」
そう、そのアイツのとこである。
オレたちにアルゴニオ海族団の話を快くしてくれたマスターの店だ。
「二階の宿は貸し切らせてもらいましたから、今日はゆっくり休みましょう」
「へへ、ありがたい限りだねえ!」
ニヤリと笑うと、二人とも店の方へ一目散に進んでいく。
そして扉を開けるなり、
「おう、帰ったぜ!」
と威勢よく言い放つのだった。
それから店のマスターに熱烈な歓迎を受け、一足先に祝賀会のようなものが始まってしまった。
王宮に帰ってもきっと同じようなお祝いをやるのだろうが……まあ、海族のノリとあちらではまた違ってはいるか。
「アンタたち凄え……凄えよ! まさかそんな大それた使命を帯びてたなんてな。いやしかし、最初に来たときから只ならぬことが起きてるとは思ってたが……」
「ようダニー、こいつらに俺たちのことを熱弁してくれたそうじゃねえか。ありがてえこったぜ」
「そりゃ俺とお前の仲だ、当然のことだろ」
マスターの名前はダニーと言うらしい。今更知ることになろうとは。
久しぶりに友人と語り合えて、彼らはとても満足そうだった。
「……しかし、大勢犠牲になったんだな。お前んとこの仲間たちに、海軍少将……それにまさか、パレス様までとは」
「ああ……でもあのお方は最後まで強かったぜ。命を懸けて、恐ろしいバケモノの足止めをしてくれたわけだからよ」
「民のため、命を懸けて世界を護る……凄いお方だぜ、全く……」
マスターだけでなく、周りで話に聞き入っていた海族たちも皆、一様に涙を流している。
パレスちゃんはこの世界で、誰にも愛される存在になれていた。
天使が必ずしも人類の敵というわけではないことを、彼女は命に代えて教えてくれた。
「また、一から仲間の集め直しだ」
「ハハ、お前のお眼鏡に適う奴あ中々現れなさそうだな」
「だろうな。こいつらが興味持ってくれたら一発採用なんだが、残念なことに異世界人ときた」
「あはは……こういうのを仕事にしてますし、無事に終わったんで帰らないといけませんからね」
「お前らみたいなのが大勢いるんだろ? とんでもねえ世界だぜ」
イース・ミュールの人たちから見れば、確かにとんでもねえ世界だろうな。
けれど、いつかはこの世界の人たちも強くなれるはず。終末の呪いは解けたのだから。
「とにかく、今日はとことん騒いでってくれ。何も気にするな、お前たちの分は驕りにしてやる」
「お、分かってんじゃねえかダニー! そんじゃ遠慮なくやらせてもらうぜ」
「ただ! 暴れて店ぶっ壊すのはナシだからな。そこは弁えてくれよ、アルゴニオ」
「ヘッ、言われるまでもねえよ」
海族たちとともに過ごす、賑やかな夜が更けていく。
その賑やかさにやや気圧されてしまったりもしたけれど、それでもオレたちは長い夜を楽しく過ごしたのだった。




