299.古代都市の決戦④――心象
「……正解、みたいだな」
見覚えのある空間に投げ出されたオレは、ひとまず安堵する。
何も起きず獣にやられて敗北……なんて結末にはならなかったようだ。
少なくとも、今のところは。
――まさか、この短期間でまたここに来るとはな。
エイヴスでの死闘から一ヶ月ほど。ここへ再訪する期間が短いというより、死地へ赴く頻度が多いと言う方が正しいだろう。
つまり、それが巡礼の旅の厳しさということでもあるけれど。
「さて――」
訪れたからには、探さなくてはならない。
世界――恐らく今回はイース・ミュールの力と繋がる門扉を。
見つけ出すのには、恐らくさほど苦労しないはずだ。
どちらかというと、オレが気になっているのは……。
「……いるんですか?」
無限に広がっていそうに思える白の世界。
その中心に立ち尽くすオレは、虚空へと声を投げかけた。
「……早い再会だな」
一ヶ月と何ら変わらない姿で、彼は現れた。
心象世界に住まう謎の男――ユリアンさんが。
「巡礼の旅が順調に進んでいるようで、私としては何よりだよ」
「……貴方もその、巡礼って言い回しを使うんですね」
巡礼の旅とは、イオナが詠んだとされる預言の中に出てくるワードだ。
日常使われるような言葉ではないし、それを意識的に用いるのであれば、多かれ少なかれ預言について知っているのではと疑ってしまう。
天使や千年王国の人間も、巡礼について語っていた。どちらも世界の秘密を握っていそうな者たちだ。
ならばユリアンさんはどうなんだろう。彼はどうして、巡礼について知悉しているのだろうか。
「フ……お前が一つ失念していることがある。ここはどこだ。お前の心象世界だろう」
「……え」
まさか。
「あの、もしかして……オレの記憶と直結してる……?」
待て待て、それは流石にまずいだろ。
オレの体験が全部この人に筒抜けだとしたら、恥ずかしいなんてもんじゃないぞ。
今はまだ辛うじてセーフだとしても、これから先ずっとそう言う状況なんだとしたら。
あり得るかもしれない青春のアレコレが、全部この人に見られるってことになるのでは……。
「……ははは! いや、茶化してすまない。お前の体験が私に共有される、などということは無いから安心してくれ」
「……あの、本気でビビったんで止めてくれますか……」
「ふざけ過ぎないようにしよう、ほら、この通り……申し訳なかった」
「はあ……」
初めて出会ったあの瞬間だけは、風格と神秘性を兼ね備えた格好良い人物だと思った者だが。
実際に話してみると、調子の良いおじさんという感じなんだよな。
「成長を感じる……というのは、嬉しいものだな」
「何ですか、それ。まるで保護者みたいな……」
と、そこまで言って思い出す。
この男の名はユリアン……オレの父親の名前と同じなのだということを。
あのときは否定されたし、もう一度聞いたって答えは変わらないのだろうけど。
どうにも偶然じゃない気はする。ただの勘だが、偶然だと簡単には片付けられない相似だった。
――本当に、何者なのやら。
「あの――それよりも」
「……ああ。ここへ来たということは、力を求めたということ。それは分かっているとも」
一つ頷くと、ユリアンさんは踵を返してゆっくり歩き始める。
「付いて来るといい」
「……ええ」
以前と同じように、オレはユリアンさんと並んで歩き出す。
何一つ標の無い、白紙の世界を。
「また、少し話がしたいんですね」
「フ、話が早くて助かる。ちゃんと前回のことを、覚えているんだな」
「そこまで昔じゃないですし……」
ユリアンさん曰く、求める者に道は開かれる。
力が欲しいと念じれば、必要な門がこの世界に現れるということだ。
彼がまた歩こうと告げてきたなら。
それは話をしようという迂遠な提案なのに相違なかった。
「……ねえ、ユリアンさん。貴方はオレの力を『繋がり』だと言ってましたよね」
「ああ、その通りだ。お前の想い次第で門は開かれ、世界に眠る力と繋がる……」
「それはつまり、世界自体から力を借りるようなものだろうと、ジャンヌさん――教官みたいな人がそう仮説を立ててくれたんですけど。オレみたいな一介のイマジネーターが、そんな大それた能力を持ってるなんて変だなと思ってるんですよ」
ユリアンさんはただ無言でこちらを見続け、先を促す。
「オレがこの力を手にしたのは、たまたまなんでしょうか。それとも何か、意味があるんでしょうか」
「……ふむ」
彼は少しだけ考え込むような仕草をして、
「その問いに答えを出すのは少々難しい。だが、意味の無いことなど無い……とだけは言える」
「……それは」
「お前の力は世界を繋ぎ、そして世界を救うために求められた力だ。その役割を果たす中で、真実というのは自ずと明らかになっていくだろう」
――この長き巡礼の中で。否が応でも真実というのは……明らかにされていくものなのだろう。
あのとき、ジャンヌさんも似たようなことを口にしていた。
オレの力に、何らかの秘密があるような仄めかしを。
「ユリアンさん、ひょっとしてジャンヌさんのこと知ってます?」
「……フ。古い知己だ」
やはり、知っているのか。……古いというのがどれほど昔のことなのか、正直さっぱり分からないが。
だとするとこの人は過去、現実世界に存在し……何故か今、オレの心の中に居座っていることになる。
とんでもなく謎だらけの男だな、この人は。
「ジャンヌは武芸に優れ、話術にも長けている。人を先導していく役割は適任だろう。ただ、彼女に教えを乞うているなら、気を付けておくといい。互いに妥当な着地点を出したと思っていても、いつだってそこが彼女の考えるベストなのだ」
「……何かイヤですね、それ」
「だろう? だから少しくらい、彼女を困らせてやってもいい」
……困らせるといったって、どうしたら困るかも分からないし、怖いからやりたくはないけれど。
まあ、無茶な要求に対してはもっとこちらが有利になるよう、言ってみてもいいのかもしれないな。
「旧友の話を聞けたところで、門を開くとしようか」
「はあ。ええと……念じればいいんでしたっけ」
「大切なのは心だ。何のために力が欲しいか……それが明確であれば、問題無い」
オレが力を求める理由は決まっている。
世界を、皆を護るためだ。いつだって、そんな戦いの中に身を置いているのだから。
「労せず門を呼び起こせる……それだけの確固たる意志が築かれていること、嬉しく思うぞ」
「褒められてるならこちらも嬉しいですけど……実感は無いなあ」
意志が強くなければ門は出ないのかどうか。参考例などあるはずもなく、そうなのかな、としか思えない話だ。
まあ……すぐに門が現れてくれたこと自体は良かった。これならすぐ、皆の元へ戻れる。
「……ふう」
門扉の前に掌を向け、静かに念じ続ける。
すると扉はギイイ……と軋む音を立て、緩慢に開いていった。
「……世界に眠りし力って、何なんでしょう。大気に溢れるマナのことなのか、それとも……」
口にした仮説は、違うような気がしていた。
何故なら前回、ユリアンさんはこう語っていたからだ。幾多の世界……そこに秘められた遺産、と。
「……かつて、始まりの都市があった。遥か昔の話だ。今やそれは跡形もなくなり……幾つもの世界に、力だけが眠っている」
「始まりの、都市……」
それは、イース・ミュールでいう古代都市のようなものだろうか。
栄華を極めた文明……その力だけが遺産として、無数のワールドスクリプトに散らばった。
ワールドスクリプトは独立しているようで、その実繋がりを持っている……でも、それって……。
「難しく考える必要はない。いずれ分かることだ」
ユリアンさんはあえて思考を遮るように呟き、
「さあ、その力を持って戻るといい……仲間たちの待つ場所へ」
門の向こう――赤く滾る光と繋がったオレに、優しくそう告げた。
「ユリアンさん――」
まだまだ話したいことはあるのだが、ここでの時間は限られているようだ。
既に世界は白く霞んでいき、彼の姿も判然としなくなる。
知りたいことはまだ霧の中……そして、この場所で楽して聞くのはご法度ということなのか。
いずれにせよ、彼らの言うように真実がやって来るまでは……待つことが唯一出来ることなのかもしれない。
心象世界が消えていく。
オレは力を手にして戻る――世界と仲間の命運をかけた、戦いの舞台へ。




