298.古代都市の決戦③――反撃
終末ノ獣は、オレを手始めに仕留めようとしている。
それなら、オレが取るべき方策は一つだった。
「安心しろよ……逃げも隠れもしねえさ」
仲間から離れた遮蔽物の無い場所に、オレは一人で立つ。
そして獣を堂々と見据えた。
『****……!』
……奴に拘束が通用しないというのなら。
どうしても動けなくなる瞬間を狙うしかない。
それはずばり、あちらが攻撃をしてくる瞬間。
つまりは単純なカウンターだ。
――そう上手くいくかは分からねえけど……。
エイヴスでの戦いは、終末ノ獣が火炎ブレスを吐いた瞬間にカウンターを叩き込んだ。
それが見事にハマり、獣のブレスを打ち消すとともにその片翼を貫くことが出来たのだった。
強力な攻撃ほど、反撃されるときのリスクも大きい……そういうものだ。
「さあ、来い……」
上空に留まる終末ノ獣は、また魔力を練ると地上へ雷を降らせる。
ただ、今度のは皆警戒していたため、しっかりとした防壁を張って対処出来たようだ。
……焦ってはいけない。あの落雷だけがメインの攻撃手段ではないはず。
ただ雷をばら撒くだけではなく、敵を確実に仕留めるような大技を持っているはずだ……。
『***……ッ!!』
そのとき、終末ノ獣の様子が明らかに変化する。
仰け反るような姿勢になり、口腔を大きく開き始めたのだ。
『ダインさん、あの時と同じです……口元に魔力が集まっていくのは、恐らくブレス……!』
「……だな。チャンスかピンチか、どっちなのやら……!」
展開としては待ち望んだ形……問題は勝てるかどうか。
世界の力を借りてくるなどという、トンデモ能力なわけだけれど……敵もまた世界の力を取り込む怪物。必勝とは限らない。
「ダイン……!」
イオナも、他の面々も、オレと獣の対峙を不安げに見つめている。
だけどその表情を、どうにか笑顔にしてみせたいから。
「……白き勝利の弓士……!」
弓を構え、弦を引き絞り……その時を待つ。
次第に終末ノ獣の口元へ光が収束し、圧縮された雷の球が膨らんでいく……。
『雷球の魔力が安定化していきます……間もなく、撃ってきますよ』
マルの言う通り、口元の雷球は、あるところで大きさが変化しなくなった。
そして終末ノ獣の動きも無くなる……ブレスを放つ直前の準備に入ったとみていいだろう。
もう何秒後か、あの質量からなるブレスがこちらへ撃ち込まれる。
やることは簡単だ――ただそれを、カウンターでこちらが撃ち抜くだけ……!
「……うおぉおお……ッ!!」
光が弾けた瞬間、オレは引き絞られた弦を解放した。
お前のブレスとオレのイマジネート……どちらが強いかの勝負だ。
キラキラと軌跡を描きながら、光の矢が空を裂いて進む。
対して終末ノ獣が放ったブレスは――。
「あれ……!?」
最初に気付いたのはイオナだった。
少し遅れて周りも気付き始める。
「ブレスじゃない……!」
「雷球のまま撃たれてる!」
それが何を意味するのか分かった途端、オレは激しい焦燥感に襲われた。
マズい……奴の攻撃方法がブレスじゃないとすれば、下手をすると……!
「間に合え――」
光の矢と雷球が接触すると、バチバチと激しい音を立ててせめぎ合う。
そして数秒ほど膠着状態になった後――貫いたのは、オレの矢の方だった。
……しかし。
「そ、そんな……!」
終末ノ獣は、雷球を破壊して突き進んできた光の矢をまたしても容易く躱してしまう。
そう――エイヴスの獣が放ったようなブレスであれば、攻撃し続けなければならないためにそれが隙になるのだが、球状に圧縮された雷を撃ち出すのであれば、獣はその後すぐに動き回れる。
分が悪いと判断した瞬間、奴はもう矢を回避する動きに入っていたのだ。
だから、躱されてしまった――!
「チ、クショウ……!」
……どうすればいい?
頼みの綱だったアルニオン=エイヴスは、残弾を全て使い切ってしまった。
その証拠に、魔力で創られていた武装がハラハラと消え去っていく。
まるで、もうおしまいなのだと宣告するかのように、力が失われていく――。
「……まだですわ……」
絶望しかけた時、凛と響く声が聞こえた。
「何をぼうっとしていますの。まだ、負けたわけではありませんでしょう」
「フ……そうとも。見たまえ、ダイン君……獣は確実に疲労しているじゃないか……」
先輩たちが、オレを励ましてくれる。
見ると、確かに……終末ノ獣はバサバサと必死に翼を羽ばたかせていた。
そこには疲労の色が見える。
『魔力の消耗……妙ですね。どうもあの獣、エネルギーの補給がまるで出来ていないように思います』
「補給が出来てない?」
『ええ……エイヴスの獣は、ダインさんがアルニオン=エイヴスを発動させるまで、地脈からエネルギーを補給しているようでした。ですが今回は、最初から何も補給している感じがしない……』
オレのイマジネートは、世界と繋がる力……世界から力を借りる能力。
エイヴスの力をオレが借り受けることで、終末ノ獣がそれを補給することが出来なくなったというのが、ジャンヌさんと話して導いた一つの仮説だ。
終末ノ獣は、世界からエネルギーを奪って力を取り戻す存在。
しかし、今回の獣はそれが初めから機能していない、ということらしい……何故なのかは分からないが。
「ってこたあよ。最初の頃の威勢は無くなってきたってことだな?」
「ヘッ、ならアンタの頑張りも無駄じゃないってことさ」
アルゴニオさんやデイビスさんも、オレにそんな言葉をくれた。更に、
「私たちは……着実に勝利へ近づいていますよ」
セイルさんまで。
「どうせ負けたらオシマイ、なんだからさ。最後の瞬間まで、もうダメだなんて思わなくてもいいでしょ」
「あは、エスカーらしい考えだね。でも、ボクもそれには賛成かも」
誰も、決して諦めてなんかいない。
「そうね。大技の一つや二つが失敗したところで、もう打つ手無しというわけじゃないんだから」
「うん。まだまだ私たちだって、戦えますからね!」
……強力な技を手に入れたからこそ、オレはそれに囚われ過ぎていたのかもしれない。
その通りだ、まだまだ勝負はこれからだった。
一撃で倒す、なんて格好いいことは出来なかったけれど。
戦力を削ることには成功しているのだから、ダメだったわけじゃあない……!
「よし、やってやる――」
……ドン、と。
眩い光とともに、地上へ無数の稲妻が落とされる。
それは、終末ノ獣の焦りゆえか。
放たれたその攻撃は、だからこそ予兆もほとんど感じられず、地上のオレたちを突如として襲った。
「ぐッ……!?」
防御を張るような猶予も無く、降り落つ雷光にオレたちは晒される。
最初に直撃したのはエスカーだった。驚愕の表情、そして痙攣する身体……がっくりと膝を突き、彼は苦しげに呻く。
「エスカーッ!」
一瞬ヒヤリとしたが、致命傷ではないようだ。痛みに耐えながらも、彼の目はまだ闘志を宿している。
「いやあぁッ」
「うおわあッ!?」
あちこちで悲鳴が上がる。
雷に撃たれた仲間たちの痛ましい声が、戦場にこだまする――。
「――がッ……!」
刹那、目の前が真っ白になったかと思うと、体中に衝撃。
ああ、オレも雷に撃たれたのだと理解するのと同時に、痛みが駆け巡る。
肉体が言うことを聞かず、狂ったようにビクビクと痙攣し。
数秒ほどその地獄が続いて……ようやく治まる。
「……はぁ……ッ、……は……」
――最悪だ。
このタイミングで、あちらの捨て鉢な攻撃が見事に当たってしまうなんて。
唯一の救いは、魔力を練ることを放棄したからだろう、落雷の威力がそう高くないことだった。
直撃した瞬間は耐えがたい苦しみが襲ったものの、それが過ぎてみれば負った傷はそこまで大きくない。
……とは言え、治療の魔法が無ければかなり辛いくらいのダメージではあるが。
「……皆、大丈夫か……」
反応は鈍い。
周囲を見回すと、エスカー以外にはフェイ、ルカ、セイルさん、シャーロットさん、アルゴニオさんがうずくまっている。
既に回復手段を持つ者は動いてくれているが、この人数がやられたのだ。すぐには体制を立て直せまい。
「く……うッ……!」
上空を見る。
終末ノ獣も疲れ切っていた。明らかに翼を羽ばたかせる頻度が減っている。
いつ地上に降りてきてもおかしくはない。恐らく先の大技で、魔力も大半を使ってしまったのだろうが……。
――せめて一撃、ぶつけられたら。
痛む肺に、必死に空気を送り込みながら、オレは獣を睨む。
今のアイツになら、きっと当てられるのに。……アイツは、オレがもう大技を使えないと直感して、魔力を注ぎ込み強引な攻撃をしてきたというのか。
読まれている……それがたまらなく悔しい。
「……それ、でも」
まだ、諦めたりはしない。
諦める理由なんて、どこにもないのだから――。
「一撃だ……」
目の前の脅威に、一発をお見舞い出来るだけの力を。
今こそ、開く時なんじゃないのか。
終末ノ獣という災厄への、特効とも言える対抗手段。
世界に眠りし力を手繰るオレのイマジネート、門を開く者……!
「そう――それでいいんだよ、ダイン」
優しく諭すような、イオナの声が聞こえ。
オレはゆっくりと瞳を閉じ……想像する。
あらゆるものが遠ざかり、白に染まっていく場面を。
やがて、音が消え、色が消え、世界が消えていく。
そうしてオレはまた、あの場所に立つのだ――幾つもの門が待つ、心奥の世界に。




