294.誤謬
『そこを右に曲がれば、あとは直進するだけです』
マルの案内を受けつつ走り続け、オレたちはようやく目的地の間近までやって来る。
建物の姿がハッキリしてくるほど、ここがかつての王宮であろうことが確信出来た。
ゼフ・ミュールに建てられた王宮と造りがほとんど変わらない。違うとすれば、こちらの方が一回りは大きいということくらいだろう。
無残に崩れてさえいなければ、さぞかし壮観だったのだろうが。
「よし……到着だ」
近づいてみて分かったのは、この王宮跡がもうほとんど崩壊してしまっているということ。
外壁はまだ残っているものの、屋根はすっかり落ちて無くなっているし、その崩落のせいで中も原型を留めていないのは明らかだった。
「さながら、瓦礫まみれの闘技場って雰囲気だねえ」
「……戦うのにはお誂え向きってか。かつては王様が優雅に暮らしてた場所だろうに」
「百年前のここで、戦いが始まったんだよね……」
「それで、百年後の私たちがここで戦いを終わらせるわけだわ」
「あ、いいこと言うね、フェイ」
ルカがいいねと笑い、フェイも少し照れ臭そうに髪を掻きながら微笑む。
……この先に待つのは恐ろしい敵だと理解はしているけれど。
エイヴスのときよりも心に余裕はある。経験が活きている、ということかな。
『巨大な敵性反応……間違いなく終末ノ獣でしょう。もう後戻りは出来ません。ご武運を』
「ああ、必ず勝つさ」
繋がれた重いバトンを、落とすわけにはいかない。
オレたちの手で、イース・ミュールを護り抜く。
「行こう」
オレたちは崩れた扉を抜けて、王宮跡の内部へ進む。
予想通り中の壁はすっかり崩れ去っていて、瓦礫以外の遮蔽物はほとんど存在しなかった。
……そして、広場のようになった内部空間の中心部に。
目にしただけでも怖気づいてしまいそうな、巨大な怪物と……それを前に立ち尽くす一人の女の姿があった。
「……ハニー=デポル……!」
オレたちがやって来ても、終末ノ獣を見上げたままでいるハニー。
その名を口にしてもなお、彼女はこちらを向こうとはしなかった。
「まさか、ディオンのときみたいに獣を制御する術を使ってる……!?」
イオナは警戒するものの、
「……いや、マナの流れみたいなのは感じないんだよね」
ルカがオレたちに教えてくれる。……それなら、彼女は何故ぼうっと突っ立っているのだろう。
「停滞の効果で制御が上手くいかない、とかじゃない?」
「それはありえそうね」
だとすると、状況はこちらが幾分有利なのだが。
終末ノ獣を観察してみると……確かに、停滞能力がまだ効いているような感じはあった。
外見は大鷲のようで、鋭い嘴と大きな翼を有しており、瞳は血のように紅い光を宿している。
赤と紫が入り混じる皮膚は、他のイレギュラーと同様に刻々と模様が変化し……見ているだけでも気分が悪くなりそうだ。
こいつが、百余年の昔に産み落とされた終末ノ獣。
イース・ミュールの文明を一度滅ぼし、暮らしを一変させることになった元凶……!
「おい、ハニー! これ以上お前の好きにはさせないぞ……!」
次こそ何か反応をもらわなくてはと、語気を強めてオレは告げる。
……しかし、やはりハニーの様子はどこかおかしかった。
「ふうん……?」
そこで、エスカーはあえて挑発するように氷刃を投擲する。
流石にこれはハニーも首を動かして回避した。オレたちに気付いていないわけではなく、気にする余裕が無かった……というのが正しいようだな。
「ハハ、今まで余裕ぶってたのに、一体どうしたのやら」
「……うるさいわねッ!」
突然、ハニーが地団太を踏みながらこちらへ向かって吼える。
「クソッ……どうしてなの、ここまでやっておいて、こんなことになってるなんて……!」
言っていることの意味は分からないが……最後の最後、ここに至って彼女の想定外の事態が発生しているらしい。
……それは一体何なのだろう。
パレスちゃんが最後に使った停滞が、相当に痛手だったのだろうか。
「私の努力は何だったのよ……あり得ないわ!」
「……どういうことなの……?」
獣ともハニーとも戦うつもりで乗り込んだので、これではこちらも困惑するばかりだ。
ようやく来たわね、なんて言われて戦いが始まるものだとばかり思っていたというのに。
「あのさ……ボクたち、あんたとそこの獣を倒しに来たんだけど」
「……ふん、いいわ」
諦めたように、或いは拗ねたように。ハニーはそう吐き捨ててこちらを睨む。
「せめてここでアンタたちを殺して帰る……それが一番良い成果よね」
「あら? まるで私たちを簡単に倒せると言ってるみたいだけれど」
「ハッ、他にどう聞こえるって言うのよ」
奴が陥った状況は不明だが、とにかくやる気にはなったらしい。
終末ノ獣はまだ停滞の影響で動きが鈍い……直ちにオレたちへ襲ってくるような気配はないので、こちらにとっては好機だ。
ハニーとの戦いだけに集中出来る。
「そうねえ、なるべく苦しめてから殺してあげるわ……でないと私の気が済まないからねえ!」
「やれやれ、ホントいい性格したオバサンだこと」
「お前は一番いたぶって殺す――」
安い挑発に乗ってくるもんだと若干呆れたが、確かにエスカーの言動って人を苛つかせるセンスがあるよな、とも思う。
相手のペースを乱してくれたことに感謝しつつ、戦闘態勢をとる。
「敵は千年王国の幹部……多分ディオンレベルの使い手だ。気を抜くなよ、皆」
「モチロン!」
たとえ人数差があれど、かなり格上との戦いだ。まだ後に終末ノ獣が控えているとは言え、出し惜しみなどはしていられない。
全力で臨む。そして、完全に勝利する……!
「吹き飛びなさいな――」
「うおお……ッ!」
互いに技を発動させ、いよいよ戦いが始まる。
……そう思った、次の瞬間だった。
「――止めな」
――え?
「あ……」
伸ばしかけたハニーの腕を、いつの間にか掴んでいる誰かがいた。
一体どこから? オレが飛び出した時にはまだ、どこにもいなかったはずなのに。
謎の人物の正体は全く分からない。全身を覆い隠すフードを着込んでおり、口元が見えるくらいだ。
月明りの下、照らされるのは僅かな部分のみ……。
「誰、だ……?」
驚きのあまり足を止めていたオレは、何とか振り絞るようにそれだけを問うた。
しかしフードの人物は答えようとしない。今度の無視は、ハニーのときとはまた違った。
あの人物は……オレたちのことなどまるで眼中にないようで……。
「撤退だよ、ハニー」
混沌とした状況の中。
謎の人物は静かに、冷たく、その一言をハニーに告げた。




