27.賑やかな夕べ
食堂が夕食を並べ始める六時まで、オレは自室でくつろいだ。
ありがたいことに、食堂ではティーバッグやコーヒーの粉など無料で用意されているものが結構あり、それを貰って給湯室でお湯を入れれば温かい飲み物を部屋でいただくことが出来た。基本的に苦いのは得意でないのだが、コーヒーだけは別でよく口にしていたので、砂糖を少々入れたそれを部屋に持ち込んで読書のお供にしていた。目を覚ますのにもコーヒーは最適なのだ。
「んー……そろそろかな」
本を閉じ、伸びをして椅子から立ち上がる。テスタマイザーには時計機能もあるから、壁掛け時計やテレビじゃなくとも時間を確認出来るのも便利だ。……六時五分前、だな。
部屋を出て、食堂へ向かう。自室の鍵についてはオートロックなので掛け忘れも無く安心だ。その代わり、稀にテスタマイザーを忘れてきて部屋に入れなくなる生徒もいるらしいが。
エレベーターホールでエスカーに出くわしたので、一緒に降りる。それから食堂前でイオナとルカにも合流して、中へ入った。
夕食の時間になったばかりなのでまだ人気はすくないが、すぐに他の生徒もぞろぞろとやって来るだろう。今のうちに料理を選んで席も確保しておかねば。
……と。
「見たことない人もいるな?」
「ああ、上級生の人だよ。ダインは知らない? 入学式がある週はまだ、上級生は春休みだから帰省してる人がほとんどなの。新学期が始まるまでに帰ってくればいい感じだから、ちらほら戻って来てるんだね」
「はー……なるほど」
思い返せば、パンフレットに記載があったような覚えもある。自分にとっては二年目以降の話だから記憶に留めてなかったな。
入学式の襲撃で、魔物退治に時間がかかっていたのもそのせいか。上級生が大勢いるなら総がかりで対処出来るのではとも思ったのだが、実際には大半が帰省中だったのだ。
つまり、式で話をしてくれたセアルさんや、生徒会の仕事を処理していたシエラさんなどは珍しい部類らしい。
「あ、高いヤツ取ってるね。勝利の記念ってやつかい」
「無駄にヘイト稼いじまったんだ、ささやかなストレス解消だよ。そっちは残念だったな」
「へへん、ボクの速さについて来れなかったね」
「いや、迷惑掛け過ぎるからどうしたもんかと悩んじゃってさ……」
エスカーもそんな殊勝なことを考えてたのか。それで負けを選んだというなら謙虚なものだが、ルカが納得しなくなりそうだ。
案の定、ルカはむすっとして、
「ちゃんと殴れば良かった?」
「あーはい、負けだよ負け。ごめんね」
これ以上下手なことを言っても良くないと判断してか、エスカーはすぐに引き下がった。まあ、それが正しい判断だろう。
四人で席に着き、食事に手を付け始める。一番高い料理を一つくらいはということでステーキを持ってきたが、期待通り……いや期待以上の美味しさだ。ここの味付けは家庭料理に近いものが多かったが、お高いものはやはりそれに相応しい味がする。
夕食を美味しく食べ進めている間に、新入生や初めて顔を見る上級生もどんどん食堂へやって来た。まだ全員帰って来ていないなら、来週あたりはもっと食堂が混みそうだ。
混雑する時間帯を避けて食事をとる人もいるんだろうな。オレも来週以降は考えるべきか。
「ダイン殿。今日も活躍していたでござるな」
ふいに、こちらへ声を掛けてきた人物がいた。この喋り方は予想がつく。
「サラルくんか。確かきみも練習試合は勝ってたんじゃ?」
「おお……よく見てくれている。しかし、拙者は勝ちといっても相手の能力がな」
試合の一つ一つをしっかり見るなんて芸当は出来なかったからうろ覚えだが……サラルくんの相手は細い木を生やしていたような?
「木を生む力……伸びしろはあるのやもしれぬが、拙者の能力はカタナ。全て易々と斬り捨てることが出来てしまった」
「相性もあるよなあ……攻撃が全部バッサバッサ斬られちゃどうしようもない」
「うむ、そういう決着だったこともあって、些か申し訳ない気持ちになっているのだ。その点、ダイン殿の戦いは本当に見事だった」
「良い試合だったとは思うよ。バランが勝ってもおかしくない戦いだった」
「そこで敗者を立てるとは……やはり器が違うでござるな、ダイン殿は」
「正直な感想なんだが……あとダインでいいよ、同期だし」
「それは――かたじけない。ただ、慣れぬゆえ時間はかかりそうだ」
独特の話し方で慣れないが、少なくとも悪いヤツではない。真面目一徹、という印象を受ける。
それはそれで、深く付き合っていると疲れるかもしれないけれど。
「ダイン、連日目立っちゃって人気者になっちゃってるね」
「嬉しいことじゃないんだぞ、ルカ」
オレの理想としては、縁の下の力持ちというか影の優等生みたいなのがいいのだ。
目立ちすぎると、身動きが取り辛くなってしまうだろうから。
「ただ、残念なことに名が広まってるのは事実なんだよね」
周囲に目を向けながら、エスカーが笑う。……そうなんだよ、サラルくん以外にもこちらへ視線を向けている生徒の多いこと。
これが全員、オレを気にしてだったら本当に怖いのだが……恐らくそうではないだろう。イオナも昨日のトラブルの渦中にいた人物だし、名前や髪色と噂になるには十分な要素を持っている。ルカやエスカーだって練習試合で目立っていた……迷惑なくらい。
だから、そう。結論としてオレたち四人は全員が目立ってしまっているのだ。これは由々しき事態では?
「君がウワサのダインくんかい……?」
この期に及んで、また別の人物の声も飛んできた。渋々そちらへ顔を向けると、見知らぬ男の姿が。
「えーっと、貴方は……」
「失敬、僕は九十九期生のユベール=ホープという者さ。以後お見知りおきを……」
「は、はあ。よろしくお願いします」
初めて見る顔なので敬語を使っておいたが、やはり先輩か。しかし、この人も中々クセが強い。
暗めの銀髪は背中まで伸びていて、目にかからないよう真ん中で分け、掻き上げられている。
細い目はボンヤリとしているようで、その実心の内を見透かされそうな不思議な雰囲気があり……口元に湛えた笑みも、どことなく薄っぺらい。
身長がかなり高めなので、この人が笑顔で真正面に立っていたら正直怖いな、という印象だ。
「何でも、入学式の日には襲ってきた魔物を返り討ちにして、今日は練習試合でも素晴らしいイマジネート能力を魅せたとか。イイね、インスピレーションが湧いてくるよ」
「インスピレーション……ですか」
「兄者から聞いているが、ユベール殿は音楽に秀でた才能を持っているらしい。作曲や作詞の種になるということやもしれぬな」
意外にも、サラルがユベールさんの情報を提供してくれた。この感じ、本人はあまり語ってくれなさそうだから助かる。
音楽好きのイマジネーター、か。戦闘でもそれに関連した能力を発揮していそうだな。
「そういう君はサラルくんだね。お兄さんに負けぬよう、これからしっかり励むと良い……」
「む……お気遣い、感謝いたす」
兄が有名なのだし、サラルも上級生に知られていて当然か。
当人も兄を意識しているが、周りの人間もそんな二人の関係には注目していることだろう。
……と、それはさておき。
「サラルもユベールさんも、ご飯取りに行ったらどうです? こっちも食事に集中出来ないんで……」
いい加減、人がご飯を食べているところで立ち話されるのも邪魔なので、オレはそう告げて二人をシャットアウトする。
しかし実際問題、入学二日目にして夕食の席も賑やかになったものだ。
食堂の料理はテイクアウトも出来るみたいだし、たまには部屋に持ち帰って一人で食べようかな……などと考えたりもしてしまうのだった。




