286.崩壊
状況からして、爆発したのはイレギュラーそのもの。
これは、ハニー=デポルのイマジネートによる爆発なのか……!?
「くっ……!」
正直なところ、死ぬかもしれないと一瞬脳裏をよぎったほどだ。
しかし、爆風も瓦礫もオレたちに襲ってこない。どうしてかと不思議に思ったが、
「パレスちゃん!」
イオナが彼女の名を呼ぶ。
そう、咄嗟に機転を利かせ、彼女が周囲に停滞能力を発動させてくれたのだ。
『大丈夫ですか、皆さん!?』
「ああ、今のところは大丈夫だけど……!」
マルの通信に一応無事だと伝えはしたが、予断は許さない状況だ。
爆発を防いだわけではなく遅延させているだけなので、逃げなくては巻き込まれてしまう。
能力を発動させているパレスちゃんは動けないし、結局は作ってくれたこの猶予中に、爆発を対処するしかない。
オレは急いでバリアを張り、停滞が解けてもある程度は防げるようにしておく。
その間、他の面々は瓦礫などの撃墜にかかった。
「フェイ、風魔法で飛ばしましょ!」
「ええ、分かったわ……!」
ルカたちが瓦礫を破壊しつつ、魔法の使える二人は爆発の衝撃を風魔法で吹き飛ばしてしまう作戦に出る。
ランク三の詠唱を始め、ある程度瓦礫が片付いたところで発動の準備が完了した。
「――ストーム!」
イオナとフェイを中心に、凄まじい風が生じてこちらへの爆風が相殺される。
ただ、外側へ向けた爆風までは当然消せず、建物の外壁がバリバリと凄い音を立ててひび割れていった。
「まずいな……!」
「建物が持ちません、このままだと崩壊します……!」
土煙が立ち込め、建物全体が揺れ始める。
間違いなく、これは崩れる兆候だ。早く脱出しないとペシャンコになってしまう……!
「とにかく出ましょう!」
フェイが声を上げ、出口の扉を開く。
しかし、彼女の表情はすぐ嘆きのそれへと変わった。
「そんな……」
「もう崩れてるじゃん!」
ルカの言う通り、オレたちが進んできた廊下は既に瓦礫の山に埋もれてしまっていた。
来た道をそのまま引き返すことは無理そうだ。
「この研究施設、まだ奥があったよね?」
「……行ってみるしかなさそうだ」
ハニーが反対側の扉から出て行ったということは、あちら側にも出口があるということ。
奥へ進めば、何とか脱出することが出来るかもしれない。
「急ごう……!」
施設はもう長くもたない。
一か八かでも、可能性の残っている方へ行かなくては。
「……人間へ直接魔法を仕込めなかったことからして、物を起爆させるイマジネートとは認識していたけれど」
踵を返して走り出しながら、エスカーが言う。
「イレギュラーの体内に何でもいい、イマジネートを仕込んだ物を埋め込んでおけば……そいつ自体を爆弾にするのと変わらない、ということだね」
「チッ、どこまで卑怯なんだ、あの女……!」
アルゴニオさんが悪態を吐く。
イレギュラーの体内に起爆物を隠す、か……だからルカの探知でも分からなかったわけだ。
探知されるかもしれない、なんてことを予測していることがそもそも周到過ぎる。恐ろしい相手だ……。
「あ……扉があるわ!」
フェイが前方を指差す。
見ると、イレギュラーが元々いた場所……壊された壁の向こうに、扉があるのが分かる。
機能停止した封印機構の、その更に奥だ。
「あの扉が開けば……!」
足の速いエスカーとルカが、我先にとばかり扉へ走っていく。
タッチの差でルカが勝ち、扉を開こうと試みた。
「げ……開かない!」
「押しても引いても駄目か!?」
「鍵を掛けられてるし、凄い頑丈!」
ルカが頑丈だと言うくらいだから、相当のものなのだろう。
ただ、扉は玄関にあったものと同一に思える。恐らくここは外へ繋がる出入口であり、これをどうにかするのが脱出の最善策だ。
「壊せるかな……?」
「最悪扉じゃなくても、隣の壁でも壊せりゃ出れるんじゃねえか?」
アルゴニオさんの意見も一理ある。とにかくこの面のどこかを破壊すべきだろう。
『貴方たち、まだ無事ですわね!?』
次に入ってきた通信はシャーロットさんからだ。
マル経由でディディさんに伝わり、そこから彼女たちに報告してくれたらしい。
かなり大きな爆発だし、まずいことが起きたとは最初から思っていただろうが。
「一旦は凌ぎました! ただ、入ったところが塞がって……今、建物の裏手を壊して出られないか試そうとしてます!」
『引き返せないということね。でしたら、船を移動させてもらうとしましょう』
「あ――そうですね、お願い出来れば……!」
イレギュラーとなった海族団の船員たちを倒し、封印機構がこうして停止しているのを確認した以上、この大陸に留まる意味はもうない。
なるべく早くに発てるよう、船を近くに寄せてもらった方がありがたい。これ以上罠が無いとも言い切れないのだし。
「扉よりは壁の方が壊せそうだね」
「爆発で崩れてるくらいだしな。やってみるしかねえか……!」
強力な攻撃で、壁を破壊する。
壊れない心配よりも、むしろ壊れすぎる心配があるんだよな。
「何かあれば私が停滞能力で止めよう。その間にまた対処すればいい」
「……分かった、頼むぜパレスちゃん」
とりあえず、オレとルカが壁をぶっ叩く役割を務める。
オレは武器をハンマーに切り替え、ルカは足に魔力を集中し。
呼吸を合わせ、同じタイミングで壁に打撃を喰らわせた。
「うおお……!」
激しい衝撃、ビリビリと手が痺れる。
そして撃ち抜く感触があって――外壁は音を立てて崩れ落ちた。
「落ちてくる!」
「急げば間に合う!」
エスカーが声を張る。オレたちは急いで崩れた外壁の穴から飛び出した。
それとほぼ同時に、中から瓦礫が落ちてくる音と土煙とが生じるのだった。
「……はあ、助かった……」
「二人のパワーに感謝ね」
フェイが引きつった笑みを浮かべながら言う。
ホッとして冗談の一つでも言いたくなった、という感じだ。
「皆、大丈夫かな? 怪我してる人とかは」
イオナが確認をとるものの、負傷者はいない様子だ。
全員無事に出てこられている。
「……パレスちゃん大丈夫?」
と、パレスちゃんが胸を押さえているのに気付き、イオナが声を掛ける。
彼女は小さく頷くと、
「ああ……少しヒヤっとしたからね。特に問題はないよ」
「ん、それならよし」
多少気分は悪そうに見えるが、そういうことならすぐ良くなるだろう。
とにかく脱出に成功したのだから、後は船を見つけて乗り込まなければ。
「こっちは海に続いていますね」
セイルさんが指差した方角、建物を背にして左側に海が見える。
その水面がだんだん明るくなってきたかと思うと、船の先端部分が目に入った。
ちょうどこちらまで回り込んできてくれたようだ。
「よし、早くこの大陸から出て、古代都市に向かおう……!」
「機構が止められちゃってる以上、もう浮上してるはずだもんね」
都市が浮上しているのだから、終末ノ獣も地上に出てきているということ。
ハニー=デポルもまた、ディオンと同じように獣をコントロールするため古代都市へ向かったに違いない。
少なくとも、さっきまで彼女はこの大陸にいた。ならば急いで追いかければ、まだ間に合うかもしれない……!
「来ましたわね! 早く乗り込むといいわ!」
「助かりました、シャーロットさん!」
それから、今船を操ってくれているであろうリースさんにも感謝だ。
オレたちは開かれたハッチからどたどたと船内に乗り込む。
一時はどうなることかと焦ったが……無事に乗り切れた。これでアリアーナ大陸ともおさらばだな。
オレたちはとりあえず、先輩たちに合流するため甲板へ上がろうとする。
――と。
「な、何ですの!?」
シャーロットさんが驚く声が甲板の方からしたかと思うと、次の瞬間。
強烈な衝撃が船体を襲い、グラグラと大きく揺れた。
「ど、どうしたんだ!?」
「分かんないけど、何かヤバそう!」
混乱するオレたちに、リースさんが伝声管で状況を説明してくれた。
『ま、魔物です! 見たことない魔物が襲ってきましたあ!』
「イレギュラーだ!」
珍しく、ユベールさんの張り上げた声が聞こえてきた。
彼をしても、余裕を失くしてしまう事態だということか。
オレたちはハッチをもう一度開き、外へ出る。
すると、ほぼ同時に甲板から人影が二人、飛び降りてきた。
「シャーロットさん、ユベールさん!」
オレたちの前に着地したシャーロットさんが、険しい表情で指差す。
その先には、確かに一体のイレギュラーがいた。
しかし――。
「は……?」
「そ、そんな――」
オレたちでさえすぐに気付いたのだ。
セイルさんが気付かないはずもなかった。
浜辺に佇む、船を攻撃してきたそのイレギュラーには……両腕が存在しなかった。
「……ラーク……」
信じられなかったが、セイルさんがその名を呼んだ通り、あれはラークさんの成れの果てなのだろう。
そう思って観察してみると、頭部も彼の髪型の名残があるような感じがする。
……まさか、ハニー=デポルはあのとき現場にいて。
ラークさんを回収し、すぐさまイレギュラーに改造したというのだろうか。
そんなの、あまりにも非道過ぎる……!
「また攻撃してきそう!」
「させませんわよ……!」
腕が無いので、イレギュラーは口からビームを放って攻撃をしてきたようだ。
そして、次弾が間もなく放たれようとしている。
シャーロットさんはその前にイマジネートを発現させ、
「――オパール・ボルダー!」
突き出た岩の壁によって闇属性ビームを防いでくれた。
その破片の中を突っ切るようにして、セイルさんは駆け出す。
他の誰よりも速い、まるでそれが自分の仕事だと言わんばかりの動きだった。
「……すまない、ラーク」
そんな謝罪の声だけが、やけにオレの耳に残り。
セイルさんは曲刀を横薙ぎに振り抜いて――イレギュラーの腹部を深く、斬り裂いた。
『**ガ……トウ……』
「あ――」
もしかしたら、ただそう聞こえただけだったのかもしれないけれど。
イレギュラーは最期に、そんな声を発したような気がした。
「……そう思ってくれたなら。少しは救われるよ」
もう動かなくなった骸に、セイルさんは涙ながらに微笑みかけた。
「……船は?」
エスカーが言いながら振り返る。
見ると、船体の側面には穴が開き、その影響でバランスが取れなくなっているようだ。
あの強烈なビームをまともに受けてしまったのだから、こうなるのも当然か。
しかし、またしても移動手段の方を狙われてしまうとは……。
「油断しましたわ。貴方たちを乗せてしまえば終わったものと思っていたところを……」
「ああ……最後まで、追撃の可能性を考えるべきだったね……すまない」
先輩方は自分たちの手落ちだと言ってくれるが、オレたちも船に乗って安心してしまったのだから同じだ。
ハニーの奴、まさかここでラークさんをイレギュラーにして襲わせるだなんて……。
「はあ……船までおじゃんになっちまったか。大金はたいて買った一級品だったのによ」
アルゴニオさんはアルゴニオさんで、自身の船が壊されたことを嘆いている。
ただ、やはり根はポジティブというかネガティブ思考が嫌いなのだろう、
「こりゃあ、全部終わったら海軍サマに補填してもらうしかなさそうだな」
などと呟いていた。まあ、これだけ協力してくれているのだから何らかの補填はちゃんとしてくれそうだが。
「しかし……この先どうするんだい」
「また船が壊されちゃって、今度はほんとに移動手段が尽きちゃったもんね……」
溜め息交じりのイオナ。……実際、こうなるとどうすればいいのやら。
現実的な手段はやはり、海軍か海族かに至急連絡を入れて、ここまで来てもらうしかないのだろうけど……。
「……いや、まだ手段はあるはずだ」
沈黙を破り、そう口にしたのはパレスちゃんだった。
「ホント?」
「ああ……今もなお、それが残っているのなら」
島の北方に目を向けながら、彼女は言う。
「皆、付いて来てくれ。海族たちが語り継いだもう一つの伝承――古代船を見つけるためにね」




