285.海族たちよ、眠れ
『****ッ!!』
耳障りな叫び声を上げ、イレギュラーは動き出す。
この広間はかなり大きいはずだが、三体もイレギュラーがいると中々の圧迫感があった。
「まとめて戦うとヤバそうだな……!」
「でも、分断出来るかなあ!?」
イオナが危惧するように、分断するのに十分な広さはない気がする。
エイヴスで王国の配下たちと戦った際は、バランチームと二手に分かれられたのだが……今回は難しそうだ。
せめて、四方八方から攻撃が飛んでくるような状況にはならなければいいけれど。
「一体ずつ確実に倒すなら、私の停滞能力が役に立つだろう」
「動きが止まっている間に、ということですね」
セイルが言うのに、パレスちゃんはこくりと頷く。
「ただ、そこまで長くは抑えていられないのと、発動中は私が無防備になる。上手く連携していきたいね」
「連携か――」
オレたち学園メンバーはそこそこ息が合っていると言えそうだが、他はどうか。
「そんなら、俺たちが陽動すりゃいいってワケだ」
「一人は任せときな!」
アルゴニオさんとデイビスさんは、イレギュラーの一体に狙いをつける。
まずはデイビスさんが銃を構え、躊躇いなしに発射した。
『***……!』
傷はつけられないものの、敵意ある一撃にイレギュラーは反応する。
あちらも二人をターゲットに定めた様子だった。
「なら、こっちも陽動といこうかな」
「ああ……頼んだぜ、エスカー」
もう一体の陽動はエスカーだけで。戦っていく中であいつは、機敏さに更に磨きが掛かっている感じがするし、安心して任せられる。
「……んじゃ、まずは確実に一体を沈めるぞ」
残る一体のイレギュラーがこちらへ攻めかかってくる。
巨腕を振るい、オレたちを吹き飛ばそうとするが、単調な攻撃なのでこれは容易に躱せた。
しかし、次に仕掛けてきた両腕を広げての飛び掛かりは範囲が広い。左右は陽動役の戦場になっているし、避けても危なそうだ。
「はあッ……!」
黒霧をバリア状に展開、飛び込んできたイレギュラーを受け止める。
フェイが後方から補助魔法を付与してくれたが、それでもこの重量だと完全には防ぎ切れない。
「――アウレオール!」
そこへ、イオナの光魔法が炸裂した。
光の輪がイレギュラーを囲うように出現し、両腕を巻き込んで収縮する。
バリアを砕こうとしていたイレギュラーは、その半ばで拘束されて地面へ墜落した。
「相変わらず高威力で助かる、イオナ」
「ふふん、任せなさい!」
落ちたイレギュラーへ、パレスちゃんは即座に『怠惰』の力を加える。
停滞をかけられたイレギュラーは起き上がることが出来ず、ただブルブルと体を震わせるのみ。
「今だあっ!」
動きを停滞させられたイレギュラーへ、ルカが真っ先に攻撃を仕掛けた。
背中への強烈な踵落とし――込められた魔力の強さもあり、打ち付けた場所から血が溢れ出すほどの威力だった。
ルカも見て分かるレベルでパワーが増してきているよな、と思う。
「うおお……!」
オレも負けてはいられない。大剣を強く握り締め、イレギュラーの頭部へ振り下ろす。
硬い頭蓋を砕き、刃は頭をすっぱりと両断した。
「まず一体……」
残る二体のどちらを攻めるか、戦況を確認する。
エスカーは危なげなく陽動役を果たしているが、アルゴニオさんたちは多少苦戦しているようだ。
「随分と強くなっちまったモンだねえ……!」
「ハッ、それでこそアルゴニオ海族団の一員と言いてえところでは、あるがな……!」
螺旋塔でアルゴニオさんが倒したイレギュラーより、今相手にしている個体は強いらしい。
犠牲になった人数以外にも、その人本来の強さによって、やはりイレギュラーにも個体差が出てくるのだろう。
『****ッ!』
「つあッ!」
振り抜かれた腕、その爪がデイビスさんの肩口を裂く。
血が噴き出したものの、彼女はただやられるだけでは済ませないとばかりに、銃で反撃を行った。
一瞬のタイミングだったにも拘らず、銃弾はイレギュラーの左目を撃ち抜く。
如何に硬い外皮であったとしても、そこは急所だ。目を潰されたイレギュラーは驚きと痛みとで仰け反った。
「よくやった、デイビス!」
「タダでアタイの肌を傷つけさせるもんかってんだい」
強がってはいるが、デイビスさんの傷は痛そうだ。
すぐさまフェイが回復魔法をかけに駆けつける。
デイビスさんのサポートは彼女に任せ、オレたちはイレギュラーへの攻撃を始めた。
「黒月!」
狙い澄ませて放った一閃。しかし、イレギュラーはこれをぐしゃりと噛み砕いた。
そんな芸当も出来るのかと驚いたが、すぐ反撃が来ると察知して、冷静に得物を持ち替え防ぐ。
「――ブライトレイ!」
オレに向かって突き出された右腕へ、イオナが光線を撃ち込む。
光が直撃し、イレギュラーの右腕にはぽっかりと風穴が開いた。
『***……!』
「そらッ!」
やってみるかと判断し、オレは傷口に剣を刺し、そのまま地面へ突き刺した。
イレギュラーの右腕を剣で縫い留めた形だ。
そこからもう一本、剣を創り出して追撃に入る。
「喰らえ……!」
喉元への刺突は見事に決まり、青黒い血がボトボトと流れ落ちる。
しかし致命傷とまではならず、自由だった左腕がこちらに迫ってくる――。
「てやっ!」
それをルカがタックルで完全に受け止めてくれた。……フィジカルも度胸も凄いな。
彼女に感謝しつつ、イレギュラーへトドメを刺すための態勢に入る。
――今ならこういうことも出来るか。
自分のステータスも徐々に向上しているし、その分イマジネートに費やせる魔力も増えている。
二本に留まらず、もっと武器を具象化出来たままでいられるはずだ。
「……いけるらしいな……!」
三本目の剣を手に、オレはイレギュラーの頭部へ刺突を繰り出す。
この一撃は流石に助からない。頭を貫かれたイレギュラーから力が抜けていき、ぐらりと揺らいで……地面に倒れ伏した。
「出せる数が増えると、どんどん便利になってくね」
「だな。ありがたい話だ」
さて、残るはあと一体。
エスカーが相手をしてくれていた奴だけだ。
「俺もちったあ、船長としての威厳を見せねえとなあ!」
ここでアルゴニオさんが前に出た。
豪快な曲刀捌きで、イレギュラーを攻め立てる。
かなり荒っぽい戦い方だが、引き際は心得ているようで、敵が攻撃態勢に入るのを目聡く察知して後退している。
長年海族をやっている者としてのカン、というところか。
「ひゅう、よくやるねえ」
エスカーも、アルゴニオさんの戦いぶりを見て愉快そうに笑う。
その動体視力、運動神経を評価しているのだろう。
「じゃ、俺も便乗させてもらうとしようかな」
イレギュラーの注意がアルゴニオさんへ向いている間に、エスカーは敵の背後に回り込む。
そこから手に持っていた氷槍を、首筋を狙って突き出した。
『……**!』
防御行動をとれなかったイレギュラーだが、やはり氷の強度では深い傷を与えられない。
とはいえ、エスカーもそれは承知している。強力な個体に対しては、手数で削っていくのが基本戦術だ。
「まだまだ」
エスカーもオレと同様、複数の武器を予め創って周囲に滞空させており、次を手に取って寸分違わぬ場所に攻撃を繰り出す。
計三回の素早く正確な連撃で、ようやくイレギュラーにダメージが通った。
『***……!』
首の後ろから血が噴き出し、イレギュラーは呻きながらその部分を手で押さえ込む。
それまでアルゴニオさんを見ていたイレギュラーも、傷を負わせたエスカーに敵意を向けたようだ。
「っと、忘れてもらっちゃ困るぜ」
アルゴニオさんもすかさず斬り込んだ。前後からの絶え間ない攻撃に、イレギュラーは苛立ちを見せている。
対処に悩んだ結果、敵はがむしゃらに腕を振り回して二人を引き剥がした。
「……ま、こんなとこだね」
「ったく、途轍もねえ力だぜ……!」
跳ね除けられたアルゴニオさんは悪態を吐く。
しかし、イース・ミュールの人なのにここまでイレギュラーに肉迫出来るのだから大したものだ。
「……よし、もう一度使わせてもらおう……!」
停滞の発動には若干のクールタイムが必要だったらしい。
パレスちゃんは再度、ゆっくり掌をイレギュラーに向ける。
「これで決めてくれ……!」
発動と同時に、急激に鈍化する動き。
オレたちは目配せをし合って、各々の攻撃を叩き込む。
「はあ……!」
「ふッ……!」
オレとセイルさんで斬り込んで。
「そりゃあ!」
「よっと……!」
ルカとエスカーが打ち、そして刺す。
幾つもの箇所から血を流しよろめくイレギュラーに、最期の一撃を浴びせようかというところで、
「待った……最後は俺にやらせてくれや」
アルゴニオさんのその一言に、オレは当然頷くことしか出来なかった。
「ふう――」
息を整え、真っ直ぐに相手を見据えて。
覚悟を決めたように飛び出したアルゴニオさんは、その曲刀で以てイレギュラーを……斬り裂いた。
「……これで、しめえだな」
武器を納め、アルゴニオさんは静かに呟く。
「ようやっと、お前らをゆっくり休ませてやれる……」
彼の一振りで勝負は決した。
三体のイレギュラー……元はアルゴニオ海族団の船員だった者たちは、歪められた姿より解放される。
アルゴニオさんが果たしたかった務め、その一つがこれで終わり。
後は全ての元凶……ハニー=デポルを倒すのみとなったわけだ。
「……付き合ってもらってすまなかったな。後はお前らに付いて行って、一緒にあの女を叩きのめさせてもらうとするぜ」
「乗りかかった船ってヤツだねえ。ま、船はアタイらが乗せてやってるわけだけどさ」
二人とも、気持ちの切り替えが早い。湿っぽいのは性に合わないという感じなのかもな。
キリを付けたら振り返らない。何と言うか、海族らしい流儀だと思う……海族のことをよく知るわけでもないけれど。
「よろしく頼むよ。……さてと、それじゃあ――」
「……待って、皆」
パレスちゃんが話し出そうとしたところで、ルカが急に口を挟んだ。
何事かと思っていると、
「なんか変……イレギュラーから、マナの反応が消えてないというか」
「え……?」
つまりどういうことなのか。オレたちが考え込んでしまう前に、逸早く勘付いたのはやはりエスカーだった。
「そうか――罠だ!」
叫んだのが先か、それが発動したのが先か。
突如として、室内に激しい爆発が起こった。




