284.悪しき施設の中で
陸地へ降り立つとすぐ、千年王国の拠点へ続く道が伸びている。
どうせこの世界の人々には見つからないと踏んでいたのだろう、この一帯を好き勝手に開発したという感じに見えた。
時刻は夜九時とすっかり夜中だが、道の左右には街灯まで整備されている。
迷う心配がないのだけはありがたいことだな。
「既に敵のテリトリーだと思って、警戒しながら進もう」
「ああ、もちろん」
地面が爆発するとかも、ないとは言い切れない。
ハニー=デポルの持つイマジネートが爆発ということだけは分かったものの、細かな特徴までは掴めていないのだし。
「……セイルさん、大丈夫かしら?」
「ええ……ご心配、ありがとうございます」
セイルの暗い表情に、フェイは気遣いを見せる。
「……それこそ私も、アルゴニオ船長やデイビスさんと変わりませんよ。彼……ラークを誑かしたこと、許すわけにはいきません」
「コテンパンにしてやんなきゃね」
ルカの言葉に、セイルは少しだけ微笑んで頷いた。
研究施設までの道のりを、オレたちは真っ直ぐ歩いていく。
罠が張り巡らされていないかは、目視はもちろんルカのマナ感知にも頼り、確認しながらの前進だ。
結果として、道中には特に罠など存在せず、オレたちは無傷で施設の前までやって来られた。
魔物の気配も付近にはないので、過ごしやすいよう魔物を駆逐したか、近寄らないような技術を使っているのだろう。
「近くまで来ると改めて、でけえ施設だって分かるな……」
「ホントにね……とんでもない財力だよ。色んな世界から略奪したりしてるのかなあ」
イオナがさらりと酷い仮定をする。まあ、明らかに悪の組織なのだから、そう思うのも仕方ないけれど。
技術も資源も、実際底知れない組織だ。
幹部や下っ端数名としか相まみえていないわけだが、果たしてどれくらいの人間が所属しているのだろうか……。
「……よし、開けるよ」
パレスちゃんは慎重に、施設の入口扉を開く。
研究施設内部――どことなく見覚えのある光景だ。恐らくは、エイヴスにあった拠点と造りが似ているのだろう。
長く続く廊下と、左右に等間隔で並んだ扉。ここでまた、幾つもの非道な実験が行われていた……。
「本来、ここにも古代文明の建造物があったはずだ。アリアーナ地方は造船所の集まる場所だったから、そういった施設のね」
「畏れ多くも跡地をぶち壊して、ここを建てたってことかねえ」
「なのだろうね」
建物内はしんと静まり返っている。
今のところ、誰もいる気配は無いものの……油断は出来ない。
「放棄されてる感じはしないよね、電気もしっかり点いてるし」
「まあ、あいつらのことだからそういう状態でも見切りを付けて放棄しちゃうかもだけどね」
イオナの言葉に、ルカがそう返す。
かなり悪し様なコメントだが、そう思えるようなやり口をされてきたのだから仕方ない。
周囲のマナを感知して貰いつつ、オレたちは廊下をずんずんと進む。
そして突き当り、一際大きな扉の前までやって来て……その扉を開き中へ入った。
「これは――」
円形の広間。そこには無数の培養槽が並んでいた。
恐らく十以上はあるものの、中身は一つも存在しない。
エイヴスでも、研究施設内でエステルちゃんが同様の物を見たと話していた。
やはり、これがイレギュラーを造り出す装置の一部なのだろう……。
「……気配がするね」
エスカーが小声で知らせ、ルカも同意の印に頷く。
この部屋のどこかに、何者かが潜んでいるようだ。
周囲を見回していたところで、
「ようやくいらっしゃったようね?」
上の方から女の声が聞こえてきた。
この声は間違いなく……ハニー=デポルだ。
見上げると、広間は吹き抜けのようになっていて、上部の廊下に彼女はいた。
手すりに体重をかけ、少し身を乗り出すような姿勢でこちらを見下ろしている。
「……ハニー=デポル……」
パレスちゃんの声は、静かな怒りに満ちている。
彼女だけではない、ハニーに苦しめられた人間はここに大勢いた。
「ようやくってぇのはこっちの台詞だぜ、おい? とうとう姿を現しやがったな」
「アンタにやられちまった仲間の仇……必ず取らせてもらうからねえ!」
アルゴニオさんとデイビスさんも、最初から喧嘩腰だ。
そしてセイルさんだって、鋭い眼光でハニーを睨んでいる。
「うふふ、怖い怖い……私もお仕事で仕方なくやってることなのよ。心苦しいとは思っているわ」
「どの口がほざきやがる……!」
怒りの声をぶつけられても、ハニーは平然としたままだ。
「私たち千年王国の理念は、世界の滅びを乗り越えること――『いのちの書』に国民全ての名を刻むこと。その理念を果たすため、異世界を淘汰しなくてはならないの」
「自分が生き残るために、他者を蹴落とす……エイヴスでもディオンから聞いた。お前たちには、そんな暴力的な解決しか出来ないっていうのかよ……!?」
「あら、彼から話を聞いたなら言われているんじゃない? 何も知らないから綺麗事を述べられるのだ、なんて」
「お前たちは何もかもを知ってるって?」
「少なくとも、犠牲無しに世界が続くなんてあり得ない、ということはね」
ハニーはくすりと笑い、それからパチリと指を打ち鳴らす。
すると、奥にある扉の方から引きずるような音が聞こえ始め……次の瞬間、壁が破壊された。
『***……ッ!!』
扉の向こう側から突入してきたのは、イレギュラー。
しかも一体ではない……合計三体ものイレギュラーが揉みくちゃになりながら雪崩れ込んできたのだ。
「なっ……!」
「まさか、このイレギュラー……」
アルゴニオさんたちの表情が強張る。
それだけで察する――目の前のイレギュラーもまた、元は彼らの仲間だったのだと。
「天使パレス。貴方の態度を図りかねて、ここまで長引かせてしまったけれど……結局、貴方は本当に世界を護りたかっただけなのね。つくづく、天使にも色々いるものだわ。セラフィス教会の教えなんてアテになりやしない」
「……天使が人を淘汰する機構として生まれたのだとしても。私たちには自我があり、意思がある。そういう在り方になった以上は、それぞれにやりたいことが出来てしまうものなのさ……きっとね」
だから、とパレスちゃんは続ける。
「イース・ミュールを、千年王国の糧にさせるつもりなんて私にはない。必ず、護り抜かせてもらう」
「ええ、出来るものならね? 分かっているでしょうけれど、タイムリミットなんてもうとっくに過ぎたようなものよ」
……注視してみると、壊された壁の向こう……土煙の先に、封印機構のようなものが見える。
既にそれは光を失っていて、やはりハニーが先んじて停止させていたのだろうことが分かった。
「これが最後の挨拶になりそうだけれど……まあ、せいぜい頑張るといいわ。それじゃあね」
「待てッ!」
制止の言葉を聞くはずもなく、ハニーは背面にあった扉から出て行ってしまった。
残されたのはオレたちと、三体のイレギュラー。
予想通り罠にかけられたわけではあるが、奴がまだ古代都市に出発していないのが分かったのは収穫か。
そして、アルゴニオさんとデイビスさんが、仲間たちをその手で眠らせてやれることも。
「すまねえが、手を貸してくれるか」
「ええ、もちろん。そうしないと、ここから生きて出られませんしね」
「違いねえ」
イレギュラーたちは既に、オレたちを敵として認識しているようだ。
戦闘態勢に入っており、いつ襲い掛かってきてもおかしくない。
「眠らせてやるぜ、お前ら」
「……いくよ!」
王国の研究施設の中、イレギュラーとの乱戦が始まる。




