282.暴徒たちの狂乱
エスカーとの通信を終えたバランチームは、急ぎゼフ・ミュールの街へ戻っていた。
前日までと変わらず、浄水場近辺の警備にあたっていた際、暴動が発生したことを耳にしたのだ。
教えてくれたのは、昨日彼らが話しかけた兵士。
海軍本部からの報せが届き、バランたちにもすぐ教えた方がいいと判断して伝えてきたのだった。
「あの兵士さんには感謝やなあ」
「それより被害が心配だ。仮にイマジネートがマトモに扱えたら、応戦出来る人間はいないだろう」
バランは状況をそう分析する。
実際、イース・ミュール人の戦闘能力を鑑みると、発現したイマジネートに対抗可能だとは思えない。
「大きな被害が出る前に、間に合えば良いでござるが……」
「急がないと、だね……!」
全速力で駆ければ、街までさほど時間はかからない。
兵の暴動による被害は食い止められそうだが、悩ましい問題はその後にあった。
「でも、エスカーくんの話によれば、装置は爆発するんだよね……」
「はい、どうもそうらしくて。何とか対処出来たらとは思うんですけど……」
腕に取り付けた装置が爆発する原理はハッキリとしていない。
ただ、無力化した相手が爆発したという情報から推察するに、魔力の減少がトリガーなのではとバランは考えていた。
一介の兵士がイマジネートを使ったとすると……応戦するにせよしないにせよ、すぐに魔力は枯渇してしまうはずだ。極めて危険な状態である。
「皆さん! 戻って来られたんですな」
「ニオ大司教!」
街の入口にさしかかったところで、バランたちはニオ=ハンニス大司教に出会った。
彼らとニオは、意外にもこれが初対面だった。
「調査を一通り終え、街に戻っていたのですが……騒ぎが起きましてな。皆さんを探しておったのです」
「僕らもちょうど、その騒ぎを鎮静化させに来たところなんです」
アディの説明に、ニオはふむと髭を撫でつけ、
「私も向かいましょう」
「え……いいんですか?」
「もちろん、人が傷つくような事態には対処せねばなりません。学園の皆さんとはぜひ握手しておきたいところですが……今はそういう場合ではないでしょうな」
「え、ええ。早く行きましょう」
独特なニオのペースに戸惑いながらも、バランは同意し、すぐにまた走り出す。
それからほんの二、三分ほどで、暴動の現場が見えてきた。
騒ぎは首都のメインストリート、王宮へ続く道の半ばで起きており、数人の海軍兵士が武器を手にして人々を威圧しているのだった。
「これが俺たちの力……!」
「この力を、国王様にも認めてもらうんだ……!」
暴徒の数はあまり多くない。見る限り五人ほどだ。
とは言え、彼らのうち三人は既にイマジネートらしき能力を発現させている。
その力で以て、鎮圧しようとした兵士たち数人を返り討ちにしたようだった。
「な、何だあいつら……!」
「海軍の人じゃないの!? どうしてこんな街中で……」
街の人々は、突如暴れ始めた軍の兵士にすっかり怯え、逃げ惑いながら嘆きの声を上げている。
そんな中、暴徒たちの方へと走る者たちの姿もあった。追加の海軍兵が応援に駆け付けたのだ。
「止まれ! 平和を護る海軍の人間としてあるまじき行為、許されんぞ!」
「武器を捨てて投降しろ!」
だが、そのような説得に応じる段階はとうに過ぎている。
暴徒たちは聞く耳など持たず、兵士へと武器を向けた。
「お前たちに止められるはずがない!」
「俺たちに与えられた、新しい力があれば!」
炎をまとった長剣を振るう者。
水流を鞭のように扱う者。
はたまた掌から礫を放つ者……三者三様の能力だ。
まだ完全に使いこなせていないようだが、それでも一般兵が戦うには荷が重い。
「ぐお……!」
炎の剣に圧倒され、海軍兵たちは次々に曲刀を弾き飛ばされていく。
死角から飛んでくる水の鞭や礫も彼らを苦しめた。
「チッ……」
舌打ちを一つすると、バランはすぐさま戦地のど真ん中に飛び込んだ。
そしてイマジネートを発現させ、全ての攻撃を弾き返す。
「下らん方法で地位を得ようとするな。力を誇示するにしても、守るべきラインというものがあるだろうが」
「せやなあ。リーダーも一応はルール守って奇襲かけてたし」
「って、蒸し返すな」
すかさずツッコミを入れるエステルに言い返しつつ、バランは光の槍を暴徒へ突き出した。
「な、何だお前たちは……」
「イマジネート……まさか、女神様が呼んだという異世界の……?」
突然割り込んできた闖入者に混乱しながらも、暴徒たちはすぐバランたちの素性を察知する。
「だとしたらどうする」
「……ひ、怯むな! 俺たちも同じ力を持ってるんだッ!」
まとめ役らしき男の発破で、戸惑っていた他の暴徒たちも再び武器を構え始める。
「――待ちなさい」
そこへ現れたのは、デネル中将とイワン少佐だった。
トップクラスの人物が現れたことで、流石の暴徒たちもその手が止まる。
「中将……」
「君たちを唆したのは千年王国という組織であると、既に調べはついているよ。ラーク少将もまた、その甘言に乗せられてしまったことも」
「……だからどうしたと言うのです! 我々は認めてもらいたかった……その思いを千年王国のハニーさんは汲んでくれたのです!」
「ええ……貴方たちにもちゃんと力は備わっているのだと、それを具現化するための道具を与えてくれた……この力が、我々の強さを証明してくれる!」
見てみろと言わんばかりに、暴徒たちはデネルに己がイマジネートを振りかざす。
しかし、デネルはたじろぐどころか暴徒を鋭い眼差しで見つめたまま、
「……先ほどセイル大将から連絡があった。君たちが使っている装置をラーク少将も使用しており、セイル大将が無力化したところで装置が爆発……ラーク少将は死亡した、と」
「え――?」
彼らにとって残酷な事実を容赦なく突きつけた。
「う――嘘だ!」
「ラーク少将が、亡くなるなんて……あり得ない」
「もし君たちが彼と連絡をとっていたなら、確認してみるといい。その通信機は今、セイル大将が所持している」
「う――うわぁああッ!」
受けたショックはさぞかし大きかったのだろう、暴徒の一人が炎の剣を振り上げ、デネルに襲い掛かる。
それをデネルは冷静に捌き、自らの得物を抜き放って剣だけを弾き落とした。
「あ……」
「やはり君たちも、力に振り回されている」
言いながら、暴徒の首筋に刃を突きつけるデネル。
それを見て、中々の腕前だとバランは素直に評価を下した。
「む――」
その直後、暴徒の腕に取り付けられた装置が赤く染まり始める。
「おい、爆発するぞ!」
バランはほとんど反射的に叫んでいた。少なくとも、被害を最小限にせねばならない、と。
「う、嘘だ! ひいぃいい――」
哀れな悲鳴の最中、装置は限界を迎え――暴徒を巻き込んで大爆発を起こす。
「きゃああっ!」
「ほ、ホンマに爆発しよった……」
デネルは咄嗟に後ろへ退いたので巻き込まれずに済んだが、爆風でかなり後方へ流されていた。
「……駄目だ。ああなってしまうとどうすればいいやら」
悔しげに呟き、デネルは残った暴徒たちの方を向く。
まとめ役の人物が、デネルの言う通りに爆死してしまったことで、彼らはパニックに陥っていた。
「ど、どうしてこんなことにい……!」
「外れない、外れないぞッ!」
装置を腕に取り付けてしまった者たちは、それが外れないことに気付き慄いている。
一人だけ、まだ装置を付けていない者は安堵のためか脱力し、へたりこんでいたが……今にも泣きそうな顔で仲間たちを見つめていた。
「まだ付けてない君は、そのまま下がっているといい。……しかし、はあ。困ったもんだね……」
「助けられるものなら助けたいですが、これではね」
デネルが嘆息を吐き、イワンは険しい表情で暴徒を観察している。
どうにもならなければいっそ……とでも思っているのかもしれない。
海軍としては、先ほど兵士が言っていたように、平和を護るのが一番の役目だ。
爆発を止められないなら、その被害をなるべく抑えるのが次善策に違いなく。
「……失礼、どうやらあれは装置そのものの仕掛けではなさそうですな」
そこで口を開いたのはニオだった。
「と言うと?」
「装置が赤くなる際、マナの増大を感知しましてな。あれは科学的なものではなく、何かに反応して魔法が発動した――という風に見えたのです。もしかすると」
「……そういうイマジネートか?」
バランが言うと、ニオはゆっくりと頷く。
「トラップ型のイマジネート……そういう類かもしれませんな」
「さ、サイアクな能力やな……!」
エステルが悪態を吐いている間にも、また一人の装置が赤みを増していく。
「イマジネートによる魔力励起により起動し、魔力の消耗によって爆発に至る……というところでしょう」
「どうすればよいでござるか……!?」
「装置に爆薬がないというのであれば……破壊することで仕込まれたイマジネートも消滅するのでは、と」
「それなら話が早い……!」
聞くや否や、バランは装置の赤化している暴徒目掛けて走り出す。
「動くなよッ」
そして怯えながら腕を伸ばす暴徒の、装置部分ただ一点を狙い光輝なる救済を突き出した。
槍に貫かれ、装置の画面部分が砕けて腕から外れる。
破壊された装置はそのまま地面へ落下した。
「凄い……!」
「やるやん、リーダー」
「――いや、まだでござる!」
安堵したのも束の間、装置の赤化が収まっていないことにサラルが気付く。
「――ペイント:ペイルブルー!」
瞬時にエステルがイマジネートを発動させ、装置を氷結させる。
それがどれだけ猶予を延ばせているかは分からないが、まだ爆発はしない。
バランは暴徒を押しのけて、凍り付いた装置を掴んだ。
そしてそれを、テッドに向かって放る。
「馬鹿力、頼んだぞ!」
「おおっ!」
テッドはイマジネートの斧を勢いよく振るい、側面で装置を捉える。
氷の破片が散り散りになりながらも装置は空中高くへ飛んでいき――被害を出すことなく爆散した。
「……ふう」
間一髪、連携が上手くいったことにバランはホッと息を吐く。
ほとんど無我夢中でやったことだが、自分のところで爆発していたらと思うと、後から恐ろしくなった。
「助かったよ、君たち!」
離れたところで、デネルも装置の処理にとりかかっていた。
そちらはまだ爆発までに余裕があったため、慎重に切断した上で念入りに破壊。すると、魔法も発動せず無害化することが出来た。
「元の形が保てないレベルに破壊されると、流石に効果も消えるようですな」
「よし、残りはまだ能力を発動してないね。イワン、他の兵士と一緒に解体処理を頼むよ」
「はい、デネル中将」
指示を受けたイワンは、戦いの場へ入れずにいた兵士たちを集め、装置の解体作業に入った。
「これで暴動は止められた、か……犠牲が出てしまったことはやるせないな」
「……悔やんでも仕方ないだろう。むしろよく、一人で抑えられた」
「おっと、慰められてしまうとは。……しかしニオさんでしたか、助かりましたよ。装置の仕組みが分からなければ、全員を見殺しにするところだった」
「ほほ、お気になさらず。セラフィス教会もまた、平和を愛する組織ですのでな」
感謝を述べられたニオは、朗らかに笑んだ。
「……こちらの危機は乗り越えられた、というところか。後はあいつらが、この世界を救えば終わりだな」
「そんな簡単な話やないやろうけどねえ」
「フン、さっさと済ませてもらわないと困る。毎日この世界へ来るのも、そろそろ飽きてきた頃だ」
「ま、やることは同じだもんなー。また色んなところ行きたいし、俺たちも昇級試験、受けてみたいしな!」
「うむ、昇級は早めにしたいでござるな」
「ふふ、そうだね……」
遠く離れた南端の大陸で、バランたちは待ち侘びる。
ダインたちが再び、世界の危機を救って帰還することを。




