281.良くない報せ
「えーっと、初めまして。アタイはデイビス、この海族船の操舵士をさせてもらってるよ!」
船内の休憩室で、オレたちはまず船員のデイビスさんに挨拶をすることとなった。
これからしばらく世話になるので、最初に互いを紹介しておくのは大事だ。
……他にメンバーはいないのかと聞きそうになったが、
彼らが千年王国にされた仕打ちを思い出し、何とか留まった。
もうアルゴニオ海族団は、船長とデイビスさんの二人しかいないのだ。
「さてと。とりあえず勢いで乗せちまったワケだが……」
デイビスさんが出航の準備をしに出て行った後、アルゴニオさんは頬を掻きながら、
「イース・ミュールを救うってのはどういうことか、まだサッパリ分からん。今のうちに軽く教えてくれるか?」
「ああ……それもそうですね」
彼が千年王国の協力者という誤解はとっくに解けた。
どうせ移動中にやれることはないし、この間に事情を説明しておくのが良いだろう。
「実は――」
オレたちはなるべく簡潔に、航海の目的とその方法をアルゴニオさんに伝える。
彼は始終難しい表情をして聞いているので、内容を完璧に理解したかは分からなかったが……大体の流れは把握してくれたようだった。
「……まさか、俺たちが必死で辿り着こうとしてた古代都市に、バケモンが眠ってるなんて……信じらんねえぜ」
「沈んだ都市という響きに、いつしか海族たちが金銀財宝を夢見るようになってしまったんだねえ。真実はそんな甘いものじゃなかったワケだ」
「はあー……軽くショックだ。ただ、古代都市そのものの夢は消えなくて良かった」
金銭的な価値はなくとも、古代都市に辿り着くというのもまた海族のロマンには違いなく。
アルゴニオさんは、その夢なら叶えられるんだなと嬉しそうにしていた。
「言ってることが全部分かったとは言えねえが、とにかくお前らはこれから第六大陸に向かって、そこで最後の封印とやらを解く。そしたら古代都市が浮き上がるんで、バケモノを倒しに向かう……これで合ってるか?」
「ええ、それで間違いないわ」
アルゴニオさんが確認してくるのに、フェイが首肯する。
この計画のリーダー的役割はパレスちゃんのはずだが、彼女は先ほどからずっと考え込んでいた。
セイルさんも同席してくれてはいるものの、黙り込んでしまっているし、ラークさんを喪ってしまったことはやはり大きい。
大なり小なり、彼の死は皆の心に穴を空けてしまっていた。
……と。
「……すまない、皆」
「うん?」
そこでぼそりと、パレスちゃんが口を開く。
「ラークのことで取り乱してしまってね、あのときは言えなかったんだが……一つ、心配なことがあるんだ」
「心配なこと?」
彼女はこくりと首を縦に動かし、
「実は私が螺旋塔の封印を解除したとき……ある違和感に襲われた」
「というのは……」
「枷を感じなくなったんだよ」
枷を感じなくなった……つまり、封印機構に魔力が吸収される感覚が無くなった、ということか。
……いや、でもそれはおかしい。
「私たち、まだ第五大陸の封印を解除したとこだよね?」
「ええ……全部の封印を解除したわけじゃないわ」
第六大陸アリアーナには、これから向かおうとしているところだ。
にも拘らず、彼女はまるで全ての封印が解かれたようだと口にする……。
「……アルゴニオ船長曰く、第六大陸には千年王国のアジトがあったんだって?」
「あ――」
エスカーの指摘でピンとくる。……というか、そこに気付かなかったのが情けない。
パレスちゃんが不安がっているのは、まさにそこなのだ。
「もしかして、千年王国はもう第六大陸の封印を解いてる……!?」
「あり得るんじゃないかな。壊すことでも解除になるんだし、奴らなら可能だろう」
第一大陸の封印機構は、航海に出るより前に破壊されてしまった。
もしかしたらあの時、奴らは同時に第六大陸の封印も解いていたのかもしれない。
そうすることで、パレスちゃんが魔力吸収量の変化に気付きにくいようにした……。
「まだ断定は出来ない、が……早く向かうに越したことはない。もしも現時点で全ての封印が解けたとしたら――」
「古代都市が早々に浮き上がって、終末ノ獣も出てきてしまうことになる……」
終末ノ獣には、パレスちゃんの停滞能力が絶えず掛けられていた。
それが力を鈍らせていたのだから、封印が解けてから時間が経つほど獣は力を取り戻すことになる。
加速度的に、こちらの勝ちの目が無くなっていくわけだ。
「アルゴニオさん。第六大陸まで全速力でどれくらい掛かりますか?」
「お? そうだな……悪いがお前らが乗ってた海軍船ほどのポテンシャルはねえからよ……下手すりゃ五時間はかかっちまうか」
「そこから北の果てとなると……」
「私が覚えてる位置関係から考えると、更に四時間。……第六大陸の探索を抜きにしても、九時間はかかる計算だね」
時刻を確認すると、今は午後四時前。第六大陸には夜の九時頃、そのまま進んでも古代都市には日付が変わった深夜一時頃に着くという具合か。
「終末ノ獣が目覚めてから完全な状態になるまで一ヶ月ほど掛かるってのは教会の情報で知ったが……今回の場合はどうなんだろうな」
「過去に一度目覚めた獣を、私が封じただけだからね。ある程度までは力を得ていて、その状態で進行が止まっていると思ってくれていい」
「解除された瞬間からもう、エイヴスのヤツより強敵ってことだね……」
ルカの声色には不安が滲んでいる。
最終的に戦う獣は、確実にエイヴスの獣よりも強い――それが分かってしまったのだから、無理からぬことだ。
「乗せてもらった身で申し訳ないが、可能な限り急いでもらわなくてはいけなさそうだ」
「なに、構わねえさ。それだけ早く、千年王国を殴りに行けるってコトだからよ」
「ふふ……頼もしいな」
弱々しくではあるが、パレスちゃんは微笑む。
「よし……デイビス、船の速度は最大で、第六大陸を目指してくれや!」
『ハァイ、全速力で駆け抜けるよ!』
この船にも伝声管があり、それを通じてアルゴニオさんはデイビスさんに指示を飛ばす。
やり取りが終わってすぐ、船は速度を上げて海原を突き進み始めた。
「……しかし、お前の危惧したことが現実になったな」
「彼のことなら予め、目星は付けてたからね。こういう結末になるのは残念だったけども」
セイルさんの手前、エスカーも一応言葉を選びながら話してくれているらしい。
「それに、どのタイミングでも説得出来たとは思えない。俺たちが気に病まない方がいいだろう」
「ええ……むしろエスカーさんには感謝しています。説得出来ないと仰いましたが、最後に彼は……自分のしたことを悔いて、謝罪していましたから」
「……ふむ。彼にも良心が残っていたようで……それだけは救いですね」
エスカーは、ラークが改心したという事実に多少驚いている様子だった。
人の悪感情はそう簡単に覆らない――それが彼の認識であり、ラークさんは数少ない例外だったのだ。
「……おっと?」
そのとき、エスカーのテスタマイザーに通信が入る。
彼に連絡ということは……もしやバランたちか?
「こちらエスカー。通話ということは急ぎかな?」
『当然だ。こっちで動きがあった――海軍の一部の若手が暴動を起こしてる』
「暴動……!」
ラークさんが行動を起こしたのであれば、もしかして。
そんな懸念はあったものの、こんなにも早く現実になってしまうとは。
「こちらは、犠牲は出たけど問題に片は付いた。そちらは大丈夫そう?」
『犠牲だと?』
「ああ。王国がテスタマイザー紛いのものを貸与してるんだが、それが爆発物っていうトラップさ。無力化した相手が爆発させられた」
『チッ……暴徒どもは異様な魔法を使ってるっていう話だ。マズいな』
……やはり、千年王国はそちらにも武具を渡していたようだ。
何も知らず使ってしまえば、恐らく最後には……爆死することになってしまう。
『まあ、こっちはこっちで何とかする。お前らも早くやることをやってこい』
「了解、助かるよ。……健闘を祈っておく」
『フン、祈られるまでもない』
と、そこで通信は切れる。
つっけんどんな態度だが、要は安心して任せておけということだろう。
「首都の方は心配だが……私たちがここで足を止めるわけにはいかない。恐らくこれも敵の時間稼ぎだ、躊躇わずに進んでいかなくてはね」
「そうですわね。ここまで来て、振り返っている暇なんてありませんわ」
「僕らに求められるのは……ただ突き進むことのみ……」
オレたちがここから戻ろうとしても数日かかるのだから、戻るという選択肢は結局無い。
バランたちが事態を収束してくれると信じ、変わらず北を目指すのみだ。
「……私は本部と連絡をとって情報共有に努めます。ラークに任せきりでしたが、今は私がやるべきですから」
「ああ。頼んだよ、セイル」
パレスちゃんに言われ、セイルさんは畏まりましたと頷く。
悲しみの中で、彼は何とか立ち上がろうとしている。
――第六大陸アリアーナ……千年王国のアジトがある場所、か。
そこで王国との決着をつけたいものだが、ハニー=デポルは狡猾な女だ……どうなるかは分からない。
慎重を期して乗り込むとしよう。ラークさんのような犠牲は、もう沢山なのだから。
*
……波の音が、規則的に繰り返す。
彼の耳に入るのはただ、その音だけだった。
もはや指一本を動かすことすら出来ず。
そもそも片方の腕はもう、何処にも無く。
半身を水面に沈めたまま、ラーク=ブローは静かに終わりの刻を待っていた。
自身に相応しい、独りきりの終わりを。
ハニー=デポルから与えられた装置。
その爆発により彼は腕を喪ったものの、セイルのように身体を船外に吹き飛ばされたため、奇跡的に一命を取り留めていた。
けれども、助かる見込みのないこの状況では、それが幸運だったとは決して言えないが。
――苦しんで、死ぬ。報いなのかもしれない。
朦朧とする意識の中、ラークは自身の末路を嘲笑う。
仲間を裏切り、刃を向けて……この手に残ったものは何一つ無く。
あらゆる未来の可能性は、ここに潰えて。
あの装置を受け取らなければ、自分はまだ旅を続けられていたのだろうか。
そう夢想し、彼はまた嗤った。
もしもの景色を想像することなどおこがましく。
けれど、最後くらいはと……そんな風に思ってしまうのだ。
意識が、薄れていく。
心の中で独り、別れを告げる。
出会った人々に、この世界に、別れを。
そして……。
「……うふふ。素敵な別れのシーンだったわねえ?」
甘美な夢は、瞬く間の内に崩れ。
最も耳にしたくない者の声が、聞こえた。
「せっかくこんなに頑張ってくれたんだもの――貴方にはもっと活躍出来る役目を与えなくちゃね」
……そして、彼の世界は終わる。




