280.フォカラ大陸からの脱出
「……そういうワケで、俺はラーク少将がこのタイミングで行動に出ると踏んだのさ」
浜辺までの道を駆けながら、エスカーはオレたちにこれまでの経緯を説明してくれる。
アルゴニオさんから衝撃の事実を聞き、オレたちは急ぎ海軍船へと引き返しているところだった。
ラーク=ブロー少将……ずっとオレたちと共にイース・ミュールを救う旅を続けてくれていた彼が。
千年王国に協力していたスパイだったとは……。
「相変わらず鼻が利くというか、よく分かったもんだよ」
感心するような、或いは呆れるような感じでルカが呟く。
実際、アルゴニオさんの証言があるまでは、言い逃れ出来ないレベルの証拠はなかった。
ラークさんは表向き平然としながら、裏で密かにハニー=デポルと繋がっていたのである。
エスカーが疑いの目を向け始めたのは、通信機での連絡。
定期的に首都の海軍と通信するために、ラークさんは席を外していたのだが、これが本当かどうかエスカーは訝しんだのだ。
タイミングが食事の席だったこともあり、外で一人話すというのは配慮ゆえとも思える。
しかし、基本的にまとまって行動している航海メンバーの中で、彼のその行為は数少ない単独行動の場面だ。
もしかしたら、という疑念がエスカーには浮かんだらしい。
「あの人がセイルさんを見る目には、憧れというのも確かにあったけど……どうも妬み嫉みの感情も混じっていそうだったからねえ」
第三大陸ガジェミアでの夜、セイルさんとラークさんが互いへの想いを吐露し合った時。
オレや他の面々は純粋に良い話だと感じていたが、エスカーは裏に渦巻く悪感情を察知したようだ。
だから話の締め括りに、千年王国の名前を挙げて。
部下を見捨てたり協力者を実験体にしているなどと、忠告じみたことを仄めかしたのだという。
「だから、セイルさんに行かせたんだな」
「ああ。止めるなら彼が適任だろう。こちらはこちらで、封印機構のところまで行かなくちゃならなかったし」
ラークさんが螺旋塔の前で隊列から外れてすぐ。
エスカーはバランたちに連絡をとり、ラークが本当に海軍本部へ連絡をとっているか早急に調べてくれと頼んでいた。
結果、彼が連絡をとった形跡はなく。
彼が黒であること、そして協力者としての行動に出ようとしていることを把握し、セイルさんに事のあらましを伝えたというわけだった。
「またイレギュラーがいる可能性も考えての措置だったけど、それはアルゴニオ船長が倒してくれていた。だから解除を女神サマに任せて、さあ戻ろう……というところなんだが」
「おう?」
「どうして貴方も付いて来るんですかねえ」
エスカーが貴方と呼んだのは、アルゴニオさんだ。
封印機構のあった螺旋塔地下から、何故か彼もオレたちに付いて来ている。
「あのラーク少将が俺を騙してた挙句、千年王国と手ぇ組んでたっつうんだ。一発殴りに行きてえってモンだろ」
「ま、気持ちは分かりますけども」
それ以上の深い理由はやっぱりないよね、とエスカーは苦笑する。
「それに、俺の船も大体同じ方角に待機させてんだ。一緒になるのも当然だろーが」
「ああ……」
少なくとも、ラークさんにやり返すまでは同行するんだろうな、この人は。
「もうすぐ船が見えてくるはずだね……」
「全く、疲れますわね!」
あまり体を動かしたくないのだろう、シャーロットさんは憤慨している。
ただ、肉体派でも無い上動き辛そうな服装をしているのに、隊列の中で相当速いんだよな……凄い人だ。
「よし、着いた!」
真っ先にルカが船を見つけて叫ぶ。
オレもその方向を見やると、船から少し離れた場所に三人組の姿があるのを確認した。
リースさんたちのようだ。
「セイルさんが退避を促したんだろうねえ」
「そうね……だとしたらやっぱり、戦ってるのかしら」
部下の裏切りを、上司としては当然正さねばならない。
説得に応じるようなレベルの問題じゃないだろうし、刃を交えるのは恐らく必定だ。
「ボクたちも助太刀に入る?」
「いや、それは無粋というものだろう……」
ルカの問いに、ユベールさんはそう返す。
セイルさんが心配なのは確かだが、彼の言う通り二人の戦いに水を差してしまうのも悪い気がする。
ラークさんのことは、セイルさん自身が止めたいと、そう思っていそうだから。
ただ、成り行き次第ではオレたちにも影響が出かねないし、動くしかなくなるだろうが。
「しばらくは様子見して、セイルさんが止められそうになかったらオレたちが動く……それでいいか」
「妥当なところでしょうね」
シャーロットさんが頷き、他のメンバーも同意する。
とりあえずオレたちは、リースさんたちとともに状況を見守っておくことになるか――。
「……あ!」
イオナが船を見つめ、ふいに大きな声を上げた。
船上で一瞬、何かが光り――そして次の瞬間、大きな爆発が生じる。
「うわ……!?」
「ば、爆発した!?」
凄まじい音と強い爆風に、オレたちは腕で顔を覆う。
船上で激しい炎が起こり、同時に何かがこちらへ吹き飛んできた。
あれは――?
「せ、セイルさんだ!」
落ちてくるものの正体がセイルさんだと分かったオレは、慌てて黒霧をイマジネートする。
そして落下地点へ膜のように広げ、からくもキャッチすることに成功した。
「大丈夫ですか……!?」
全員でセイルさんの元へ駆けつけ、彼の状態を確認する。
幸い、衝撃に合わせて自分から飛び出したようで、軽い火傷以外に目立った外傷はなさそうだった。
「う……」
衝撃に呻きながらも、セイルさんはゆっくりと目を開ける。
「ら、ラーク……」
「……まさか、ラークさんが……!?」
オレの言葉に、セイルさんはしかめ面のまま頷いた。
「……彼が、付けていた装置が……爆発、したんです」
「そ、そんな……」
「くっ……今からでも、助けに……!」
無理やり体を起こそうとするセイルさん。
しかし、吹き飛ばされた衝撃は思いの外強く、すぐには立ち上がれそうにない。
「助けには行きたいが……」
「あの炎じゃ、もう……」
消え入りそうな声で、イオナが呟く。
爆発により生じた炎は今や、船全体を包みこもうとしていた。
オレたちをこの場所まで運んでくれた海軍船。
それが炎に呑まれ、崩れていく。
……仲間だったはずの、ラークさんと共に。
「……王国に協力した者がどうなるか、それとなく告げてはいたんだけどね」
「どうしてそんな馬鹿なことを……ラークさん……」
オレたちが悔しがる横で、会話の流れから何となく状況を察したリースさんたちは、
「まさか、ラーク少将が千年王国の協力者だったんですか……?」
「マジっすか……そんなの、全然疑ったことも無かったっす……」
「僕も信じられません……」
上官の裏切りに、三人ともただただ愕然としている様子だった。
「……彼は、私に追いつくため……力を求めていた。千年王国は、そこに付け込んだようです。貴方がたと同じ武器を渡すことで」
「イマジネート――」
そうか、あいつらもその技術を有しているし、必要とあらば協力者に提供することも出来るわけだ。
ラークさんはその力で以て、セイルさんを超えようとしていた……。
「しかし、彼はその力を使いこなせなかった。心の迷いゆえ……。だから、彼がまだ迷っているのなら……帰ってこさせることも出来ると、思ったのに」
燃え盛る船を見つめながら、セイルさんは嘆く。
「千年王国……なんて、卑劣な……!」
「セイルさん……」
部下を奪われた悔しさに、彼は涙を滲ませる。
ラークさんは千年王国に心を奪われ、命までも奪われてしまった。
それを、彼自身の未熟さと評することも出来るだろう。
けれど、心の隙に付け込み利用する千年王国こそ、やはり一番の悪に違いない。
「すまない、ラーク……」
失われたものは、あまりにも大きい。
ラークさんが死に、オレたちの足だった船まで燃えて。
頭が真っ白になりそうな、強い喪失感が襲ってくる。
これからオレたちは、どうすればいいのだろう……。
「皆、無事かい!?」
そのとき、パレスちゃんの声が聞こえてくる。
自身の仕事を終わらせ、急ぎ戻ってきたのだった。
そして彼女もまた、この惨状を目にして。
全てを理解し、言葉を失うのだった。
「……間に合わなかったか」
「申し訳ありません、パレス様……」
謝罪するセイルさんに、パレスちゃんは緩々と首を振る。
「私も彼の変化に気付けなかった。謝りたいのは私の方だ」
「パレス様のせいでは……」
「いや、もっと早く対処すべきだった。私の怠惰な性格が招いた事態でもある……」
千年王国を放置してしまったことを、パレスちゃんは反省しているようだ。
「……オレたち、これからどうすれば」
「船、燃えちゃったもんね……」
メラメラと燃え続ける船。
一部は既に崩落し、焼け焦げた残骸が海辺に落下している。
もはや消火も意味は無い……むしろ爆発した瞬間からもう、修復は不可能だっただろう。
ラークさんはこの事態も想定して甲板にいたのか、それともハニーに指示されていただけなのか……今となっては分からないが。
「ううん……」
悩んでいるオレたちに、声をかけてくる者がいた。
「……おい。沈んでるとこアレだがよ……」
「……アルゴニオ船長?」
パレスちゃんはそこでようやく、アルゴニオさんが同行していることに気付いたようだ。
アルゴニオさんは少しだけ心外そうな顔をしたが、すぐ気を取り直してオレたちに告げた。
「あっちに俺の船があるぜ。……こうして会ったのも何かの縁だ、乗ってくか?」
「え――」
まさか、そんな提案をされるとは思ってもみなかった。
パレスちゃんも予想外のことだったようで、目を丸くしている。
「ラークの奴に一発見舞えなかったのは、その……悔しいんだが。諸悪の根源をまだぶっ潰せてねえからよ。お前ら、千年王国を追ってるんだろ?」
「まあ、メインの目的じゃあないけどねえ」
「私たちはイース・ミュールを救うために北を目指している。その中で、悪事を働く王国も倒さねばならないんだ」
「はあ、でけえことしようとしてんだな……じゃあ尚更、ここで立ち止まるワケにゃいかんだろ」
「それはそうだが……構わないのかい?」
パレスちゃんの問いに、アルゴニオさんは当たり前さと答える。
「仇を討たにゃなんねえからな。そのついでに世界を救う手助けが出来んなら、上等ってもんだ」
「……ありがとう、アルゴニオ船長!」
どうやら決まりのようだ。
こんな展開になるとは思わなかったが、ここでアルゴニオさんと邂逅を果たしたのは幸運だった。
海軍から新たに船を出してもらい、フォカラまで来てもらうなどの方法はあっただろうが、それには相当の時間を要していたはず。
彼の船に乗せてもらえるなら、タイムロスも無い。
「んじゃ、船を呼ぶぜ」
アルゴニオさんはそう言うと、懐から通信機を取り出す。
それはラークさんが使っていた海軍のものと同じに見えた。
「それは……」
「これもラークから連絡用に受け取ったモンさ。仲間内でも使いてえって頼んで、二つ貰ったってワケよ」
「なるほど」
船は少し陸地から離れたところで待機させてあったらしい。
彼が仲間に連絡すると、ほんの数分ほどで海族船はやって来た。
「俺たちアルゴニオ海族団の船へようこそってヤツだな。歓迎するぜ、お前ら」
アルゴニオさんから歓迎の言葉を受けて、オレたちは海族船へ乗せてもらい。
様々なことが目まぐるしく展開されたフォカラ大陸から、ようやく脱出することになるのだった。




