279.大将と少将③
「そらッ!」
凄まじい速度で繰り出される斬撃。
イマジネートによって限界以上に強化されたラークの肉体が、それを可能にしていた。
セイルは己の培ってきた技量を以て、その一つ一つに対処していく。
僅かな隙が生じる瞬間を逃さぬように。
「……そこだ!」
「何ッ」
両腕での攻撃を捌いた直後、セイルはラークの側方へ潜り込み、そのまま横薙ぎに斬りつける。
ラークは身を捩ってそれを避けようとしたが、僅かに刃が当たり、肩口に傷を負う。
「この程度……どうしたッ!」
反撃で曲刀を振り抜いたことにより、セイルも防御の出来ない瞬間が生じる。
肉を斬らせて骨を断つ――ラークは己の傷もお構い無しに斬り込んだ。
しかし、
「もちろんそうすると思っていた」
セイルが一枚上手だった。
振り抜く力のままにくるりと回転した彼は、そのまま曲刀をラークの刃に沿わせて滑らせる。
ラークの攻撃は甲板の床を抉り、そしてセイルのカウンターは再びラークの肉を抉った。
「……ちぃ……ッ!」
二撃目を与えられない。
ラークの焦りは、自身の攻撃をより粗雑にさせていく。
対してセイルは落ち着き払ったまま、正確に攻撃を受け流していった。
「……ならよ」
休むことなく繰り出される斬撃の中、セイルはいつの間にか船内へ戻る扉の前まで追い詰められている。
そこへラークは両腕を開き、挟み込むような攻撃を仕掛けた。
「真っ二つだ――」
「ふん……ッ」
刃が振り下ろされる直前。
セイルは僅かに開いた扉の上部を掴み、自身の体を持ち上げてラークの顔面めがけ飛び蹴りを喰らわせた。
「ぐあッ!?」
足が飛んでくるのは想定外だったのだろう、顎を勢いよく蹴られたラークは仰け反り、後ろへ吹っ飛んだ。
「甘い――」
「舐めんじゃ、ねえ……!」
セイルが追撃に出ようとしたが、ラークは腕の刃で受け止め、乱暴に弾く。
それから体をバネのようにして飛び起きると、血走った目でセイルを睨んだ。
「しょうもない小細工ばかりを……」
「私とて、そう強い人間ではないということだ」
「んなこたあ知ってるさ……!」
今度こそ仕留める――そう強く念じて踏み出した足。
しかし、その一歩がぐらりと揺らぐ。
「あ……?」
その違和感にラークが足元を見ると、何故か小刻みに震えていた。
「……お前……」
「クソッ、言うことを聞きやがれ!」
ラークは自身の足を叩き、無理やり震えを押さえつける。
セイルは直感的に悟った……イマジネートによって肉体は変質したが、ラーク自身の体力と気力がそれに付いていけていないのだと。
「やはり一朝一夕には使いこなせない力、ということか……」
「ふざけんな、俺に使いこなせねえワケがねえ……!」
ラークは刃を構え、セイルに狙いを定める。
「イマジネートは心の力だ! アンタを超える……その想いは何よりも強えッ!」
勢いよく飛び出し、セイルに急接近するラーク。
反応すら出来ない速度での斬り込みならばと振り被った攻撃は、しかしギリギリのところで躱される。
否、自身の認識よりも動作に遅れが生じている――ラークは悟った。
腕を振ろうとする瞬間、どういうわけか僅かに腕が止まってしまうのだ。
「……なるほど、心の力か。だからこそ、お前はそれを使いこなせないのだろう」
「ワケ分かんねえことを……!」
再度、力任せに腕を振り下ろす。
だが、今度はその攻撃そのものが弾かれてしまった。
筋力は明らかに自身が上。にも拘らず圧し負けてしまったことに、ラークは困惑する。
「私を倒す……その想いが強固であることは理解したよ。だが、お前はその想いを従えているのか?」
「何ぃ……?」
「人の想いというのは、確かに強いものだ。だからこそ、下手をするとその強さに呑まれてしまう。イマジネートという力も、それを映し出してしまうのに違いない」
偶然ではなかった。
もう一度振るったラークの攻撃も、セイルの一閃によって弾かれる。
ここに至ってラークは理屈を掴んだ――自分の動作に遅れが生じているのを察知したセイルは、力が乗るよりも前にカウンターを打ち込むことで攻撃を弾いていたのだ。
ただ、理屈が分かったとしても動作の遅れが無くならない。
セイルの指摘を的外れだと指摘することが出来ない――。
「お前の中には、その想いを御することの出来ない何かがある。それは怒りであり悲しみであり、そして――迷いだ」
「うるせえぇえッ!!」
激高、咆哮――そして渾身の一撃。
……だが、それを易々と躱したセイルは、ラークの腹部に鋭い一太刀を浴びせた。
「……かはッ……」
「想いが歪み、枷となった。……それがお前の敗因だ、ラーク」
刀を鞘に納め、勝利を宣言するセイル。
しかしその表情は、決して晴れやかなものではない。
長年連れ添ってきた部下の、心の歪みに気付けなかった自分に。
偉そうに心を語る資格はないはずだと、自らを責めるばかりだった。
「……俺は……」
ラークのイマジネートが、粒子となって消えゆく。
鮮血零れる腹部を、元に戻った手で押さえながら、彼は呻いた。
「分かってた……これが独りよがりだって、ことくらい……」
「……ラーク」
「自分が怒りや嫉妬に呑まれてたのも……分かってたんだ……」
その目に涙が溢れるのを、セイルは確かに見る。
「もう喋るな、ラーク……! 傷はそこまで深くない、すぐに応急手当を」
「ハハ……やっぱり俺は……貴方と同じところまで追いつけそうに、ないな……」
……そのとき。
セイルはとある変化を目にした。
ラークが腕に嵌めていた装置が、次第に赤く変色し始めていたのだ。
「すみません……セイル、大将……」
「ラーク! いいから早くその装置を――」
次の瞬間。
装置は真っ赤に染まり――耳をつんざく音とともに激しい爆発を起こした。




