278.大将と少将②
セイル=ヤーヴィンは海軍船へ向かってひた走っていた。
四十分ほどかけて歩いた道のりを、半分以下の時間で駆け戻る。
船が無事なのを確認した彼は、ほんの少しだけ安堵したものの。
まだ事態は何も変わっていないのだと思い直し、船内へ足を踏み入れた。
「あ――セイル大将。お疲れ様です」
中へ入ったところで、リース一等兵から声を掛けられる。
「さっきラーク少将も帰って来ましたけど、お二人ともどうかされたんですか?」
「……そうか。気にしないでくれ、ただ……」
「ただ?」
「三人とも、少しの間船から離れていてくれると助かる」
言葉の真意を図りかねたようだが、リースはとりあえず頷いて、ベルクとカールに指示を伝えに行く。
それを見送った後、セイルは一人で甲板へ上っていった。
「――思った以上に早かったですね」
甲板には一人の青年。
彼が手塩にかけて育ててきた部下、ラーク=ブロー少将が待っていた。
セイルに背中を向ける格好で立つ彼は。
覚悟を決めるように一つ深呼吸をして、振り返る。
「……ラーク」
「その目。……もう分かっているみたいですね」
「いいや、まだ信じられていない。……君が千年王国の協力者だったなどとは」
「ふふ、分かってるじゃないですか」
セイルは首を振る。
そういうことではないのだと。
単なる事実関係だけではなく。
ラークが本心から千年王国と手を組んでいたのかどうか……それが信じられないのだ、と。
「なぜ君が……」
「そんなに不思議ですか? 自分――俺が千年王国に協力したこと」
「君は真面目な男だ。どんなときでも諦めず、学び、戦ってきた。その努力を私は知っている」
「なら、その努力が実を結んでいないことも、貴方はよくご存知でしょう」
ラークは自嘲気味に笑う。
「俺が海軍に入ったのは、貴方に憧れたからでした。弱っちい自分にとって、魔物をバサバサとなぎ倒す貴方はまさに天上の存在で、少しずつでもその場所に近づければという思いで、厳しい海軍生活を耐え抜いたんです」
なのに――とラークはセイルを指差しながら続ける。
「どんなに頑張っても、貴方に追いつくことはなかった! ハハ……今になってみれば当然ですよね。文字通り、体の作りが違う。ヤーシャルの実の影響を受け続けた俺に、他の兵たちに、貴方という存在が超えられるはずがなかったんだ」
「それは……」
「……でも、もういいんです。いいんですよ……俺はその埋めようのない溝を、埋めるための手段を貰った。それだけで、協力するには十分だった」
ニヤリと笑い、ラークは腕に嵌めていた機械を操作する。
すると瞬時に、彼の手元に何かが出現した。
それは異世界からの来訪者――イマジネーターたちが使っていた武具、ブースターに他ならなかった。
「俺はこの力で――アンタを超えるッ!」
「ラーク……!」
セイルの呼びかけはもう、ラークに届かない。
彼はブースターに魔力を込め、己が能力を発現させる――。
「――湾曲する刃」
能力が開花し、ブースターは光の粒子となってラークの周囲に集まる。
それと同時に彼の上半身がみるみるうちに肥大していく。筋肉量が爆発的に増加しているのだ。
衣服が破れ、肌が露出する。そして最後に両腕が変貌を遂げていき、二本の鋭利な曲刀となった。
これが、ラーク=ブローの嫉妬が生み出したイマジネート――。
「ハハハッ、力が溢れてくる……!」
高らかに笑い、ラークは両腕の刃を打ち鳴らす。
その強度に満足すると、
「死ねッ!」
「く……ッ!」
素早くセイルに接近し、斬りかかった。
セイルは寸でのところで片方の刃を受けるが、間髪入れずもう片方が迫ってくる。
そのため先に止めた方を、剣の刃をずらして受け流し、二撃目を受け切った。
「まだまだァ……!」
強引なまでの連撃。しかし、その一つ一つが非常に重い。
イマジネートによって発達を遂げた筋肉のためだ。防御に注力せねば圧し負けてしまいかねないので、セイルは中々反撃に出られない。
「どうした、アンタの力はこんなモンかよ!」
「……ふっ!」
力任せの一撃――セイルはそれを受け止めるように見せかけて、即座に身を退き回避した。
防御されると見込んでいたラークは、衝撃点が噛み合わず床面に刃を突き刺した状態でよろめいてしまう。
「チッ、下らねえことを……!」
「虚実は武術の基本だ――はッ!」
ラークが体勢を崩したところへ、セイルは容赦ない突きを繰り出す。
的確に頭部を狙った一撃。だが、ラークはもう一方の腕でそれを弾いた。
「フン、この力で全部ねじ伏せてやる……!」
「さて、出来るかな……!?」
ラークが再び猛攻を仕掛ける。
刃はまさに手の延長、思い通りに動かせる上、セイルにも劣らぬ凄まじい筋力を得ている。
純粋な力だけならば、今やラークの方が優れていると言っても過言ではなかった。
しかし、戦いにおいて経験値もやはり重大な要素となる。
セイルはラークの直線的な攻撃を見極め、冷静にいなしていく。
「チッ、さっさと喰らいやがれ……!」
「攻撃が単調だ。慣れてしまえば受け流せる……訓練でも教えたことがあっただろう」
ラークの攻撃間隔を掴んできたセイルは、その間隙を縫ってカウンターを入れる。
反撃を予想していなかったラークの脇腹を曲刀が掠め、血が滲み出た。
「そんなモン……力を持たねえ奴の小細工だッ!」
ラークは両腕を高く上げると、怒りに任せてセイルへ振り下ろす。
恐ろしく速い攻撃に、セイルも回避が間に合わず、曲刀を盾に正面から受け止めざるを得なかった。
金属の衝突する激しい音。極限の鍔迫り合いは、セイルがやや不利になっていく。
「弱えッ!」
そして、セイルは圧し負ける。
曲刀を取り落とした彼は、ギリギリで回避行動をとったものの、顔を上げたときには右の額に血が流れている。
頭部をラークの刃が掠めたのだ。
「ハハッ、届いたぜ……一太刀。ここに辿り着くまで、気の遠くなるような時間が掛かった――」
自身の剣がセイルを傷つけたことで、ラークは満たされたように笑う。
彼が追い求めた夢――その歪んだ結実だった。
「それで……お前は本当に満足なのか」
「この期に及んで、上官らしく説教なんてするんじゃない。そもそもアンタだって、努力だけで掴んだ力じゃあねえんだ」
ラークは吐き捨てるように言い、自らの刃に付いた血を払い落とす。
「俺がどんな風に力を手にしたって、お互い様だろ。むしろこれでフェアってもんさ」
「……そう思っているなら、それでも構わないが」
流れる血を拭い、セイルは曲刀をラークへ突き出して告げる。
「今のお前に、私は超えられん……それを分からせてやる」
「……ハッ、やってみろよ――!」
大将と少将。
教えてきた者と教わってきた者とが、袂を分かちぶつかり合う。
それを止める者はこの場に存在せず。
決着は、ただどちらかが倒れ伏すその瞬間でしかないのだろう。




