277.邂逅、そして
廃墟群を離れ、歩き続けること三十分ほど。
オレたちはようやく、螺旋塔の前まで辿り着いた。
「逃げてきたときはまだ、真っ直ぐ建っていたんだけどね。やはり年月には逆らえないようだ」
「割と傾いちゃってるよね。上るの不安だなあ……」
上を見上げ、イオナがそう呟くと、
「上るわけじゃないから、安心してほしい。封印機構は地下にあるんだ」
「え、地下?」
てっきり塔の最上階に置かれていると思い込んでいたので、オレたちは驚く。
「上はマナの抑制装置とライトが、地下は管理人の詰所が。そういう構造だったから、封印機構を作る際に詰所を使わせてもらったのさ」
「へえ……確かに抑制装置を取っ払うのも大変そうだもんな」
空いている場所にさっさと封印機構を設置する方が、そりゃ良いに決まっている。
災厄から逃れ、南下している最中だったわけだし。
「それじゃ、入るとしようか」
パレスちゃんが塔の内部へ入っていこうとしたとき、
「あ――すみません、本部から連絡が。先に向かっていてください」
ラークさんの通信機に連絡が入ったようで、彼はそう断って隊列から離れていった。
「ふむ。では遠慮なく先に行こう」
封印機構を解除するだけだし、もし魔物が棲み付いていてもラークさん抜きで対処は出来るだろう。
というわけで、オレたちは塔内を下っていく。
当然ながら、上り階段も下り階段も螺旋状だ。結構長いので、今どの辺りなんだと気になったりもする。
面白い構造だが、地下に深く掘り過ぎなのでは……とも思う。
「過去の人々は、地下にも生活圏を作ろうと試みていたからね。通路を整備したり、店舗を造る計画もあったようだ」
「ああ……」
セント・ロウディシアでも、商業施設には地下があるし、駅から直結だったりもする。
フォカラ地方も同じようなことをやろうとしていたわけか。
「……エスカー、ずっとテスタマイザー触ってるな?」
「うん……? まあね。ちょっとお仲間に連絡をとってみてるのさ」
「バランたちね……」
そう言えば、あちらも忙しく動いてくれてるんだよな。
何か進展でもあったのだろうか――悪い意味でなければいいのだが。
「……なるほどね」
やり取りを終えたらしいエスカーは、思わせぶりな溜め息を吐く。
そして何故か、セイルさんに目配せをした。
呼ばれていると悟ったセイルさんが近づいていくと、エスカーは彼に何かを耳打ちする。
内容を聞いていたセイルさんの表情は次第に曇っていき、最後には深刻そうな顔をして一つ頷いた。
「申し訳ございません、パレス様。確認したいことがありまして、一度船に戻らせていただきたいのですが」
「む……そうだね、構わないよ。機構の解除に時間はかからないし、そのまま待機してくれてもいい」
「了解です。……では」
頭を下げると、セイルさんは階段を引き返していく。
……流れからすると、バランたちからの情報で何かが判明し、それをセイルさんに伝えたという感じか。
本土の方で動きがあったのかもしれない。
「エスカー」
「セイル大将が行ってくれたから、あちらのことは任せておけばいい。とりあえず俺たちは、機構を解除しなきゃね」
「また何かコソコソやってたの?」
イオナが訝しむので、オレはエスカーがバランチームに指示を出し、王国の協力者を探そうとしていたことを簡潔に説明する。
何人かはオレの話に、そんなことだろうと思ったと呆れる。エスカーって誰からもそういう風に見られてるんだなあ、と再確認させられた。
ま、常日頃から怪しまれる振る舞いをしてるし、自業自得だな。
「でも、一体何があったのさ」
「正確には無かった、というのがきっかけかな? ……それよりほら、到着らしいよ」
はぐらかすようにエスカーは言う。
ただ、下り階段が終わって扉が現れたのは本当だった。
「詳細は後で聞くことにして。今はさっさと目的を終わらせよう」
「だな」
パレスちゃんが扉に手を掛ける。
しかしそのとき、奥の方から音が聞こえるのに気付いた。
「――誰かいる……?」
「まさか……」
――千年王国。
真っ先に浮かんだのは奴らの名前だった。
全員に緊張感が走り、パレスちゃんはぎゅっと扉のノブを握り込む。
「警戒を。……開けるよ」
「ああ」
一気に扉を開け、オレたちは中へ雪崩れ込んだ。
螺旋塔の管理人室を改造したらしい室内は広く、最奥までかなりの距離がある。
そんな空間には、果たして先客がいた。
しかし……先客はオレたちの知る人物ではなかった。
「……すまねえな、ベン。せめて安らかに眠ってくれや……」
彼の目の前には、倒れ伏した異形の怪物――イレギュラー。
傷を負いながらも、その男は一人でここに潜んでいたイレギュラーを討伐した様子だった。
そして何故か、イレギュラーへ向けて謝罪し、安らかに眠れと口にしている……?
「――って、お前たちは……」
男がこちらを振り向く。
黒と茶が入り混じるボサボサの長髪。切れ長の目に、整えられた顎髭。
深紅のコートを羽織り、一目で業物だと分かる曲刀を握っている――。
その風格から彼が誰であるか、名乗られずとも察しがついた。
「貴方はもしかして……アルゴニオ=ソーンダイク……?」
「おうともよ。この俺がアルゴニオ海族団船長の、アルゴニオだ」
自らを親指で指し示しながら、彼は名乗る。
姿を消したと言われていた謎の海族団、その船長のアルゴニオさんと、よもやここで出会うことになるとは……。
「俺を知っててこんなところまでやって来れるたあ……まさか、お前たちが話に聞いてた異世界人ってヤツか?」
「どうしてそれを……」
アルゴニオさんは、オレたちが異世界人だと知っている?
隠しているわけじゃないから、どこかで話を聞いた可能性はあるが……行方知れずだったはずの彼が、一体どこで。
どうしても浮かんでしまうのは、嫌な仮説。
ちらついてしまう、千年王国の影――。
「アルゴニオ船長。君は半年も前から行方を晦ましていたと聞いている。すまないが、敵意が無いならここにいる目的を聞かせてくれないか」
「……もしかしてあんた、女神様か?」
「あ、ああ。そうだとも」
パレスちゃんが肯定すると、アルゴニオさんはやっぱりかと目を輝かせた。
「いやあ、女神様に会えるとは光栄だ。こんな状況じゃなきゃあ、もっと嬉しいんだがなあ……」
「その、こんな状況というのはどういうことなんだい」
話の軌道を修正しようとするパレスちゃん。
アルゴニオさんも我に返ったようになって、
「ああ、すまねえ。ただ、聞いても面白くねえウチの事情にはなっちまうが……構わねえか?」
「聞かなければ、君の立場を判断しかねるからね」
「分かった」
一つ頷いて、アルゴニオさんは自身の置かれた状況について語り始めた。
「知ってるとは思うが、俺たちアルゴニオ海族団は最近の海族の中じゃあ一番イケてる組織だった。出来るヤツらばかりを集めて、どんどん北の大陸を踏破して。まさに順風満帆だったんだがな」
アルゴニオさんはそこで舌打ちをする。
「第六大陸アリアーナ。とうとう前人未踏の地へ辿り着いた俺たちは、そこでヤベえもんを見つけちまったんだ。……怪しさ満点の、つい最近建てられたらしい施設をよ」
「え……!?」
第六大陸、つまりここより北の大陸だ。アルゴニオさんも言った通り、まだ誰も辿り着いているはずがない大陸。
そこに真新しい建物があったというと――。
「研究所……」
「ハッ、アイツもそんなことを言ってやがった……ここは私の研究所だとかよ」
吐き捨てるようにアルゴニオさんは言う。
「待ってくれ。アイツとはハニー=デポルのことか?」
「やっぱり女神様もご存知なわけだ。あの女、とんでもねえ悪人なんだろう?」
「……ああ。この世界を滅ぼそうとしている」
「クソッ! ふざけたヤロウだ……俺は絶対にあの女をぶん殴らねえと気が済まねえ」
待て、想像していた展開とは違ってきた。
オレとしては、アルゴニオ海族団が千年王国の手先だという可能性は排除せずにいたのだが、彼の話しぶりからするとそれは有り得なさそうだ。
思うに、彼は開拓のため第六大陸に辿り着き、王国の研究所を見つけてしまったがため、ハニー=デポルに何かとんでもないことをされた、のか……?
「……アルゴニオ船長。あんたさっき、イレギュラーに向かって謝っていたね?」
指摘したのは、エスカーだった。
……瞬間、背筋が凍りそうになる。
全ての点が線で繋がる、最悪の答えが一つだけ……存在するから。
「それって――」
「……あれは、俺の仲間だ」
その言葉が示すことは、明白。
彼の後ろに倒れ伏すイレギュラーは、千年王国によって変異させられてしまった、彼の仲間なのだ……。
「異様な建物を見つけ、ホイホイ入っちまった俺たちに、あの女は奇妙な力で襲い掛かって来た。どんな魔物にも負けなしだった俺たちなのによ、そんときばかりは成す術もなく……全員がボロボロにのされて、捕まっちまったんだ」
「……そして、君の仲間たちは……」
「何をされたかは分かんねえ。でもよ、アイツは一匹のバケモノを俺に見せてこう言ったんだ……これがアンタの元お仲間だよってな。ああ、今思い出しても腹が立つ。そのニヤけ面をぶっ飛ばしてやりてえ……!」
アルゴニオさんはそう言い、悔し気に顔を歪ませ拳を振るう。
想像の中で、ハニー=デポルに一発打ち込むように。
……今まで疑念を持っていたのが申し訳ないくらいに。
アルゴニオ=ソーンダイクという男は、千年王国から残酷な仕打ちを受けていた……。
「……だとすると君は、どうしてここに」
「決まってる、仇討ちさ。生き残った俺ともう一人だけで大陸を回ってよ、奴が各地に連れていった仲間を眠りにつかせてやりながら……奴を探し回ってたんだ」
どうやら、彼と船の操舵役だけは残されたらしく、命からがら逃げだした二人で各地を巡っていたようだ。
恐らくそれも、ハニー=デポルの思惑。アルゴニオ海族団を行方知れずの謎の海族とすることで、そいつらが協力者なのかもしれないとこちらに印象付けたかったのだ。
……しかし……。
「手掛かりも無しに大陸を巡ってらしたの? だとすると、私たちを知っていたのもよく分かりませんわね」
シャーロットさんの言う通り、長期間手探り状態でハニーを追っていたというのはちょっと首を傾げてしまう。
オレたちの情報を知る機会も非常に限られるだろう。
「アイツを追いかけてるのは大体四ヶ月ほどだが、何も手探りってワケじゃあねえ。第三大陸まで引き返してきたとき、とある男に出会ってよ。そいつも仕事の上で千年王国を捕まえたいからって、何度も情報をくれてたのさ。お前たちのこともそれで知った」
「……何だって?」
じゃあ、アルゴニオさんも誰かから情報を得て、それに従い動いていた?
その情報の中にはオレたちのことも含まれていて、しかも謎の男は千年王国を捕まえる理由を、仕事の上と口にした――。
「ハニー=デポルの情報が入りゃあ、コイツで連絡をくれるんだ」
そう言ってアルゴニオさんが取り出したのは、オレたちにも見覚えのあるもの。
ついさっきだって、あの人が取り出すのを見たばかりの通信機。
「……アルゴニオ。君に情報をもたらしていた、その人物の名は……」
強張る表情で、パレスちゃんは訊ねる。
その答えが、辛いものであることを悟りながら。
こちらの気持ちなど知らぬまま、アルゴニオさんは嬉しそうに答える。
オレたちを欺いたまま、共に航海を続けてきた男の名を。
「女神様も見知った奴だと思うぜ。そいつは海軍少将のラーク=ブローってんだ」
驚愕し、何もかもが凍り付いたような時間の中で。
エスカーだけはただ静かに、納得するように、ゆっくりとまぶたを閉じて頷いた。




