276.第五大陸フォカラ
クラーケン襲撃から二時間半後。
船は目的地である第五大陸フォカラへ辿り着く。
この頃には、空に垂れ込めていた雲も疎らになり、陽光がそこかしこに降り注いでいた。
『到着ですー。今回も揺れるので、気を付けてくださいね』
前回と同じくリースさんが注意をしてくれ、それからすぐ船がガタリと揺れる。
接岸完了後、オレたちはすぐに大陸へと降り立った。
「ふう! ここが五番目の大陸、フォカラか……」
「何というか……思ったより落ち着いたところだね?」
イオナが言わんとすることも分かる。
ガジェミアやボルノアは険しい山岳が多く、大陸全土がゴツゴツした感じだったのだが、ここフォカラは比較的平坦だ。
小高い丘もあるにはあるが、緩やかな傾斜で上っている。適度に緑もあるようだし、第二大陸までのような人の住みやすい環境という雰囲気が強かった。
「フォカラ地方――ここはかつての王都から少し離れた、別荘地のようなところでね。都会の喧騒を忘れ浜辺でくつろいだりして、穏やかに過ごす富裕層が多かったんだ」
「へえ……別荘地か」
ロウディシアでいえば、それこそ南の島マルタワに該当するようなところだろう。
……マルタワのことを思い出すと、イヤな過去も同時に連想してしまうようになってしまったが。
ふとルカを見れば、彼女もこちらを見て苦笑いを浮かべていた。……同じことを考えていたな、多分。
「だから、恐らく過去の遺物も沢山散らばっているはず。海族たちが調査に来たら、さぞ喜んでいただろうね」
富裕層の別荘地があったなら、ここも当時かなり開発されていたに違いない。
古代人の遺産として色々なものが見つかって、海族たちはやったぞと狂喜乱舞する。そんな可能性もあったわけだ。
まあ、今のオレたちはここを通り過ぎるだけ。後に続く海族たちの夢は、別に失われたわけじゃないか。
「……それで、この大陸の封印機構はどこに?」
エスカーが訊ねると、
「私たちもここまで来るのは初めてなので、後はパレス様しか知らないでしょうね」
セイルさんがそう答え、パレスちゃんに答えを求める。
「うん。フォカラには一つ、大きな建造物があってね。そこに封印機構を設置したんだ。大陸の真ん中あたりにあったはずだよ」
「了解。歩きやすい島だし、すぐに済みそうだ」
何か問題が起きなきゃね、とでも付け加えたそうなエスカーの言葉。
それが杞憂であればと願わずにはいられないが。
「今の全体像を把握してるわけじゃないけど、支障はないだろう。とりあえず私に付いてきてくれ」
「案内、お願いします」
というわけで、今回もパレスちゃんを先頭にして進んでいくことになった。
海辺を過ぎてからは広く平野が広がっており、見通しが良い。
魔物の気配はちらほらあるものの、ここなら奇襲は喰らわなさそうだし、戦う上で不利にもならないだろう。
大陸中心部には、木々の密集しているところがある。
ただ、森というにはやや控えめな規模だ。
「……もしかして、あそこに見える建物?」
そう言って指差したのはルカだ。
指し示す方向を見やると、そこには僅かに傾いた塔のようなものがあった。
「まさしく。あれが螺旋塔……フォカラ地方で重要な機能を果たしていたランドマークさ」
「螺旋塔……」
名前が表す通り、その外観は細いラインがぐるりと塔を回り、上っていくようなものになっていて、線に沿って窓も開けられている。
最上階は物見櫓だったのか少し広がっていて、屋根は円錐形になっていた。
「もしかして、灯台だったとか?」
「それもある。ただ、あの塔にはもう一つ役割があってね」
パレスちゃんは指を一本立ててから、更にもう一本立て、
「周囲のマナを抑制する装置があそこにはあったのさ。おかげで別荘地には魔物がほとんど近づいてこなかった。ちなみにこの装置は首都にも置かれていたんだよ」
「なるほど……」
つまり、ロウディシアにおけるトライ・タワーと同じ機能を持っているわけだ。
……こちらの世界で例えられるほど、この星の技術は優れたものだったんだなと驚いてしまう。
「ねえ、あれ……」
今度はフェイが何かに気付いたようだった。
進行方向の右手側あたり、古代の遺物のような残骸が幾つか埋まっているのだが、その先に、
「廃墟……でも、こっちはまだ百年も経ってるようには見えないような」
「まさか――」
驚いた様子のセイルさんが、そのままゆっくりと廃墟群の方へ近づいていく。
……まだそこまで風化していない、無数の建物跡。彼でなくとも察しはつくというもの。
「……もしかして、ここがセイルさんの……」
「……かもしれません」
首都ゼフ・ミュールへ流れ着くより前。
幼少期のセイルさんが生まれ育った場所。
それが、ここなのかもしれない……。
「ふふ……その場所まで来れば、たちまち何もかも思い出すんじゃないかと怖かったのですが、そんなことはないようですね。何となく記憶にあるような、ないような……とてもおぼろげな感じです」
「セイルさん……」
「別に、悲しいことではありません。今朝も言ったように、私は私……変わらず生きていくだけですから」
今の生き方に、自分はとても満足しているのだとセイルさんは言う。
「ただ、そうですね。少しだけ見て回っても良いでしょうか。何か発見があるかもしれませんので」
「構わないよ。好きなだけ……とは流石に言えないが、一通り見ていくといい」
パレスちゃんが許可を出してくれたので、セイルさんはペコリと頭を下げて感謝を示し、集落跡を調べ始める。
オレたちも、手持無沙汰なので各自周辺を探索することにした。
廃墟の数は少なくとも二十戸以上はあり、ある程度の集落が出来ていたことが分かる。
そのほとんどが外部からの衝撃で崩れたらしく、外壁にヒビや穴が幾つも生じていた。
「魔物の襲撃……って感じに見えるね」
エスカーが口元に手を当てながら推察している。
確かに、建物の傷には引っ掛かれたようなものもある。
そして、地面に転がっているのは折れた剣や槍、槌といった武具。
幾つかの遺留物が、当時起きたことを物語っていた。
「でも、ここに暮らしてたってことは、多分百年前に王都から逃げてきた人たちの子孫だよな。長い間この大陸で生きられたのに、突然魔物にやられちまうなんて……」
「恐らく、あの塔が原因なんじゃないかと思う」
オレの隣に立ち、そう告げたのはパレスちゃんだった。
フォカラ大陸の中心にある螺旋塔……マナを抑制する機能を持つあの塔が原因、か。
「つまり、十数年前までは機能していたあの塔が、古くなって力を失い……魔物が凶暴化したって流れか」
「じゃないかな。セイルはそこから一人、何とか逃げ延びた生還者なのだろう」
不意に訪れた破局。
地獄のような状況から必死に逃げ、海に出て……そして首都に流れ着いた。
その時の恐怖を思えば、記憶を失うのも無理からぬことかもしれない。
何せ、ずっと過ごしてきたものが、人が、あっという間に壊されていったのだろうから。
「……これは……」
セイルさんが、廃墟の一つで何かを拾い上げるのが見えた。
それは一枚の紙。……いや、よく見ると写真らしい。
幼い子どもが一人、そして彼の手を握って微笑む両親らしき二人の姿……。
「……もしかして」
「……ハッキリとは断定出来ませんが、私に似ている気がします。だとしたら……」
ここに映る子どもがセイルさんだとすれば。
その手を握るのは、彼の両親だ。
幸せそうな一幕を切り取った、写真だった。
「やはり、すぐに記憶が戻るようなことはないですが……これを見ると不思議と、胸が暖かくなってきます」
「良い写真、ですね」
「はい。……見つけられて、良かった」
セイルさんは、自身の胸元に写真を押し当て、静かに目を閉じる。
その目尻には、ほんの少しだけ涙が滲んでいた。
「……申し訳ありません、個人的なことで時間を使ってしまいました。もう大丈夫です……目的地へ向かいましょう」
「気にする必要はないさ。セイルの目的が達せられて良かったよ。君が良ければ、行くとしようか――螺旋塔へ」
「ええ。お願いします」
過去にけじめを付けて、セイルさんはここから、再び歩んでいく。
何も変わらないとは言っていたけれど……きっと、良い方向に変わったんじゃないだろうか。
彼の大きくたくましい背中を眺めながら。
オレはそんな風に思い、微笑むのだった。




