275.船上の激闘②
「怒ってるわね……」
フェイがクラーケンを見つめながら呟く。
触手を二本も落とされたのだから、奴の怒りも当然だろう。
北の海を統べるヌシとして、これまで幾つもの船を沈めてきた狩人――それが今、手痛い反撃を受けている。
こうなるなんて思ってもみなかった、というのもあるかもな。
『フシュウゥウ……!』
空気が震えるような声。
怒りのままに、クラーケンは残った触手全てをバンバンと水面に打ち付ける。
「おわっと……!」
その度に左右で無数の波が発生し、船体が大きく揺らされる。方向も定まらないし、かなりバランスを取り辛い状況だ。
「危ない、攻撃が来ます……!」
狙ってかどうかは知らないが、この揺れに乗じて二本の触手が襲ってきた。
他の触手は変わらず波を発生させているし、動き難いことこの上ない。
「こういうときは――」
オレは黒霧を空中へドーム状に展開する。
エイヴスでディオン=マナリーからの攻撃を受け止めたのと同じバリアだ。
ただ、薄く展開するため防御力は心許無い。
予想した通り、バリアは触手の叩きつけ一回だけで亀裂が生じた。
「――サンダー!」
そこへイオナが雷魔法を放つ。
クラーケン目掛けて落ちた雷は、奴をビリビリと感電させるが――。
「ヤバい、バリアにも通電してる!」
「あ、やっぱダメだよね!」
これも薄々予感していたが、この雨では雷魔法がこちらに流れてくる危険性が高い。……というかほぼ確実に巻き込まれるだろう。
水棲の魔物に雷系統の攻撃は有効だけども、この状況だと無闇に使わない方がよさそうだ。
「フ……ただ、これに関しては良かったかもしれない……」
「今のうちですわね!」
落雷の影響で、クラーケンはまだビクビクと痙攣している。
襲ってきた触手も脱力し、船内に落ちてきていた。
その隙を逃さず、先輩二人が攻撃を叩き込む。
「射貫く――」
「アダマント・カッター!」
ハープの弓から放たれた矢は、触手の一本に風穴を開ける。
ダイヤモンドの宝石はハンマーだけでなく刃にも変化し、その鋭さで触手の一本を切断した。
「ここは我々が……!」
開いた穴で千切れかけた触手は、フェイの補助魔法を受けたセイルさんとラークさんが同時に斬りかかり、これも切断することに成功する。
連携プレイにより、これで計四本の触手が使用不能になったな。
『ヴォオオオォン……!!』
思うようにいかず、クラーケンは激高している。
オレたちとしては、このまま手も足も出させずに倒し切りたいところ、だが。
「な、なんか変じゃない……!?」
ルカが勘付く。
そう言えば、バシャバシャと繰り返し生じさせていた波がいつの間にか治まっている。
見ると、クラーケンは全ての触手を海中に潜らせていた。
そして、グラグラと沸き立つような、先ほどまでと明らかに違う揺れが船を襲い――。
「まさか……」
「……転覆させる気か!?」
セイルさんが慌てて声を上げる。
そう、クラーケンは船の底に触手を伸ばし、直接傾けて船を転覆させる力技に出たのだ。
そんなことをされてしまうと流石にマズい。
マズいのだが、海中に伸ばされた触手に向けてどう攻撃すればいいというのか……!
「……逆に、この瞬間がチャンスかもしれないね」
呟いたのはパレスちゃんだ。
船がひっくり返されそうだという危機的状況が、逆にチャンスだとは。
相手は既に触手を海中に突っ込んでしまっている。
残された猶予はほとんどないはずだが……。
「――あ」
「ふむ、確かに今が最も攻撃を浴びせやすい瞬間だろうね……」
クラーケンが全ての触手を、船を転覆させるために潜らせているのだから。
この瞬間に攻撃を叩きこめば、それを防ぐ手立てがないのだ……!
「私が奴の動きを停滞させよう。多少猶予は延びるはず、そのうちに倒すんだ」
「……了解!」
言うや否や、パレスちゃんは停滞の能力を発動させる。
さっきより魔力を込めている――恐らくフルパワーなのだろう。クラーケンはほとんど硬直状態に近くなった。
後はタイムリミットが来るまでに、クラーケンを完膚なきまでに叩きのめすだけ。
しかし、近接攻撃組はどうやって攻撃したものか……。
「少しの間なら、これで足場くらい作れますわ――サファイア・アイシクル」
シャーロットさんが、先ほど触手を凍らせるために使った技を海中に向かって放つ。
船からクラーケン本体までの水面が凍り付き、足場が生まれた。
そこから更に、
「なら俺も――氷蝕」
エスカーもその能力で、足場の安定化を図ってくれる。これなら複数人が踏んでも壊れずに済みそうだ。
「いいね……まさに戦いのクライマックスだ……」
ユベールさんがハープを弾き鳴らすと、体が暖かくなるのを感じた。
身体能力や魔力が向上しているのが分かる。……準備万端、だな。
「ここから一気に攻めます……!」
「はい!」
セイルさんの号令を皮切りに、オレたちは一斉攻撃に出る。
「うおお……!」
オレを先頭にしてルカ、エスカーにセイルさんとラークさん。計五人が氷の道を突っ切る。
左右に程よく散開し、各々の攻撃を思い切り叩き込んだ。
「黒月!」
「氷槍」
「浸透掌っ!」
無防備なクラーケンは当然回避行動をとることも出来ず、その体に全攻撃がヒットする。
加えて後衛陣も、
「オパール・ボルダー!」
「――ロックフォール!」
「――ブライトレイ!」
岩魔法やイマジネートを一挙発動させた。
斬撃・打撃に降り注ぐ岩と迸る光線、あらゆる攻撃をまともに喰らい、巨体を誇るクラーケンもぐらりとその体を傾ぐ。
十分に効いている。あともう一押しで、倒し切ることはきっと出来るはず……!
『グォオオ……ッ!!』
そのとき、クラーケンも最後の抵抗とばかりに暴れ始めた。
停滞の魔法がかかりながらも触手を動かし、胴体もぐにゃりとこちらへ向かって折り曲げてくる。
多少スピードが遅くとも、ぶつかってこられると圧し潰されかねないし、氷が割れても海へ転落してしまう。
攻めるか退くか、一瞬の判断が命取りになりそうだ。
「リーダー、こっちは任せなよ」
「……分かった!」
エスカーは右手側に再度氷の床を張っていく。
ならこちらも反対側に、能力で足場を生成しよう。
「他は退避してくれ!」
互いの足場は耐久度も面積も大きくない。
ほぼ自分一人用にしかならないので、ルカと海軍の二人には退いてもらった。
「行くぜ――」
前のめりにぶつかってくる胴体を、左右に生成した足場を利用し避ける。
そのままクラーケンの背面まで回り込み、エスカーと二人でその上に着地した。
「では、君たちにこの旋律を贈ろう……」
「私も精一杯の補助をかけるわ……!」
ユベールさんとフェイが、追加の補助をくれる。
何段階もステータスが上がった感覚――この湧き上がる力を、全てぶつけてやる。
「おおお……ッ!!」
「はぁあ……ッ」
互いの得物を握り、力の限りクラーケンへ突き刺す。
夥しい量の血飛沫が噴き――クラーケンはその痛みに絶叫した。
『ヴォオォオオオ……ッ!!』
身悶え、仰け反り、叫び……やがてその力が抜けていき。
動かなくなった巨体は、静かに海中へと沈み始めた。
「はあ……はあ……」
「……終わり、かな」
倒した。
恐れられていた海のヌシを、オレたちがこの手で倒したのだ。
「よっしゃ、やったぜッ!」
「ダイーン! 沈む沈む!」
喜びも束の間、オレたちが乗っているのは倒したクラーケンの背中だったので、当然ながらズブズブと沈んでいく。
急ぎ足場を作り、二人で慌てて甲板へと舞い戻った。
「ハハ、危なっかしい戦いだったねえ……」
「全くだ。……ただ、無事に倒せたな」
「ええ。皆さん、流石の腕前でした……本当にありがとうございます」
セイルさんがこちらへ感謝の言葉を述べるのに、
「私もそれなりに頑張ったぞ。労いたまえ」
「……ふふ、もちろんです。感謝いたします、パレス様」
「うんうん。頑張った甲斐があるというものだ」
……なんだかパレスちゃん、隠し事が無くなってから少し明るくなったというか、子どもっぽくなった気がする。
背負ってきた嘘はやはり、性格にも影響を与えていたのかな。
「私たちにかかれば、巨大な魔物もこの通りですわね」
「フ……友情の勝利、というやつだろう……良い響きだ」
「はは……先輩方もありがとうございました」
こっちは割とヒヤヒヤの戦いだったが、二人は相変わらず涼しい顔をしている。
やはり場数が違うんだろうなあ。
「ふう。沈んでいかないうちに、戦利品を回収してみたけど……」
いつの間にか、ちゃっかりイオナが収集機能を使ってくれていたらしい。
見ると、獲得アイテム欄には『クラーケンの触手:6個』と記載があった。残った六本全部手に入ったのか……。
『確認してみましたが、一つ二千ペンドするようですよ』
「おお、流石はヌシ……」
「私たちは要りませんから、遠慮なくとっておきなさいな」
「僕も自動的にパスなんだね……まあ構わないが……」
つまり、合計一万二千ペンドか……今のところ資金は余裕があるが、あればあるだけいいというもの。
臨時収入に感謝だな。
『皆さん、お疲れ様でした! いやあ、こんな凄い場面に立ち会えるなんてカンドーです!』
リースさんからも労いの言葉がもたらされる。
多くの海族たちの命を奪ってきたヌシ……そいつをオレたちが、見事に討伐せしめたのだ。
イース・ミュールにおける海の脅威が一つ、これで排除された。
「……さあ、悩みの種はこれで無くなった。後はただ進むのみだ」
「だな。……お誂え向きに、雨も止んだらしい」
オレたちの勝利を祝福する――わけではもちろんないだろうが、降り続いた雨もピタリと止んでいる。
そして、目的地である北方からは晴れ間も覗いていた。
「フォカラまではまだしばらくありますが……後はのんびりしたいところですね」
「あはは……本当に」
セイルさんの言葉に、イオナは頷く。オレや他の面々も同意見だろうさ。
ゆっくりと船は北上していく。第五大陸フォカラを目指して。
あの晴れ間のように、後は全てが好転してほしいものだと、オレはぼんやりそんなことを思うのだった。




