274.船上の激闘
船が第四大陸を出発してからおよそ二時間。
これといって襲撃に遭うこともなく、オレたちは航路の中間地点辺りまでやって来ていた。
雨が勢いを増してきたので、甲板には出ず戦闘メンバー全員が会議室に待機している。
危険が迫れば総出動、という算段だ。
「迂回が功を奏したかもしれませんね。今のところは気付かれていなさそうです」
「ルート的にはどうなってるんです?」
「少し西側に膨らむような恰好で進んでいます。第五大陸に着くのは少し遅くなりますが、仕方ありません」
第五大陸フォカラは、ボルノアの北西に位置する。
一度大きく西に進み、その後北上するようなルートだ。
「ヌシとやら、かなり縄張りが広いんだねえ。こりゃ海族たちも難儀するわけだ」
「聞く限り、出会ったが最後って感じはあるもんね。アルゴニオ海族団クラスの人たちじゃないと逃げきれなさそうだって」
「今まで幾つもの船が沈められてきたんでしょうね……」
その船の一つになるのだけはゴメンだ。
逃げるか倒すか、とにかく無事に切り抜けなくてはいけない。
『もうそろそろ、北に向けて舵を切りますね。少し傾くので気を付けてくださーい』
リースさんの注意が伝声管を通じて聞こえ、船体が緩やかに傾く。
しばらくの間その感覚が続いたが、やがて方向転換が完了し、元に戻った。
「後は突き進むだけだな……」
そう呟いた矢先、
『……皆さん、先ほどの反応が少しずつ近づいています……!』
マルからそんな通信が飛び込んできた。
「ええ……!?」
この辺りまで来れば……などと考えていたが、流石に楽観的過ぎたか。
「敵さんも、見逃しちゃくれないみたいだねえ」
「いっぱい船を襲ってきてるんだし、一隻くらい見逃してよっ!」
エスカーはヤレヤレと肩をすくめ、ルカは嘆きの声を発する。
……まあ、まだ戦いになると決まったわけじゃあないが。
「リース、ヌシと思しき反応が接近しているようだが……引き離せそうか?」
『そうなんですか!? ええっと……とりあえず全力で逃げてみます!』
船に取り付けられているレーダーや目視では、まだ魔物を観測出来ていないらしい。
リースさんは驚きつつも、すぐに船のスピードを上げる対応をとってくれた。
「フ……緊迫の展開だね……」
「あまり嬉しそうに言わないでくださる?」
ユベールさんからすればこの展開は『インスピレーションが湧く』のだろうけど、状況が悪くなっていくのは勘弁だ。
「このまま引き離せれば……」
『すみません、こちらでも反応確認出来ました! 船がスピードを上げたのを察知したのかあっちも凄い速さで追いかけてきてます!』
「そうだよなあ、甘くないよな……!」
相手の方が速いと分かれば、もう逃げ切れる望みは捨てた方がよさそうだ。
「出るか……!」
「やるっきゃないね!」
覚悟を決めたなら、後は戦うだけ。
オレたちは会議室を出て、急ぎ甲板へ向かった。
「ひゃあ、結構な雨だなあ……!」
外へ出るなり、イオナが腕で雨を防ぐようにしながら言う。
「私、中で待っていても良いかしら?」
「我慢したまえ……」
二人には切り札として待機してもらっていてもいいが、本音を言えば最初から手を貸してほしいところ。
小型船ほどもある魔物だと、流石に苦戦は必至なのだし。
『皆さん、後方に注意してください!』
マルの声が飛ぶ。
甲板の後方へ回り込むと、遠くの水面に黒い影が蠢いているのが確かに見えた。
こちらも相当な速度で走っているにも拘らず、少しずつ追いつかれている。
そして、
「きゃあッ」
激しい水飛沫を上げて、とうとうそいつが姿を現した。
大きな波濤が生じ、船がぐらりと揺れる……しがみついていないと落ちてしまいそうだ。
北の海を縄張りにするヌシ――恐ろしき巨大魔物の正体は。
『クラーケン! 無数の触手を持つ海の怪物です……!』
名前くらいは聞いたことがある。水棲魔物の中でもかなり危険でランクの高いヤツだったはずだ。
下手をすれば六ツ星や七ツ星も有り得るような、ボス級モンスター……!
『これでも通常サイズのようですが……ベテランイマジネーターが対処するクラスの敵なのには違いありません。気を付けて!』
「ああ、もちろん気は付けるけどな……!」
足場も視界も悪い、雨降りしきる船の上。
逃げるわけにもいかず、正々堂々迎え撃たねばらならない状況だ……多少の無茶はせざるを得ないだろう。
『ヴオオォオオ……!!』
腹に響くような唸り声を上げ、クラーケンは左右の触手を振り上げる。
無数の触手――目で捉えられる限りでも、その数は十本以上。
下ろされた触手が水面を叩き、バシャリと大きな音を立てる。生じた波で、また揺ら揺らと船が傾いだ。
「船が壊されないか不安だよおっ」
「とにかく触手の攻撃は船に当てさせたくないわね……!」
「幸い、この人数です。ある程度散開して対応しましょう」
セイルさんの言葉に同意し、オレたちは甲板の上で左右に散らばる。
クラーケンの触手は一本一本が人間の体くらいの太さをしていて、思い切り打ち付けられたら生半可なガードでは耐えきれなさそうだ。
「早速くるみたいだよ」
敵の動きを注視していたエスカーが警告してくる。
クラーケンは既に二本の触手を高々と天高く突き上げていた。
「くっ……!」
左の触手はオレがガードに入り、右はセイルさんが受け持ってくれた。
オレはまだ何とかなりそうだが、セイルさんは防ぎ切れるだろうか。そう心配していると、
「――シェルゲイン!」
フェイが補助魔法をセイルさんに付与してくれる。ナイスサポートだ。
凄まじい勢いで頭上に落とされる触手――黒霧より創られし盾で、その攻撃を防ぐ。
大きな衝撃、ビリビリと腕に痺れと痛みが走るが……何とか耐えられそうだ。
「……はあッ!」
勢いを殺してから、オレは触手を弾き返す。
見ると、反対側のセイルさんもギリギリ耐え切れたようだった。
「あ、ありがとうございます……!」
「いえ、セイルさんこそ」
二人はお礼を言い合うが、あまり余裕もない。
触手はまだ何本もあり、次なる攻撃がもう準備されている――。
「――氷蝕」
「サファイア・アイシクル!」
振り上げられた触手が、忽ちカチコチと凍り付いていく。
片方はエスカーの、もう片方はシャーロットさんのイマジネートだ。
そう言えばエスカーの技、水があるところではそれを凍り付かせることも出来るのだった。
雨や水辺も、あいつにとっては不利なばかりではないのか。
「……駄目ですわね」
シャーロットさんが悔しそうに呟く。
見ると、触手の動きを止める氷がパキパキとひび割れている。
内側から強引に砕かれようとしているのだ。
「俺のはともかく、先輩の氷を砕くんなら結構な怪力だねえ」
「まあ、あの巨体ですもの。防ぐよりは攻めて、被害を減らすべきですわね」
程なく氷は砕かれ、クラーケンは閉じ込められていた触手をぶんぶんと振るった。
今の妨害がしゃくに障ったようで、苛ついているのが分かる。
「攻撃手段を潰すのみ、か」
クラーケンの攻撃手段はあの長い触手。
それを一本一本潰していくのがベターだろう。
本体はそれこそ巨大で、渾身の一撃で何とかダメージを与えられるかというところ。
触手が何本もあればガードにも使われるだろうし、やはりまずはそちらだ。
「次も私が受けます」
「では、自分も!」
志願したラークさんにも、フェイは補助魔法を付与する。
その直後、二本の触手が再び船へ向かって叩きつけられた。
「――はあ……ッ」
攻撃は二つとも見事に受け止められる。
ラークさんはかなり辛そうだったが、それでも何とか耐え忍んでいた。
「……間に合ったか」
というのはパレスちゃん。……なるほど、彼女が直前で停滞能力を行使してくれたのだ。
ただ、その能力も限度があるらしく、あの鈍重な一撃の威力を完全に打ち消すことは出来ないようだった。
「昨日も実感したが、封印が残っている上全盛期に比べて力が残ってない。あまりサポートは出来ないな」
「いや、十分だ!」
少なくとも、オレ以外が防御に回れるだけでもありがたい。
触手を潰せるようなダメージを与えられる人間は限られている。
「もらった……ッ!」
武器を大剣に変化させ、触手めがけ一気に振り下ろす。
バチン! と弾ける音とともに触手は切断され、船上に落ちた部位がぐにゃぐにゃとしばらく痙攣を続けた。
「やった!」
「ていうか気持ち悪い!」
喜びと悲鳴が交差する甲板。もう一方の触手は、エスカーが斬り落とそうと試みている。
「氷刃……!」
自らの肘あたりまで氷を纏わせ、強度を高めつつ全力で振り抜く。
だが、やはり氷という素材ゆえ魔物の硬さに負けてしまい、半分ほど斬り裂いたところで砕け散ってしまった。
十分なダメージだとは思うが、切断には至っていない。強引に振るえばまだ攻撃手段として使われてしまうか。
……と。
「ううー……っ!」
離れようとする触手を、ルカがむんずと掴む。
そして力いっぱい、その触手を引っ張り始めた。
「うおお……っ!!」
ブチブチと筋が切れるような音が聞こえ。
限界に達した瞬間、触手は見事に引き千切られたのだった。
「ハハ、いい馬鹿力だねえ、ルカ」
「やっぱ気持ち悪い!」
腕の中で痙攣する触手の先端を、ルカはすぐに床へ投げつける。
……まあ、掴んでいて気持ちのいいものじゃないよな、絶対に。
「――とにかく」
攻撃手段を減らしていく作戦は、ちゃんと実現出来そうだ。
長期戦になるかもしれないが、ここは着実に、船を防衛しながら戦っていこう。




