273.北の海で蠢くもの
首都ゼフ・ミュールから航海に出て、これで四日目。
次に目指すは第五大陸フォカラ……オレたちの旅も、いよいよ終わりが見えてきた。
始めは曖昧だった終着点も、今はハッキリしている。
古代都市に封印された終末ノ獣を倒す……正直言って難易度は跳ね上がった気がするけれど、事前に分かっただけありがたい。
「ふわあ……」
船は接岸しているので、就寝中も揺れることはなかった。
おかげさまでぐっすり眠れて一安心だ。
他の面々も、特に寝れないということはなかったらしい。
朝食の場で、スッキリとした表情を見せてくれた。
「第五大陸フォカラまでは、ここから四時間ほどで到着するはずです」
「朝食後すぐ、船を出しますので」
セイルさんとラークさんがそう伝えてくれる。
リースさんは急いで準備に戻ろうとしているのか、食べるペースが結構早い。
操舵を担当するのは、航海の上では一番大変だろうなあ……特に長時間になってくると。
「……フォカラ、か」
食事の終わり時、セイルさんがぽつりと呟く。
何か気になることでもあるのかな、と疑問に感じたところで思い出した。
第五大陸で発見されたという、人の生活していた痕跡。
そして、セイルさんが北の大陸から漂流してきた人間だという過去……。
「何か、分かりますかね」
「……さて、どうでしょう。私の過去を知る手がかりがあればいいとは思いますが……」
それでも、とセイルさんは言う。
「たとえどうあれ、私は私です。何があってもなくても、変わらず生きていくだけですよ」
強い意志を秘めた、それは宣言なのだった。
*
そして、船は第四大陸を出発する。
今が午前十時前なので、昼の二時頃にはフォカラへ到着する見込みだ。
四時間程度の船旅、着くまではまた甲板で護衛しておくだけになる。
魔物はだんだん強くなっているにしても、オレたちならばまだ苦戦はしないだろう。
「けどなあ……」
一つ心配なのは、天候か。
これまでは幸い晴天が続いていたが、今日は曇り空だ。
北の方が、雲が分厚くなっているし、もうすぐ雨になるかもしれない。
視界不良の中、水棲の魔物と戦うのはちょっと面倒だな。
「……ん?」
海へ漕ぎ出してまだ二十分ほどだが、前方の水面に影が浮かぶ――魔物だ。
魔物はこちらに向かってくると、バシャリと飛び跳ね甲板に乗り上げてきた。
「早速か!」
現れたのは、ボルノア大陸でも交戦したキラーシャークが一匹。
ところが、敵は船上へ飛び乗ってしまったことにむしろ驚いている様子だ。
『すみません、かなりの速さで敵影が来てましたけど……もう乗り上げてますね!』
「ああ、これから対処する!」
伝声管からリースさんの報告が入る。
どうやらキラーシャークは相当なスピードで海中を泳いでいたようだな。
「はあッ」
オレはすぐにイマジネートを発動し、キラーシャークに斬りかかっていく。
少し長めの航路なので、甲板には全員が揃っているわけではなかった。
今いるのはイオナとルカ、それからユベールさんにセイルさん。
適当に交代しつつ見張り、強敵が出たら集合しようという方針だった。
『シャアアッ……!』
脇腹辺りを裂かれ、キラーシャークは叫びながらこちらを睨む。
牙を剥き出しにして、襲い掛かろうとした矢先、
「サンダー!」
イオナの雷魔法が見事に命中し、煙を上げてビクビクと痙攣した後動かなくなった。
「一匹だけで向かってくるなんてね」
「その気が無かったようにも見えるけどな」
こういうパターンは何度か経験している。
恐らくこれも、より強大な魔物に縄張りを奪われ逃げてきたとか、そういうやつだ。
「ふむ。この北の海でとなると……穏やかではないね……」
いつの間にか抱えているハープを鳴らしながら、ユベールさんが言う。
キラーシャークほどの魔物が慌てて逃げるような魔物だと、確かにちょっと不穏かもしれない。
「あ――雨だ……」
掌を空へ向けたイオナが、ぽつりと呟いた。
やがて雨粒はオレの鼻先にも落ち、次第にパラパラと目で分かるくらいに降ってくる。
「はあ。このまま見張りも辛いな。中に入ってリースさんの指示待ちでいきたいところだけど」
「だねー。びしょ濡れになるのはヤだなあ」
と、そのとき。
話をすればというようなタイミングで、再びリースさんの声が響いた。
『あの、皆さん! かなり北の方なんですが……怪しい反応があるんです』
「……怪しい反応だって?」
軍の船に取り付けられているセンサーは、超音波を照射し返ってくる速さで海中の物体を感知する仕組みらしく、いるかどうかが分かるくらいだ。
だから、リースさんの言う怪しい反応が魔物かどうかは、こちらの技術――マルからの通信を待つしかない。
……すると、何秒かしてからテスタマイザーに連絡が入る。
『前方、確かに敵性反応ありです。……ですが、かなり遠くのようで……これで反応するということは、かなりの大きさなような』
「普通の魔物じゃない……?」
そう言えば――嫌な記憶が蘇る。
ガラバールの街で聞いた噂……北の海にはヌシと呼ばれる魔物がいること。
その存在については、海軍でも把握しているとのことだったが……。
「……いけません! これは恐らく、例のヌシです……!」
最悪の答えを、セイルさんが口にした。
やはりこの反応は、海のヌシのものなのか……!
「なんかマズいことになってそうだねえ?」
リースさんの声とマルの通信を聞き、中にいたメンバーも甲板に集まってくる。
敵が出たなら戦うぞ、という意気込みはあるようだが……実際、ヌシは倒せるレベルの奴なのか。
「皆さん、集まっていただいてありがたいですが……仮に反応がヌシだった場合、避けて通るべきでしょう」
「自分もそう思います。確か目撃情報では、小型の海族船と同等の大きさだったとありますし……」
海族船と比較されると分かりにくいが、どうやら全長十メートル以上はあってもおかしくないとのことだ。
そこまで大きい魔物ならば、正面切って戦うより避けられるなら避けた方が良い気がする。
どうしても船上での戦いになるわけだし、フィールドはこちらに不利だ。
「リース! 北の魔物は避けて進んでくれ!」
『了解しました、セイル大将!』
まだ魔物との距離はあり、恐らくこちらを発見されてはいない。
運良く戦わず通り過ぎられることを祈りたいものだ。
「もし、ヌシに見つかってしまった場合は……お願いします」
「それは、もちろん」
緊張の中、船は航路を変更して再び進み始める。
雨は、着実にその強さを増していた。




