272.船上で明かす夜
「びっ……くりしましたよ! それはもう!」
テーブルにフォークを置きつつ、リースさんが大きな声で訴える。
それを隣のベルクさんが、まあまあと宥めていた。
……時刻は夜の六時過ぎ。オレたちは夕食をとるため会議室に集まっていた。
ボルノア大陸以北は無人の地。宿も無ければ食堂も当然ないので、今日から食事も就寝も船内で、なのである。
「まさかねえ……古代文明がそんな理由で滅びちゃったなんて……」
「僕も驚きでした。きっと優れた技術を持っていたんだろうとは予想していましたけれど、まさか異世界へ乗り込んでしまえるほどだとは」
「凄いっすねー……古代の人たちは」
三人組はそれぞれに感想を述べている。
オレたちが情報整理をしている間、セイルさんたちから過去の物語を伝えられた三人。
若い人たちにはショックが大きいかと危惧していたが、そこまで悲観的ではないようだ。
驚きの中には、どちらかと言えば尊敬というか、凄い時代だったのだなと感心する気持ちがあるらしかった。
「その知識を伝えたのは、何を隠そうパレス様なのですがね」
「ってセイル。そういう恥ずかしいことは改めて言わなくていいんだよ」
「誇って良いことだと私は思いますが」
「それが滅びの原因になったから自己嫌悪してるんだってば……」
二人の思い、そのどちらも分かる気がする。
パレスちゃんは自らの知識が滅びを招いたと思っているけれど、結局それを濫用してしまったのは古代の人たちだ。
そして遅すぎたけれど、崩壊の後に彼らは後悔し、パレスちゃんを慕ったまま新たに文明を興していった。
民の側からすれば、女神に対する悪感情なんてないだろう。与えられた知識に甘えてしまった自分たちこそ、嫌悪の対象になったはず。
求め過ぎたゆえに、自分たちは失ったのだと。
「……しかし、本当に不思議な話ですわね。この世界の人たちが異世界へ転移する術を持っていただけで驚きなのに、また別の世界から侵攻を受けたなんて」
「もはや運命、とすら言いたくなってしまうほど奇跡的なものだね……」
そんな嫌な運命あってほしくないな、とオレは心の中でツッコミを入れてしまう。
『相手の世界が少しばかり気になるところですね。当時、何か名を名乗られるとか無かったんですか?』
マルの質問に、パレスちゃんは頭を振り、
「敵は完全にこちらを潰すつもりで来ていたからね。名乗ることもなかった。ただ……」
『ただ?』
「異世界転移の技術を、ただの人間だけで生み出せるとは考え難い。恐らくは相手の世界も天使の誰かが担当していたんじゃないかと思うよ」
……なるほど、他の天使が介入した世界か。
パレスちゃんと同様に天使が知識を与えたなら、異世界転移の技術が確立されていてもおかしくはない。イース・ミュールの人々という実例があるわけだし。
「天使同士で情報交換とか、ないんだね?」
というルカの問いには、
「基本的な役目が刷り込まれている以外は、皆自由だからね。だから私も、ほとんど役目に背くような形でイース・ミュールを護ろうとしている。どこで誰が何をしていようと、まあそういう考えの天使もいるか……と思うだけだよ」
半ば諦めるような口調で、そう答えるのだった。
『……僕も気になって調べてみたけれど、転移技術を有した異世界の情報は見当たらなかった。近くに誰もいないから言えるけど……もしかすると、そういう情報も秘匿されているものなのかもしれない』
これはトーマスさんの通信だ。彼が調べて何も出てこないなら本当に情報が載っていないのだろうし、可能性は確かに二通りしかなさそうだ。
ロウディシアも認識していない事実か、或いは知っていて隠されている情報か。……これまでの経験からすると、後者な気がするよなあ。
「ここは見つかったばかりの世界だから、転移技術の存在を知ることが出来た……そういうことかもねえ」
『うん。エスカーくんの言う通り、まさに調査中だから隠すことが不可能、ということなのかもね』
イレギュラー絡みの案件に関わっていると本当に、あれやこれやと驚きの情報が飛び込んでくる。
いつかはイース・ミュールの人たちみたいに、オレたちの常識も完膚なきまでに壊されるような何かが出てきてもおかしくない……。
「皆さん、手が止まっちゃってるっすよ。せっかく豪勢に作ったんすから、食べてください」
深刻な話で空気が重くなってきたところで、そう促したのはカールさんだ。
確かに、彼が腕によりをかけて作ってくれた料理だし、冷める前に美味しく食べたいよな。
「ヤーシャルの実は入れずに作ったんすけど、継続すればいつかは俺たちも強くなれるっすかねえ?」
「終末ノ獣が撒いた毒が無くなれば、ヤーシャルの効果もお役御免になるからね。いずれは停滞した能力も、戻っていくはずさ」
カールさんの問いかけに、パレスちゃんは励ますようにそう答える。
女神様からの保証をもらえて、皆嬉しそうに微笑んだ。
「北の海が赤くなってるのも、獣の毒のせいなんだよね。ソレ、獣を倒せばすぐ解消されるもんなの?」
「眷属を倒した際、そいつが吐き出す毒は無害なものになっているんだ。だから私は、毒を吐き出した本体が死ぬと無毒化される……そういうものだと考えている」
『毒というより、ウイルスに近いのかもしれないね。本体が死ねば連動してそいつらも死んでしまうような』
トーマスさんの仮説に、パレスちゃんも有り得ると首肯した。
北の果てから生じる毒は終末ノ獣本体のものだろうし、やはり獣を倒せばイース・ミュールを蝕む毒は消える……そう考えてよさそうだな。
「私もいつかはセイル大将に追いつきたいですし! 毒なんか一刻も早く消えてほしいところですね」
リースさんが勢い込んで言うのに、一同はどっと笑う。
そんな和やかな夕食の時間は、ゆっくりと過ぎていくのだった。
*
夜の甲板。
少し夜風でも浴びようかと出てみたところで、エスカーに出くわした。
彼はまた、テスタマイザーでどこかへ連絡を入れていたらしい。
「お疲れ」
オレが声を掛けると、まるで気付いていたかのように、
「リーダーもお疲れ」
振り返りながらそう答えてくれた。
「今のもマルへのお願いだったりするのか?」
「いや、これは別動隊との連絡さ。薄々気付いてるかもしれないけど、バランたちに頑張ってもらっててねえ」
「はは……だろうとは思ってたが」
アイツを手駒みたいに扱うというのは、よほどの覚悟や度胸がないと出来ないと思う。
当たり前のようにそれをやってしまうあたり、ホント只者じゃない感があるよなあ。
「で、何か収穫でも?」
「まあね。あちらさんは首都の防衛を任されてるから、そのついでに千年王国の協力者探しをお願いしたんだよ。で、幾つか情報が出てきた」
「……なるほど。その件、ちゃんと追ってくれてたわけだ」
「疑問点がそのままなのは気に入らないからねえ。未だ対面していないアルゴニオ海族団の可能性もあるけれど、決めつけてしまうのは短絡的だ。色々と疑ってかかるべきだろう」
「お前らしい」
オレが笑うのに、言われると思ったよとエスカーも笑って返す。
「どうもヤーシャルの影響を受けていないセイルさんに、やっかみを持つ者が一定数いるらしい。その真実を知らないままね。エイヴスのときもそうだったけど、恨みや妬みを持つ者こそ付け入られやすい……協力者としての素地はありそうな気がする」
「妬み……人間と共存するのを嫌がったエルフも、王国についていっちまったわけだもんな。甘言に乗せられてる可能性はある……か」
エスカーは頷いて、
「今のところは泳がせてみる方針だそうだけど、王国が動き出している以上、協力者だってそろそろ本格的に動きを見せそうだ。気を付けておくべきだろうねえ」
「だな。混乱を誘うのがあいつらの得意分野だ」
本土のことはこちらが介入出来ない以上、バランたちに頑張ってもらうしかないが。
「……さて、リーダー。分かってるとは思うけど」
「ん?」
「航海も既に四大陸目が終わった。残るは第五、第六ときて古代都市……七つ目の大陸だ」
「ああ、そうだな」
「今までが順調に行き過ぎてる。こういうとき、楽だった分の皺寄せが一気にやって来るものだと俺は思っててね」
イース・ミュールという星に隠されてきたことを幾つも知ることにはなり、驚きの連続ではあったものの、苦労はほとんどしていない。
エスカーの言う通り、ここまでは順調そのものだった。爆弾を仕掛けられるとか、ヒヤリとしたことはあったが。
「第五大陸……あちらが仕掛けてくるか、他の厄介事が持ち上がるか。いずれにせよ、そろそろ何か起きると考えておいた方がいいだろう」
「別に、油断してるわけでもねえけどな。……確かにお前の言う通り、一層気を引き締めてかかった方が良いか」
こいつにしては割と真剣にアドバイスをくれている。
エスカー自身、嫌な展開になりそうなことを予想しているのだろうし……ここは素直に受け止めておくべきだ。
「しかし、パレスちゃんも言ってたけど。好奇心旺盛ってのを含めたとしても、お前がただのイマジネーターってのが信じらんねえな」
「ハハハ。……ただのイマジネーターじゃないかもしれないしね?」
「って、ここにきて変なこと言うなよ」
「ゴメンゴメン」
エスカーはまた笑う。……けれど今度の笑顔は、先ほどのものとは少し違って見えた気がした。
「何にせよ、この旅を無事に終えなきゃね……」
「ああ。引き続き活躍を期待してるぜ、エスカー」
「時々ならね。リーダーも、引き続き俺たちを引っ張ってってよ」
「はいはい。嫌がられない範囲でな」
大丈夫でしょ、とエスカーは返し、手をひらひらと振りながら甲板から去っていく。
……何だか、あいつとサシで話すときは思わせぶりなことを言われてばかりだな。
からかわれてるのかどうなのかは分からないが、それでも。
何となく心を開いてくれている感じはあった。
「……気を引き締めていかなきゃな」
せっかく忠告をもらったのだ。だから言ったのにと呆れられないようにはしたい。
もう少しだけ夜風に当たった後、エスカーの言葉を噛みしめながら、オレも甲板を後にするのだった。




