271.見え隠れする悪意
ダイン一行がボルノア大陸を攻略していた頃、バランチームは三日目の警備を黙々とこなしていた。
暦の上では土曜日なので、今日は午前中から時間が空いていたものの、丸一日警備に費やすこともないと、この日も昼からイース・ミュールに来ていたのだった。
ダインたちが出発してから、特に大きな事件も起きていない。
表向きはほとんど無風で、水の街には平穏が続いているのだが。
「何か、海軍の人の数減ってへん?」
「うむ……一人だけになってしまっているでござるな」
それまで二人だった海軍の若手が、今日は一人しかいない。
彼らは連日疲労困憊になっていたので、とうとう限界が来たのかもしれない、とバランは考える。
「あれくらいでヘトヘトになっちまうなんて、体力無いなあ」
「テッドくん、昨日のエスカーくんからの連絡で色々分かったでしょ。イース・ミュールの人たちはそういう体質になっちゃってるんだって」
「あ、そうだった。でもさ、鍛錬次第でどうにかなんないもんかな!」
ヤーシャルの実に関する情報は、エスカーから彼らに伝わっている。
なので、現地の人たちに十分な戦闘力が無い理由は既に理解していた。
「……丁度いい。休憩がてら、あいつに話を聞いてみるか」
バランはそう提案すると、座り込んでいる海軍の若手に近づいていった。
他のメンバーは顔を見合わせたが、結局彼の後を追う。
「ご苦労。今日はもう一人がいないんだな」
「君たち……まさか話しかけてくるとは思わなかったよ」
一瞬だけ驚きに目を見開いた後、若手の兵は困ったように笑う。
「相方は負傷でもしたのか?」
「まあ、そんなところだ。大したことはなさそうなんだが、大事をとって休むとのことでね」
そう話す兵の口調は、相手を批難するもののように感じられた。
「ひょっとして、アンタら仲悪いん?」
不躾な問いかけだが、エステルがその質問をしてくれたことをバランは上手いと思った。
今の口振りからして親密でないのは明らかだし、そこから何か聞き出せるかもしれない。
「はは……良い悪いという話でもない、ただの同期だからね。そりゃあ気が合えば仲良くなるグループもあるだろうけど、俺みたいにそうじゃない人も大勢いるさ」
「そうですか……派閥が出来てきてるって話は聞きましたけど、一部なんですかね?」
「派閥か。それに関してはちょっと事情が違うかもなあ……アイツもそっちの考えだったし」
「アイツって、もう一人の方か?」
テッドが無邪気に訊ねるのに、兵士はこくりと頷いた。
「セイル大将を尊敬する派閥と、それ以外の派閥があるというような話を聞いている。もう一人のヤツはどちらだったんだ?」
聞かなくても察しはつくが、ハッキリさせるためバランは聞いておく。
答えは予想通りのものだった。
「もちろん、ラーク少将派さ。言っちゃ悪いが、ネガティブ思考な奴らは大体少将を推してるイメージがあるな」
「セイル大将へのやっかみ、でござるか」
「その表現が的確かもね。セイル大将が強すぎるあまり、評価が歪んでしまっているんじゃないかと考える兵は多いみたいだ。ラーク少将の頑張りをもっと評価しろとか、強さだけじゃないとか愚痴ってる奴は何度か見た。いや、セイル大将だって腕っぷしだけが凄いわけじゃないだろうって突っ込みたくなるけどね」
やはり派閥――それも主にはセイル大将とラーク少将それぞれを勝手に尊敬の対象としている二派が拡大しているらしい。
強さという溝は、兵士たちの士気にも溝を作ってしまっている。
「ラーク少将が、いくら頑張っても大将には追いつけない……そう弱音を吐いていたと話す兵士もいてね。同情する者も最近増えてきたらしい。まあ、どちらを応援する派閥も構わないと俺は思ってるけど、だからと言って仕事に身が入らなくなるのはおかしな話だよな」
「自分たちには伸びしろが無いと感じてしまう、そんな者たちがちらほらいるようでござるな」
「せめてやり続けながら考えるべきことさ。そして挫けたなら、辞めてしまった方がいい。ラーク少将も辞めてないからそこまで辿り着いて、今日も頑張ってるんだ」
自分はどちらの派閥でもないけれど、こうして毎日頑張っているのだと、若手兵は語った。
「……これはあまり、外部の者に言わない方が良い話なのかもしれないが」
「何だ?」
急に、小さな声になって兵が話すので、バランは気になって先を促す。
すると兵は、更に声を潜めてこんなことを告げてきた。
「もうすぐ自分たちにもチャンスが回ってくるかもしれない……アイツ、そう言ってたんだよ」
「チャンス……?」
「それがどういう意味なのかは分からない。俺も聞いてみたけど、はぐらかされただけだった。うっかり口が滑ったような感じに見えたな」
油断の中で漏れた言葉は、信ぴょう性が高い。
バランは直感的に、それが重要な手がかりなのではと思った。
早々に限界を感じ、海軍の務めに身が入らなくなった者が言う『チャンス』。
それが何なのか……探るべきだろう。
「今更だが、そいつの名前は?」
「ああ……ドニアって奴だけど。もし会っても、俺がそういう話をしたってのは内緒にしてくれ」
「もちろん。秘密は守る」
バランがそう言うと、兵は安堵したように息を吐いた。
「面白い話を聞かせてもらった。あと少しの時間だが、警備はしっかりやらせてもらおう」
「君たちの力には本当、助かってるよ。俺ももっと強くなれるよう、休まず精進しなきゃな」
兵の言葉に、テッドがニコリと笑ってその意気だと励ますのだった。
*
「……なるほど、そんな話を」
警備の時間が終わる頃、バランチームはデネル中将と海軍本部内で話していた。
ある兵が、自分にもチャンスが回ってくると呟いていたという情報を、彼らはすぐに伝えたのだった。
一応、誰から聞いた話かは伏せたものの、状況的に見てデネルには察しがついているだろう。
その上で、情報源には目を瞑っておこうと配慮をしてくれるようだった。
「ドニア……ふむ、確か二等兵の子だねえ。事情を聞こうとするとかえって警戒されるだろうし、ここは監視しつつ、泳がせてみるとしよう」
「今のところはそれがいいだろう」
せっかく得られた手掛かりだ。しかも手繰るには少しばかり細いもので。
プツリと切れることがないよう、慎重に見極めた方が今は良いとバランも考える。
「こちらでも調査は続けているけれど、一つ怪しい話が入ってきてね。二日前の深夜に申請外の船をメンデレイア大陸近辺で見た、というものだ」
「申請外、ですか?」
エレンが訊ねると、
「そうそう。これでも海軍はキッチリしててね、どこの組織がどの船着き場を使うのか細かく管理しているんだよ。だから、申請の無い船は船着き場を使えない。目撃情報のあった船も、港には近づけなかったはずだ」
「なるほどなあ。手続きしてない船は怪しいちゅうことか」
「全部がそうではないけどねえ。海族さんは気ままな性格の人らが多いからさ、抜けちゃうこともたまにあるんだよ。この辺りまで来て、申請してないことに気付いて引き返すってのも無くはない。無いけどまあ、怪しいには違いないかな」
「うっかりしていた海族でないなら、もしかすると……千年王国の可能性はありますね」
口元に手を当てながら、アディが呟く。
航海に出てすぐの第二大陸で、ダインたちが千年王国と接触したことも伝わっていた。
あの後ハニー=デポルがこちらへ向けてやって来たというのは、時系列的に辻褄は合う。
「王国が仄めかした協力者と、海軍の一部派閥の怪しい発言……不安が少しずつ現実になっているようでござるな……」
「私も一度は千年王国という組織について、パレス様から聞かされたことがあるけれど、随分手強いようだね?」
「俺たちと同じ、外の世界の奴らだからな。そして端的に言えばテロリストだ」
「……ふむ。そういう者たちが周辺でこそこそしてると思うと、確かに恐ろしい」
声のトーンを一段下げ、デネルは呟いた。
「ふう、今日からより一層、警戒を強めておくとしよう。話に出た、ドニア二等兵の監視もしつつね」
「よろしく頼んだ。では、今日のところは失礼させてもらう」
デネルに別れを告げ、バランたちは海軍本部から立ち去った。
「今日は幾つか収穫があったでござるな」
「せやなあ。エスカーも喜ぶんとちゃう?」
サラルとエステルが嬉しそうに言うのを、
「お前ら。良いように使われてる側なのに、よく嬉しそうに出来るな……」
溜め息を吐きながら、バランはそう批難する。
……ただ、曖昧模糊としたものが形を成してきている、その感覚は確かに快いものだとも思う。
パズルのピースのように全てが嵌り、そして起きようとしている何かを止めることが出来るのならば。
「目にものを見せてやれる……」
「どうかした、バランくん?」
独り言が少しエレンに聞こえてしまったらしく、バランは慌てて何でもないと首を振る。
そして、テスタマイザーでエスカーへの状況報告を始めた。
――上手くいったら、見合う評点は必ずいただく。
心の中でそう誓いつつ、バランは文字を打ち込んでいくのだった……。




