270.本来の目的と思惑
長い昔語りを聞き終えたオレたちは、研究所跡から引き返し、船まで戻ってきていた。
若手たち三人にも話は伝えておきたいとのことで、セイルさんとラークさんはリースさんたち三人を連れ、会議室に籠っている。
その間オレたちも、再度の情報整理と今後の方針をパレスちゃんとともに行うことにしたのだった。
「要するに、俺たちが解いて回ってるのは終末ノ獣が閉じ込められた古代都市を封印するための機構ってことだね?」
「その認識で問題ない。付け加えると、私の能力を増幅して自動的に送り込むようになっているから、封印を解く毎に中の停滞能力も弱まっているとみていいだろう」
百年以上の長きに亘って終末ノ獣が封印出来ているということは、封印機構が六つ全て起動している状態だとほぼ完璧に獣の活動を止められていたのだろう。
それが、現時点で四つ解除されている。既に半分以上解かれているわけで、獣も内部で活動を始めているのではと思われた。
「戦闘に参加したとき、君が楽になったと口にしていたのは……封印が君の力を吸い取る機能を持っていたからなんだね……」
「ああ。これが意外と辛くてね……怠惰だからと口癖のように言っていたけれど、力を吸われているせいで常にマナ不足の倦怠感に襲われていたんだよ。本当に、随分楽になった」
エイヴスでの経験からすると、天使への信仰はマナの発生源になる。
民からの信仰で何とか生き永らえることは出来たが、日々苦しみを味わってきたのに違いない。
活力に満ちた仮面の裏で、彼女はずっと痛みに耐えてきたのだ……。
「ちなみに、封印は全て解除する必要があるのかしら。終末ノ獣の強さを私たちは理解しているし……相手が万全の状態になってしまうと勝ち目が無い気がするのだけど」
「封印することによって、崩壊した都市を丸ごと海に沈めているからね。再び浮上させるには全ての封印を解除する必要がある。それに、解除後しばらくは獣も全力を出し切れないはずだ。何せ、百年以上活動を止められているのだし」
この航海が短期決戦なのはそういう理由からだろう。
封印を解除し、力を取り戻しきれていない獣をすぐに叩く……それが唯一の勝算なのだ。
「封印を解除すれば、古代都市が浮かび上がる。そこに乗り込んで終末ノ獣と最終決戦……って感じか」
「そうなる。私を含めた全戦力であたれば、勝てないことはないと信じているよ」
パレスちゃんの持つ停滞能力は、実際終末ノ獣の封印に成功している。
彼女がその能力で補助してくれるなら、かなりアドバンテージになるはずだ。
「……それと、気になってることがあるんだけど」
そう切り出したのはエスカーだ。何だいと返すパレスちゃんに、
「この世界の海が毒素を含んでいるという問題。赤く染まっている北の海がその原因だろうということだったけど、この答えも結局は終末ノ獣なんだね?」
「うん。海の毒素とは即ち、終末ノ獣とその眷属が撒き散らす毒に他ならない。さっき滝の裏の洞窟で、獣型のイレギュラーと戦っただろう? あれが眷属だったのさ」
「あの変な液体を撒き散らしてたヤツ!」
と、ルカが大声で反応する。変な液体って……。
「獣が出現したときには、各地に産み落とされたものだけれど、恐らくもうあそこにしか残っていなかったはずだ。生き残った民と私とで、ほとんどは退治してしまったからね。これまでの大陸で見てきた謎の残骸、あれが眷属の名残だよ」
「なるほどな……」
イレギュラーの色合いに似ていると感じていたが、まさにその通りだったわけだ。
しかも、終末ノ獣の眷属だったと……。
「じゃあ、イース・ミュールで産まれた終末ノ獣は、毒の能力を持っているのか。どうにも厄介そうに思えるねえ」
「マナを過剰に刺激し、増幅させる毒だ。君も昨日説明してくれたが、弱い人間が浴びればそのエネルギーに耐えきれず、木端微塵になるだろうね」
「ひえ……」
想像してしまったのか、ルカがか細い悲鳴を上げた。
オレたちは決して弱い人間ではないだろうが……それでも終末ノ獣の毒を直接浴びたら、相当ヤバいことになるだろうな。
間違いなく、一番に気を付けないといけない攻撃だろう。
「ヤーシャルの実でも貯めこんでいくかい?」
「その程度じゃ何の対処にもならんだろ」
オレが突っ込むと、エスカーはアハハと笑う。
分かってて突っ込ませるんじゃない。
「しかし、あそこでイレギュラーが二体戦ってた理由はよく分からないよね」
イオナの問いに、パレスちゃんも頷いて、
「眷属が生き延びていたのは把握していたけど、人型の方は知らない。そもそもなぜ、封印機構がある場所にイレギュラーがいるかが分からなかったんだよ」
「自然に発生したんでもないだろうしね」
イレギュラーのことを詳しく理解しているわけではないが、人型のイレギュラーなら人間が元になっていそうではある。
無人の大陸にまでそいつが発生しているのは、ちょっと辻褄が合わない。
「やっぱり、千年王国の仕業じゃないかしら」
「そうは思うんだけど、奴らにイレギュラーを生み出す理由がない。恐らく奴らは、古代都市に何が眠っているのかを把握しているからね」
「……そうか、終末ノ獣がもう産まれてるなら、イレギュラーをトリガーにする必要がないんだ」
何らかの手段により、千年王国は人をイレギュラーに変貌させることが出来る。
エイヴスで、オレたちはエルフたちが巨大なイレギュラーにされたものと戦う羽目になり、それが獣を産み落とす鍵にもなってしまった。
しかし、今回は状況が異なる。
イース・ミュールにもう獣が存在しているなら、還元するためのイレギュラーは造らなくてもいいはずなのだ。
「それについては……こう考えられないだろうか」
「ユベールさん、何か仮説があるんです?」
「ああ……千年王国のハニー=デポルはこう話していた。戦いは不得手な方だと……。ならば単純に、イレギュラーを戦いの駒として使ったのではないか……どうだい」
「駒として、か……」
イレギュラーは確かに、並の魔物より数段強い存在だ。
第二大陸でオレたちを待ち構えていた時のように、邪魔をする目的でなら使えなくはないだろうが。
「……あり得るとは思う。何故なら、封印機構の近辺には元々、強力な魔物が棲み付いていてね。それらは自然に現れたものなんだが、私は番人代わりにと、魔物をあえて放置していたんだ」
「ハニーがその魔物を倒すため、イレギュラーを使ったって線はあるんだな……」
パレスちゃんは首肯する。事実、封印機構のあった場所にパレスちゃんが言う魔物はいなかったのだ。
千年王国がイレギュラーを放ち、棲み付いた魔物を倒すまで待っていたという説は考えられる。
「奴らにとってはどんな方法でも、とにかく封印を解ければ良いって思惑かねえ」
「その一点に関しては、こちらと同じなんだけどな。問題はあちらさんが、世界を滅ぼしたいと思ってるってことだ」
「封印を解いて、獣を倒そうとする私たちと、獣が倒されないようにする千年王国。そういう構図ね」
千年王国が封印を解こうとしていた理由もこれで判明した。
ただ、その動き自体がどうも読めないのが気持ち悪いところだが。
「王国はまだ何か隠してるかもしれないし、どこかでオレたちを出し抜く可能性は高い。今まで通り気を付けつつ、航海を続けて行かなくちゃな」
「そうだね。奴らが先に獣へ干渉するのは危険だ。なるべくなら、動向を把握したいところだけれど」
あちらが姿を見せない以上、その動向は捕らえようもない。
ここから先はもう人の住まない地であり、目撃情報なんかも期待出来ないだろうし。
「いっそ、正面からぶつかってきてほしいものだね」
パレスちゃんは溜め息を吐く。
悪の組織にそれを期待するのは、無理というものだろうな。




