269.彼らの始まりと終わり③
終末。
オレたちがエイヴスで経験した、あまりに暴力的な世界の終焉。
悪夢の中の光景。
世界に課せられた試練――。
「でも……でもさ」
終末という言葉が出てきたことに混乱しつつも、ルカは自身の経験から指摘をする。
「終末って、放っておいたら世界が滅んじゃうような現象でしょ? このままじゃダメだって、ボクら別の世界で必死になってそれを止めたんだから」
「ええ……勝手に終息するなんて考え難いし、終末が起きてしまったのなら、イース・ミュールがこうして無事なことが分からないわ」
フェイもルカの指摘に同調する。
オレもおかしいとは思う。終末が起きてしまった上で、この星の歴史が続いているというなら……。
「この世界が終末を乗り越えたってことになるだろ……」
と、オレは呟く。
実際、今持っている知識からだとそれしか考えられないのだ。
文明の滅びと引き換えに、過去の人々は何とか終末を――あの獣を退けた、と……。
「いいや。イース・ミュールは終末を乗り越えてなんかいない。この星の人々に、それを乗り越える力なんて無かった」
「じゃ、じゃあおかしいじゃねえか。百年以上も前に終末が起きていながら、まだこうして世界が保たれてるなんて……」
「……先延ばしにしたのさ。終末による滅びをね」
先延ばし――?
そんなことが、可能なのか。
「終末現象の中心となっているのは、終末ノ獣だ。君たちもエイヴスの試練を乗り越えたのだから、アレと戦い、見事に打ち勝ったんだろう」
「そうだよ。ギリギリの戦いで、ダインがいなくちゃ駄目だっただろうけどね」
イオナがそう言ってくれる。素直に嬉しい評価だが、あれは誰一人欠けてもいけなかったと思う。
総力戦で、何とか終末を退けられたのだ。
「終末ノ獣は、イレギュラーが生じさせる歪んだマナをトリガーとして星に産み落とされる……獣の出現によって、星の環境は一瞬にして狂い果ててしまうんだ」
「ホント、とんでもない光景だったよ。これが世界の終わる瞬間かって、直感的に思わされるくらいにね」
と、エスカーが当時の心境を語る。オレもあのときは世界が終わってしまうと絶望してしまったし、本当に凄惨な光景だった。
「しかし、終末ノ獣を世界から隔離することが出来たのなら……獣は世界に干渉出来なくなり、その間だけ終末現象から逃れられる」
「世界から隔離……そもそもそんなの出来るの?」
「私自身、賭けではあったよ。けれど結果的にそれは成功した……だから、イース・ミュールは今日を迎えることが出来ているんだ」
パレスちゃんは回顧するように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「百年祭が終わり、開かれた歪みから異星に攻め込まれ、戦争が始まって。絶望した人々、世界の真実に近づき過ぎた人々は次々とイレギュラーになっていった。そしてそれは終末ノ獣を産み出すトリガーとなり……戦争から一年と経たないうちに、獣は世界に落ちたんだ。更に悪いことには、相手もまた同じ状況に陥っていたらしい。つまり、ポータルを挟んだ向こう側の世界にも、終末ノ獣が発生したんだ」
「め、メチャクチャだ……」
二つの世界が争い、どちらの世界でも終末が起きてしまっただって?
考え得る限り最悪のシナリオが現実のものになってしまった感じだ。
……しかし、どうして相手の星も終末現象に見舞われたことが分かったのだろう。
そんなオレの疑問は、パレスちゃんがすぐ明らかにしてくれた。
そしてその答えも、驚くべきものだった。
「しかも、生じたポータルが大きかったのが災いしてね、相手の世界で生まれた終末ノ獣がこちらへ一度渡って来てしまった。こうなるともう戦争どころではない、バケモノ同士による世界の蹂躙だ。都市は破壊され、人は踏み潰され……最後には、大陸が割られた」
「……大陸が……?」
割られた、という言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
それは、つまり……。
「元々イース・ミュールは一つの大陸だった……ということかい……?」
答えは、ユベールさんが導いた。
「そうだ。だからここは元々ボルノア地方と呼ばれていたんだよ。各大陸も同様に、メンデレイア地方、ウルラ地方などと呼ばれていたわけだ」
「そう、だったのですか……」
イース・ミュールの人たちにとっては、当然のように信じてきた常識が覆され、衝撃の連続だろう。
取り乱さずに話を聞けているセイルさんとラークさんは凄いと思う。若手三人たちだと、もっと慌てていただろうから。
「地獄のような戦いの後、獣の片方は再び歪みを通じて帰っていった。それだけは不幸中の幸いだった。けれど、世界は既に瀕死と言ってもいい状態で、終末ノ獣はまだ残っている。どうすればいいんだ、こんなことになるなら知恵など与えなければ良かったと、私は自己嫌悪に苛まれたよ。……そんな時だった」
追い込まれた彼女……追い込まれた世界に現れた、一筋の光。
「一人の魔術師が、この世界にやって来たんだ。名を……スレイマン=ヘリングと言った」
「スレイマン……!?」
まさか、ここでまたその名前を聞くことになろうとは。
スレイマン=ヘリング。稀代の魔術師にして、世界を渡り歩いた放浪者。
エイヴスを救う手立てを残した、過去からの協力者――。
「私たち、エイヴスでもスレイマンさんの残した魔術に助けられたんだ。イース・ミュールにも来てたんだね……」
「彼は天使たちの間でも有名だと思う。人の身でありながらあそこまで魔術を極め、多くの功績を残したから。まあ、天使たちにもそれぞれ思惑があるから、味方する者もいれば敵対する者もいただろうけど」
……となると、スレイマンという人物は他にも多くの世界を往き、他の天使とも接触していたということか。
つくづくスケールの大きな偉人だ。
「終末ノ獣を前に、彼はこう提案した。獣を封印し、マナの異常を緩和することが出来たなら……終末そのものを封じておくことも出来るのではないか、と」
「……なるほど分かりましたわ。つまりそれこそが、あの封印機構ですのね?」
ピンと人差し指を立て、シャーロットさんが勢い付いて言った。
オレたちがこれまで解除してきた封印機構……魔術的な仕組みなのは分かっていたが、それはスレイマン=ヘリングの造り上げた魔術式だったのだ。
「うん。詳しく説明するとあの封印機構は、私の能力を増幅させた上で、封印を施したある場所へと送信し続ける……そういうものなんだ」
「パレスちゃんの能力……つまり、怠惰の力か」
怠惰を冠するその力は、言い換えれば停滞。
終末ノ獣に停滞の力をぶつけるということは……その力で、獣の活動を停止させることになるのだろう。
「地獄を生き残った一握りの民たちと私はスレイマンの力を借り、崩壊した都市の中に終末ノ獣を封印し、海の底へと沈めた。それから海を南下し、分割された各大陸に封印機構を構築し……最終的にメンデレイア大陸……今のゼフ・ミュールがある地に逃げ延びたというわけさ」
「じゃあ、海に沈んだ古代都市の伝説って……」
「都市が沈んでいるのは本当だけれど、中にあるのは金銀財宝なんかじゃない。世界を滅びに導く、終末ノ獣なんだよ」
海族たちが憧れてやまなかった、古代都市の伝承。
蓋を開けてみればそれは、恐ろしき過去の負債だった。
「……怠惰だったゆえに、この世界を滅ぼしかけてしまったことを私は酷く後悔した。けれど、そんな私に生き残った民たちは慰めの言葉をくれたんだ。私たちは求め過ぎた。パレス様はただ、その求めに応じて私たちを導いてくださっただけなんだ……と。それを聞いて私は、遅きに失してしまったけれど決意したんだよ。もうこれ以上、イース・ミュールに悲劇なんて起こさせない――とね」
自らが招いた災厄。それでも自身を信頼し続けてくれる民たち。
護りたい、これ以上苦しんでほしくない……彼女がそう思ったのも、当然のことだろう。
天使でありながら心優しき彼女なら。
「そして私たちは一からまた文明を築き上げていき、現在に至る――と。長かったけれど、これがイース・ミュールの歴史に隠された真実だ。私一人の胸にしまい込み続けていたこと、謝罪させてもらうよ。本当にすまない」
「パレス様……」
頭を下げるパレスちゃんに、セイルさんもラークさんも、居た堪れないような表情を浮かべる。
どのような過去があろうとも、彼らにとって女神は今もなお、信仰と忠誠の対象なのだ。
遥か昔から、そうであったイース・ミュールの民として……。
「それから、君たちにも謝らなくては。……過去が明らかになった今、私が君たちを召喚した本当の意味も理解出来たことだろう」
「ま、終末ノ獣が既にこの世界に産まれてると分かった以上、求められる役割は一つだろうねえ」
「ボクたちに、終末ノ獣を倒してほしいってこと……」
結局、オレたちとパレスちゃんの目的は一致していたわけだ。
この世界の終末を回避すること。問題は、百年以上も前から既に終末ノ獣が産まれていたことだった。
過去を知らないイース・ミュールの民を不安にさせないため、そしてまた彼女自身の罪悪感のため。
ここに至るまでその真相は秘匿されていたが、ようやく全てが語られたのだ。
「……なるべくなら、終末が起きること自体を防げればって気持ちで来てるわけだが、やっぱりそう甘くはないもんだな」
オレは一つ溜め息を吐き、
「けど、何にせよ目的は変わらない。この世界を終局に至る危機から護り抜く……オレたちは、そのために来たんだから」
「……ふふ、そうだね。ようやく事態がハッキリして、スッキリしたって感じ!」
「後は終末ノ獣を討伐するという目標に向けて、動けばいいだけだものね」
仲間たちも前向きな言葉を述べる。
憤慨されるとばかり思っていたのか、オレたちの反応にパレスちゃんは驚いている様子だった。
「君たち……」
「ただ、事態を混乱させるだけの隠し事は感心しないけどね? 俺たちどころか、君自身も辛いだけだっただろう」
「……それは、返す言葉もないよ」
エスカーの指摘に、パレスちゃんは俯き加減で呟く。
そんな彼女の気持ちも、分からなくはないけれど。何より本心から、イース・ミュールを愛している彼女だからこそ。
「すまない……その、改めて頼むのは申し訳ないのだけれど」
パレスちゃんは涙ぐんだ目で、上目遣いになりながらこちらを見つめて言った。
「この世界を救ってほしい。君たちの協力無しに、それは実現しないから」
「……言われるまでもないさ。このまま北の果てを目指して、獣を倒しちまうとしよう」
オレの言葉に、パレスちゃんは涙で頬を濡らしながら、ニコリと笑顔を浮かべるのだった。




