268.彼らの始まりと終わり②
「文明を滅ぼす、だって……?」
放たれた言葉の衝撃に、オレは驚愕の色を隠せなかった。
異世界転移という技術が、古代の人々を滅ぼすきっかけになってしまった……?
「始まりから話すとしよう。まず、滅び去った文明を古代と呼んではいるけれど、実のところそれほど昔というわけじゃあない。王都が沈んだのはせいぜい百年ちょっと前のこと。そも、イース・ミュールという世界の興りも二百数十年程度のものだからね」
「せいぜいって付けるような年月でもないけどねえ。そこは天使サマの物差しってところか」
エスカーが茶々を入れるのはスルーし、パレスちゃんは話を続ける。
……しかし、世界の興りから二百余年ほど、か。エイヴスも大体それくらいだったし、ロウディシアだって今が星歴二二〇年だ。
上位世界のロウディシアが基準で、それより昔のワールドスクリプトは存在しなさそうだが、それなりの文明が築かれている世界はみな同程度の歴史を持っているのだろうか。
「前文明の人々は活力に満ち、そしてまた豊かな生活を求めることに忠実だった。私は女神として彼らの上に君臨していたけれど、皆実直に私を讃え、良くしてくれてね。彼らがもたらす恵みによって、私は何不自由なく暮らすことが出来た」
それは今とあまり変わりはない気がする。
現代でも彼女は女神様と讃えられ、不自由なく暮らしているのだし。
「ああ、今と同じだと思っているんだろう。でもね……当時の私は一言で表すなら、調子に乗っていたんだ。世界が豊かになれば、私も怠惰に過ごし続けることが出来る……そんな楽観的な考えゆえ、彼らに多くの知恵を与えてしまった」
「知恵……か。ふむ、つまり彼らが取り組んだ研究……その知識の源泉は君が与えたものばかりだった、ということかな……?」
ユベールさんの問いに、パレスちゃんはその通りだと肯定した。
「天使は人々に試練を与える存在ではあるけれど、それは然るべき時にという話だ。時が来るまではせめて好きに過ごさせてもらおうと、自分本位なことを私は思っていた。ゆえに人々が求める知恵を私は幾つも与えた。強くなるための技術、住みよい街を築いていくための構造、そして資源の獲得方法……。この資源を獲得する方法の中で、異世界転移という術を――イース・ミュール以外の世界の存在を、私は彼らに教えることになった」
別世界の存在。
初めて聞かされた者にとって、それは青天の霹靂であったことだろう。
自分たちが生きているこの世界以外に、違う世界があるなんて。
口で説明されるだけでは、にわかに信じ難いことだ。
「始めは半信半疑だった人々も、私の言葉は一応信用してくれてね。そも、もっと豊かになりたいと求めたのは彼らだ。異世界へ渡るための術を、従順に研究してくれた」
『その技術は……完成に至ったんですか?』
技術者としてつい口に出てしまったのだろう、訊ねたのはマルだった。
「安定性に難はあったが、異世界へ接続するためのスポット――君たちに分かりやすく言えば、歪みを造り出すことには成功していた。腕に自信のある戦士たちはその歪みを通り、実際に何度か異世界を渡っていたんだ」
『信じられません……そんなことが可能だったなんて』
ワールドスクリプトなのに、という言葉が喉元まで出かかったのを、マルは慌てて止めたように思う。
ここが書物の中の世界だというのは、また別の話だ。セイルさんたちを尚更混乱させるだけにしかならない。
しかし、オレたちにとってもこれは大きな衝撃である。
イース・ミュールの人々が、本当に別世界への転移を果たしていたとは……。
「まあ、それを可能にしたのが……してしまったのが、私の知識だった。研究が成功し、異世界への移動が現実のものになると、彼らは資源獲得のため冒険に出たわけだが、一方で異世界側から見れば、それは侵略にも等しいもの。魔物だけでなく人との争いも度々発生し、集落を破壊してしまうことすらあった。その辺りから私も自身のしたことが行き過ぎたものだったんじゃないかと後悔し始めていた……」
イース・ミュールの人間からしてみれば、違う世界の人間など自分たちには無関係のどうでもよい存在だと思えたのだろう。
それは千年王国の思想と似ているようにも感じられた。
少なくとも、幾つもの世界を渡り、時には協力関係を結ぶこともあるオレたちロウディシアの人間とは相容れない考えで。
「そして、破局は訪れた」
破局――栄華を極めたであろう文明の、終わり。
「あれは、建国百年を祝う祭典の日だった。王都の全てが祝祭のために飾り付けられ、人々は熱狂していた。彼らには事前に国王から、ある予告をされていてね。百年祭でおめでたい発表があるから、楽しみにしておくといい……と」
「ふむ……そういう記念祭には、大きなサプライズがつきものだろうね……時の国王も分かっている」
「ですけど、どうせろくでもないことだったんでしょう? だからそれが、悲劇の引き金になった――」
シャーロットさんのストレートな物言いに、パレスちゃんは苦笑いを浮かべながらも、
「察しがいいね。というより、お膳立てがされすぎているかな? 国王の言うおめでたい発表とは、潤沢な資源を誇る異世界の発見だった。この異世界から資源が採れるようになれば、長らく国は栄え続けるだろうと王は喜び、民もまた喜んだ。……けれど」
「潤沢な資源を誇る異世界は、イース・ミュールと同じくらい優れた文明の異世界でもあった――そんなところかい?」
先回りをして答えたのは、エスカーだった。
少しばかり驚いた様子のパレスちゃんは、それでもすぐに頷いて、
「正解だ。しかも運命の悪戯とでも言うべきか……相手の異世界もまた、全く同じ経緯でイース・ミュールを捕捉していたんだよ」
「え……?」
まさか、とルカが呟く。
「二つの異世界が、同じタイミングで互いに侵攻しようとしてた……?」
「そしてその侵攻は、実行されてしまったんだ」
開かれた歪み。異世界を繋ぐポータル。
二つの異世界が互いに接続を試みたためか、その歪みは非常に大きなものとなった。
また、通常であれば歪みは安全な場所……つまり今オレたちがいるボルノア大陸付近で開かれるはずだったのだが。
このアクシデントによってか、歪みは王都近郊に出現してしまったのだという。
「イース・ミュールの民は、そのとき初めて思い知ることになった。侵攻される側の悲劇をね。相手はとても強力で、最先端の技術を以てしても戦いは苦しいものとなり……王都の被害は目を背けたくなるほどだった」
「聞く限り、古代の人々は相当強かったように思うのですが……それでもなお、苦戦を強いられたのですね」
「そうだよ、セイル。ロウディシアから来た彼らのように、異世界には強き者が大勢いる。結局、誰も知らなかったのさ。この世界の本当の広大さ、そして厳しさを」
ゆえに、自分たちが勝てない相手を想像し得なかった。
現実に直面し初めて、彼らは身を以て知ることになったのである。
「じゃあ……古代の人々はその、攻めてきた異世界人に滅ぼされたのかしら?」
フェイがパレスちゃんに訊ねる。
オレもそうだとばかり思っていたのだが、彼女は首を振った。
「あのまま戦争が続けば、イース・ミュールの敗北で終わっていたことだろう。けれど、文明が終わりを迎えた直接の原因は、そちらではなかった」
「では、何が古代の人々を……」
戦争すらも凌駕するような、文明を滅亡に追い込む何か。
……頭の中に一つの答えが浮かんだものの、有り得ないと否定したくなるものだ。
だって、イース・ミュールはまだここにある。
一度は都市が滅びたとしても、今は新たな文明を築けているのだから……。
「――終末、だよ」
オレの甘えを吹き飛ばすように。
パレスちゃんは明確に、答えを告げた。




