267.彼らの始まりと終わり
洞窟内の細い道を進むことしばらく。
上り道に差し掛かったところで、奥に光が見えた。……外へ繋がっているようだ。
視界が開け、オレたちの前にそれが現れる。
パレスちゃんが案内したかった目的地が。
「……何だこれ……」
「建物……よね」
峡谷の狭間、その周囲だけが整地されたように平たくなっていて。
平地のど真ん中に、大きな建造物が朽ちた姿で残されているのだった。
「……パレス様、これは一体」
海軍の二人も、この廃墟の存在は知らなかったようで、困惑しきった表情でパレスちゃんに訊ねている。
対してパレスちゃんは、寂しげに微笑むだけでまだ何も語ろうとはしなかった。
話すのはこの先で、ということなのだろう。
「フ……良い演出だね……」
「雰囲気云々よりも、早く答えが知りたいところですけれど」
と、先輩コンビは対照的なコメントをしている。
それはともかく、オレたちは再びパレスちゃんに続いて廃墟の中へ入っていった。
「わあ、中も広い……」
入るなり、ルカが感嘆の声を漏らす。
それも無理はない。実際、廃墟内はゼフ・ミュールの王宮と変わらないくらいの広さを誇っていた。
もしかするとここは、古代文明の王宮だったりするのか、とも思ったのだが、続く部屋でその考えはすぐ打ち消される。
扉を抜けた先に待っていたのは、オレたちの予想だにしない光景だったのだ。
「――え?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
扉の前と奥とで、まるで世界が異なるようにすら感じられた。
何故なら、そこで朽ち果てている残骸たちは、イース・ミュールにありそうもないものだったから……。
「機械が、こんなに沢山……」
広い部屋にはびっしりと機械類が並んでいる。
既に壊れ、機能しなくなって久しいが……かつては忠実に役目を果たしていたであろう無数の装置群。
例えるならば、アトモス学園のオペレーター室を拡張したかのような光景。
それがイース・ミュールの無人島にあるこの廃墟内に広がっていた。
「信じられない……これが廃墟になってるってことは、古代文明の人たちがここを造ったってことだよね?」
「壊れてるし、そもそも機械のことはサッパリだけどさ。でもこんなにびっしり埋まってるのを見ると、相当技術があったっぽいよね……」
イオナとルカがそれぞれ感想を述べる。
オレもその感想に概ね同意だ。一見しただけで、過去の人々が相当の科学技術を有していたことが窺える。
「まずは皆、お疲れ様。ここまで我慢して付いてきてくれたこと、感謝するよ」
パレスちゃんはそう前置きしてから、静かに語り始める。
彼女の知るこの世界の歴史――始まりと終わり、そして再誕の物語を。
「……ここは前時代の人々が建設した科学技術の研究所だ。お気付きの通り、彼らは今の時代に生きる者たちより優れた技術を有していた」
「我々よりも優れた技術、ですか……」
ラークさんの口調には悔しさのようなものが滲んでいたが、目の前の現実は否定出来ない。
今のイース・ミュール人に、ここまでの設備を整えた研究所を建てるのは恐らく不可能だろう。
「ボルノア大陸……かつてはボルノア地方と呼ばれていたこの一帯は、人里から離れていたため研究所の建設に打ってつけでね。当時の技術の粋を結集し、長い年月をかけて造られたんだ」
「じゃあ、ここは元々人が住めないような峡谷地帯だったんだね」
「ああ。周辺に害を及ぼす危険性のある実験も行っていたし、なるべく影響のない場所でということでボルノア地方が選ばれた」
新たな技術の開発実験というものは、やはりある程度の危険が伴うものだ。
ロウディシアでも、イマジナルの研究施設はオリーブ丘陵以北のどこかにあると聞いたことがあるし、人里からなるべく離すのは当然の配慮だな。
「しかし、どんな研究をしてたんだい?」
半ば急かすように、エスカーが問いかける。
「多種多様さ。それこそ今の浄水施設の基盤となるような研究もあったし、農業の機械化なんてものにも着手していた。……だが、最も力を入れていたのは主に二つの研究だったと言えるだろう」
「……それは」
「一つは純粋に戦闘技術の研究。当時はヤーシャルの実による影響も無かったから、誰もがある程度魔物と戦う力は持っていたが、それでも手強い相手には専門の退治人が必要だった。そういう者たちのために、武器や魔法道具を開発していたんだ。君たちの世界にある魔術工房と似たようなものだね」
「……もしかして、古代の人たちってイマジネートみたいな能力が使えたり?」
ルカが恐る恐る訊ねるのに、パレスちゃんは苦笑しつつ、
「そこまでの技術は無かったかな……というか、君たちの技術はかなり特殊で、理に適っているものだからなあ。同様の技術をゼロから生み出すのは難しいと思うよ」
「そうなんだ。確かに心を具象化するって不思議な力ではあるもんね」
パレスちゃんの説明に、ルカはなるほどと納得する。
理に適っている、という部分がオレにはよく分からなかったが、多分マナの運用として効率的だとか、そういう意味なんだろうか。
「とは言え、大概の魔物には対処出来る程度の戦闘技術が、ここの研究によってもたらされていた。人々はほとんど労せず魔物を倒し、潤沢な資源を獲得することが出来ていた」
「自分たちのように、魔物を倒せないからこの大陸には行けない、みたいなことはなかったんですね……」
魔物を倒す力があったなら、行けない大陸だってないはず。
だからこそ、全ての大陸に過去の人々の痕跡が散りばめられているのだ。
「……そしてもう一つ。こちらが最重要の研究なのだけど――」
パレスちゃんは小さく息を吐き、意を決したようにそれを口にする。
「――ずばりそれは、世界を渡る研究だった」
……世界を、渡る?
「それって、まさか……」
驚いて聞き返すオレに、パレスちゃんは頷いて、
「そう。君たちのように、異世界へと転移する技術を彼らは研究していた」
馬鹿な――思わずオレは、声を上げそうになっていた。
ワールドスクリプト内の世界の人々が……別のワールドスクリプトへ転移する技術を、研究していた?
そんな話は、今まで聞いたことがない。
ワールドスクリプトへの転移とは、あくまでロウディシアという上層世界から下層世界へのダイブであり、横同士で繋がりを持つことなんて考えたこともなかった。
……だが、別の世界への接続を研究していたというのなら、一つ筋の通ることはある。
パレスちゃんがオレたちを呼ぶ際に使ったという召喚術。それは古代の人々が遺した技術だと説明していたが……本来は呼ぶのではなく転移するために、造られた技術だったというわけか。
「……そして、その技術こそが」
過ぎ去ったものを懐かしむように、焦がれるように、パレスちゃんは告げる。
「ある瞬間、彼らの文明を滅ぼす運命を導いてしまったんだ」




