266.生き残った獣
『***……ッ!』
イレギュラーはオレたちの接近を警戒し、唸り声を上げる。
さっき戦ったキラーシャークのような、猪突猛進型ではないらしい。
飢えた獣のような体躯をしていながらも、冷静にこちらの隙を窺っている……。
「ふふん、それならこちらから行きましてよ」
まず仕掛けたのはシャーロットさんだ。
緑に輝くエメラルドを掴み、風の刃をイレギュラーへ飛ばす。
相当の速度にも拘らず、イレギュラーは四肢をバネのように伸ばして跳躍し、軽々と攻撃を躱した。
そして、そのまま壁を蹴りこんで突っ込んでくる――カウンターだ。
「させねえ!」
しっかり動きを追っていたので、オレは前に立ち塞がって攻撃を防ぐことが出来た。
加速してからの引っ掻きも、盾に阻まれ不発に終わる。イレギュラーは二、三度飛び退いて態勢を立て直す。
「そこが狙い目さ……」
「全くもってね」
ユベールさんとエスカーが、イレギュラーの後退する場所へ先んじて弓を放っていた。
左右から一直線に突き進む矢――タイミングはバッチリだったのだが、イレギュラーは尻尾を振るってそれを払い落してしまった。
そのままぐるりと後方回転し、起き上がる。
「ハ、器用なヤツだ」
「獣らしい身軽さだね……」
全長は二メートルに達するかどうかというところ。イース・ミュールで戦ったこれまでのイレギュラーと同じく、さほど大きな個体ではない。
しかし、それゆえに中々すばしっこい。鈍重だった個体と比べると、攻撃をクリーンヒットさせるのに苦労しそうだ。
「それなら、捕まえればいいよね」
と、イオナは魔法の詠唱を開始する。
属性は光――なるほどアレなら攻撃としても優秀だし、動きも封じられるな。
「――クラッグス!」
イオナの詠唱完了までの時間稼ぎにと、フェイが岩魔法を放つ。
イレギュラーとオレたちとの間に岩の柱が幾つか生じ、障害物として機能する。
『****ッ!』
飛び出したイレギュラーは軽々と岩を砕いていくが、死角からユベールさんとエスカーが適宜矢を撃ち続ける。
その対処で気が散る上、シャーロットさんも宝石魔法をお見舞いするため、こちらへ近づくチャンスは皆無と言ってよいほどだった。
……そして。
「――アウレオール!」
詠唱していた光魔法が発動する。
過去にも闇属性のイレギュラーを捕えてきたランク三の光魔法……アウレオール。
後ろ脚に巻き付き、収縮した光の輪は、イレギュラーを痛めつけて動けなくさせる。
『**ッ!!』
その痛みに、歪んだ獣は叫び声を上げた。
「今だっ!」
チャンスを見計らっていたルカが、ここぞとばかりに飛び出していく。
移動を制限することが出来た今なら確かにチャンスではあるが、堂々と突っ込むのは少し心配だ。
そんなオレの予感は当たり、
「いけません!」
セイルさんが危険を察して叫ぶのとほぼ同時に、獣はその口から何かを吐き出したのだった。
「うわ!?」
吐き出されたのは、人型のイレギュラーがよく放っていたブレスとは異なるもの。
毒々しい色をした液体――それを放射状にぶちまけたのだ。
「毒だ!」
見た目から明らかなように、パレスちゃんはそれを毒だと断じた。
ギリギリのところで躱したルカだったが、その正体に驚いてもう一歩後方へ退く。
「黒い……いや、紅い? イヤな色だわ」
「……これって……」
フェイが色の気持ち悪さに顔をしかめる横で、エスカーは考え込む仕草をしている。
地面に飛び散った毒液は小さな泡を生じさせながら、黒や紫、そして紅といった色を映し出していた。
「当たらない、触れないように注意するんだ」
「ああ……アイツの口元には気を付けとかないとな」
真正面に立たず、側面から攻め込みたい。
そう考えたところで、イレギュラーはアウレオールの拘束を強引に破壊してしまった。
後ろ脚は深い火傷の痕があるものの、使えなくはなっていないようで、再び素早く洞窟内を駆け回り始める。
「くっ……!」
もう一度イオナに拘束を頼みたいところだが、グルグル動き回られていると、流石に彼女も魔法を当てられない。
囮を使うか、或いは当たらない前提でも攻撃を乱発するかして、ヤツの動きを止められれば……!
「――やれやれ。手を貸すのに丁度いい場面が来ちゃったな」
溜め息を吐き、そう呟いたのはパレスちゃんだった。
細い目でイレギュラーを一睨みすると、ゆっくりと掌をかざす。
「三つ解けて、楽になってきた頃だしね……」
突き出した掌が、イレギュラーの動きと一致する。
彼女が魔力を発露させると、途端にイレギュラーの動きが鈍くなっていった。
「な、何だ……!?」
「言っただろう。私は『怠惰』の天使パレスだ」
天使の二つ名。
確かに何度か、彼女自身の口からそれは聞いていたが……まさかそれが、天使の能力を示すものだったとは。
面倒事に際して、私は怠惰だからと語るばかりだったので、すっかり性格や性質だとばかり思っていた。
「怠惰、か……」
その能力名と今起きたことから察するに、パレスちゃんは対象の動きを滞らせてしまうようなものなのだろう。
だからイレギュラーは急に動きが鈍くなってしまったのだ。
「ほら、これでまたチャンスが出来たよ」
「……ああ、助かる!」
怠惰の影響を受けたイレギュラーは、最早歩いているのとほぼ変わらない速度だ。
今ならどんな攻撃だろうが当て放題、という感じだな。
「今度こそ……っと!」
ルカはイレギュラーの右手側に回り込み、全力のミドルキックを打ち込む。
蹴りは脇腹へヒットし、イレギュラーは短い悲鳴を上げてゴロゴロと転がった。
「せいッ!」
「たあ……!」
そこへ、セイルさんとラークさんの海軍コンビも追撃を見舞う。
硬いイレギュラーの外皮には深い傷を付けられなかったが、それでもダメージは通っていた。
ナイスガッツだ。
「ブライトレイ!」
イオナもイマジネートでの攻撃を行う。
やはりイレギュラーには効果抜群で、右の肩口を貫いて青黒い血を噴き出させた。
「氷槍……!」
「この音色とともに、贈ろう……」
エスカーが槍で突き刺し、ユベールさんは無数の矢を背中に撃つ。
絶え間ない攻撃、その激痛にイレギュラーは大きな声で吼えるも、動きは相変わらず鈍重なままだった。
「これで、終わりだぜ……!」
満身創痍のイレギュラーに、オレはトドメの一撃を叩き込む。
武器を大剣に変えての振り下ろし――それで戦いは決した。
『**……*……』
体を真っ二つにされたイレギュラーは、弱々しい声を最期に漏らしてくずおれた。
血だまりの中、もう二度と起き上がることはない。
「……何とか勝てたな」
「まあ、この数でなら当然でしょうけれど」
と言いつつ、シャーロットさんはパレスちゃんの方を見、
「協力には感謝しますわ、パレスさん。面白い能力をお持ちだったのね」
「……ああ。とても疲れるから、滅多に使うことはないのだけどね」
その言葉は、嘘ではないらしい。パレスちゃんの額には薄っすら汗が見えるし、息も少し荒くなっている。
「怠惰ってのが能力のことだとはねえ。なるほど、ルマンちゃんがマナのことを食べるだの吐き出すだの言ってたのもそういうわけか」
エスカーの言葉で思い出したが、エイヴスの天使ルマンちゃんは確かにそんなことを話していた。
暴食のルマン……その二つ名は彼女がマナを摂取したり放出したりする能力から来ていたのだ。
「けど、途中で呟いてた意味深な言葉は気になるし、それに……」
「このイレギュラーも気になるね」
エスカーが言い、イオナが後を続ける。
戦闘は無事勝利で終わったが、幾つか疑問点が出てきてしまった。
「うん。その疑問についても、この後答えを教えてあげられる。でもまずは、封印機構を解除させてもらおうかな」
「ああ、うん。そうだね」
イレギュラーの残骸は忘れないようルカが戦利品回収を行い、マナが還元されないようにする。
そしてオレたちは封印機構の前まで向かい、またパレスちゃんに封印の解除を行ってもらった。
「――よし。これで四つ目だ」
……そう言えば、さっきのパレスちゃんの呟きはこういうものだった。
三つ解けて、楽になってきた頃だ……と。
オレの考え違いでなければ、その言葉が持つ意味は恐らく……。
「……それじゃあ君たちを、答え合わせの場へ案内するとしよう」
「答え合わせの場?」
この暗い洞窟の中では流石に話がし辛い、ということなのだろうか。
だが、どうやらそういう理由ではなく、彼女には明確に行きたい場所があるようだ。
解除された封印機構を通り過ぎ、パレスちゃんは更に奥へと歩いていく。
幅が狭まっているため何もないように思っていたのだが……そこには細い道があり、どこかへ続いていた。
「付いてきてくれ」
この先に待つものは一体何なのか。
パレスちゃんはオレたちをどこへ連れていこうというのか。
未だ宙ぶらりんな数々の疑問。
その答えを知るべく……オレたちは彼女の後に続いて歩き出すのだった。




