263.大将と少将
今夜の宿をとるため、オレたちは船を出て再度ガラバールの街に戻っていた。
どうやら昼食をとった食堂は、二階が宿になっているとのことで、そこに泊まらせてもらうことを決めたのだ。
無事にチェックインも済み、荷物を各部屋に置いてから、夕食をいただくことにする。
なお、海軍の人たちは船の番をする都合上、セイルさんとラークさん、若手三人組が交代で食事をとることになり、先にセイルさんたちが夕食をとっていた。
「北の海に眠る伝説の船のウワサ、知ってるか……?」
「当たりめえよ。船の墓場と呼ばれてる場所に、まだ使える古代の船があるんじゃねえかって話だろ?」
よそのテーブルでは、海族たちが面白そうな噂話に興じている。
まさに夢を追う男たち、という感じだよなあ。
「船の墓場って有名な場所なんですか?」
海族たちの話を拾ったイオナが、セイルさんに訊ねる。
「彼らの中で知らない人はいないでしょうね。第六大陸周辺に広がる、船の残骸が散乱する地帯……海族たちの夢の跡、というような場所です」
新たな地への上陸を目指し、無謀にも北上する海族たちは昔から数多くいる。
そんな海族たちが魔物にやられ、或いは荒れ狂う海域に呑まれ……朽ちた船だけが残る場所、それが船の墓場というわけだ。
「昼間話題に上った、北の海のヌシも関係しているかもしれない、とも言われてます。自分も何割かはヌシの仕業じゃないかと思っていますね」
と、これはラークさん。ヌシの目撃情報がある場所も大体は船の墓場に近い海域らしいので、彼の推測は正しい気がする。
「少し気になるのだけど……」
そこで質問を切り出したのはユベールさんだ。
食事の席なので、流石に竪琴などは持っていない。指は所在なさげに動いているが。
「海軍が先に新大陸を調査することはないのかい……? 戦力としても、可能性が無いとは思わないけれど……」
「私たちの役割は、海族業の管理ですからね。基本的には、本職の方々を差し置いて新大陸を目指すことはありません」
あくまでも海の平和を維持し、海族たちの仕事を円滑にする……その志の下に動いているのが海軍だとセイルさんは語る。
「ただ、国の意向もあります。今回はまさにそういう事態ですが、他にも新大陸の土地を確保するのが喫緊の課題となれば、海軍も調査に乗り出していたかもしれません。海族の方々がどうにも手詰まりになってしまった際には……でしょうが」
「自分も未知の大陸の調査というのに憧れたことはありましたけど、自分を律しろとよく言われてきました。海族と海軍……同じ海の上を往く者同士だからこそ、きちんと役割分担をして支え合っていかなければなりません」
二人とも、しっかりと分別ある考えが出来ているんだなあと思う。
そりゃ、大将と少将という地位に就いている人たちなんだから当然か。
「ラークさんも、探索に興味はあったのね。海軍じゃなく海族になろうと思ったことはなかったのかしら」
フェイの質問にラークさんは少し苦笑いを浮かべ、
「実を言えば、幼い頃はありましたし、両親も海族を目指すことに賛成していました。ですが、当時の海族はあまり話題性のある一団がいなかったんです」
もしも、今のアルゴニオ海賊団のように結成からどんどん実績を挙げている団体があれば、強い憧れを持てたかもしれない。
ただ、折悪しくラークさんが子どもの頃は、ヒーローのような海賊団はいなかった。その代わりに有名だったのが……。
「セイル大将の話はよく耳にしました。もちろん、その頃はまだ大将ではなかったのですが。類まれな戦いのセンスで頭角を現している海軍の若きエース……そんな人に憧れを持つのに、時間はさほど必要ありませんでしたよ」
「……初めて聞いた。面と向かってそういうことを言われると、照れてしまうな……はは……」
仕事を始めたきっかけが貴方です、と言われたようなものなわけで、セイルさんが照れるのも無理からぬことだ。
それにしても、ラークさんが海軍になったのにはそんな理由があったのか。
ならば今こうして憧れの人と航海出来ているのは、嬉しいことなんじゃないだろうか。
「……しかし」
そこでセイルさんは笑みを潜める。
「先ほどの話で、失望した部分もあるんじゃないか。私の力はある意味、環境ゆえの特殊なものだったと分かったのだから」
「いえ……そんなことはありません。セイル大将の力は決して、何の苦しみも無く得られたものではないのですし。……ただ、そうですね。埋まらない力の差を悔しがった夜は幾度もありますけれど」
過去を懐かしむようにラークさんは言う。
憧れの人に少しでも近づきたい、けれど近づけない……そこに悔しい気持ちを抱くことは、何となく理解出来た。
「ラークはそう言ってくれるが、若手たちも同じとは限らない。この力の真実に、卑怯だと謗られることのないよう……鍛錬を怠らないようにせねばならないな」
「はは、それでは尚更自分が追いつけなくなりますね」
ラークさんの言葉で、場にどっと笑いが起きた。
「いつかは追いつかせてください」
「ああ……君が私を追い抜く日を、心待ちにしている」
二人の会話は、オレたちから見ても良き師弟関係のように感じられた。
「……いやあ、この関係性を是非とも千年王国の奴らに見せたいもんだね」
ふいにそう呟いたのはエスカーだ。
「部下は見捨てるわ、協力者は実験体としてバケモノにするわ。酷いもんだからさ」
「まさに悪の組織って感じはあるよな。だから見せたところで、改心なんてしなさそうではあるけど」
オレの返答に、エスカーは言えてるねと笑う。
「たとえ崇高な理念があるのだとしても。手段を誤った者には相応の末路が待っている……そういうものだろう」
そんな風に語るエスカーの言葉は、確かに首肯したくなるものだったが。
彼の言葉の裏には何か暗喩があるような……考え過ぎかもしれないが、オレにはそんな気がしてしまうのだった。




