262.不和の芽
魔物の襲撃が一段落すると、昨日と同じようにデネル中将がやって来た。
ただ、この日は予め来訪することが打ち合わせされており、時間通りの到着なのだった。
「や、今日もお疲れ様。そろそろ交代するとしようか」
「え? 俺たちまだ――」
「ああ、そうさせてもらおう」
まだ戦い足りない、とテッドが不満がるのを、バランが遮るように了承する。
実のところ、これは昨日交わされた取り決めだった。早い段階で警備を終わらせ、バランたちが自由行動をとるための。
「もし必要があればまた力を貸す。王宮か海軍のどちらかにいるだろうから、報せがあればすぐ駆けつけられるはずだ」
「ん、ありがとうねえ。……じゃあ、頼んだよ」
「やれるだけはやるさ」
遠くの兵には聞こえないようにやり取りを交わして、バランたちはデネル中将と別れる。
そして、ゼフ・ミュールの街中へと戻っていった。
「……テッド、昨日デネル中将と話したことをもう忘れたんじゃないだろうな」
浄水場からの道すがら、バランはテッドを窘める。
注意されたテッドは小さくあっと声を上げて、
「あはは、ちゃんと思い出したって。疑わしいヤツを探すんだよな?」
「頼むからずっと覚えていてくれ。……そうだ、俺たちは千年王国と繋がっている――そうでなくとも王宮や軍に害を為そうとしている奴らを探す」
昨日、デネル中将に鎌を掛けるような問いをしてから。
バランたちは中将より、ある頼みごとを持ち掛けられていた。
それが国に対し造反を企てている者の炙り出しなのだった。
「中将は人を見る目がある……軍の若手たちの中に、ただやる気を失っているわけではなさそうな連中がいるのを、感じ取っていたんだろう」
「ただ、あくまでそういう空気があるというだけ……具体的なことを掴めぬゆえ、外部の拙者たちに探ってもらいたいというのでござるな」
サラルの言葉に、バランは頷く。
警備を任されたと思いきや、いつの間にか密偵をさせられている……お笑い種だなと彼は考えていた。
「まずは王宮だ。国王と謁見の時間を設けてもらっているから、早く行くぞ」
「あっさり言うけど、またこの国の王様とのお話するんだよね……緊張するなあ」
苦笑しながら言うエレンは、確かに動きがぎこちない。
それをアディが隣で優しく宥めていた。
「小さなワールドスクリプト内の話だ。エイヴスでも、アンドルー町長と普通に話していただろう」
「まあ確かに。町長と国王って言葉を比べたら全然違う感じするけど、実態は同じ国のトップやもんなあ」
世界の規模は違えど、アンドルー=クラウスも間違いなくあの国の長だった。
こちらのドニ国王と、立場上はそう変わらないのである。
「掌に人という字を書いて飲むと良いでござる」
「え、何それ?」
「イザヤ村に伝わる緊張の緩和法でな」
「ううん……遠慮しとくね……」
怪しい対処法を拒絶するエレンと、残念がるサラル。
そんな二人の会話からほどなく、王宮が見えてくる。
門番に通されて中に入った六人は、そのまま謁見の間を目指した。
「ほほ……待っておったぞ、若き戦士たちよ」
「遅くなり申し訳ございません。再び謁見の場を設けていただき感謝します」
バランは立て板に水といった感じで、ドニ国王に対しへりくだった話し方をする。
「既にお話は聞き及びでしょうか?」
「うむ、なのでほとんどの兵には下がってもらった。残っておるのは長年仕えておる者だけだ」
見ると、左右に一人ずつ立っているのは四十代前後の壮年兵士だ。
国王の言う通り、長きに亘って忠実な者だけがこの場にいるらしい。
「では、単刀直入に。王宮内にて怪しい動きをしている者はおりますか」
「……いいや、儂は心当たりがない。仕えている兵たちは皆実直であり、問題を起こすような者はいそうもないのでな」
君たちはどうだと、ドニ国王は左右の兵に訊ねる。
「はっ。私も周りの兵に関して悪い噂などは特に聞いておりません」
「強いて言うならば、住民の中には犯罪に走る者もおりますが……大抵は軽犯罪。国に背こうなどという企ての気配は感じませぬ」
両名とも怪しい企ての心当たりなどは特にないようだ。
「王政に不満を抱いている者がいたりは?」
ズバリと聞きこむバランに兵士たちはざわついたが、ドニ国王は手を挙げてそれを制する。
「ゼフ・ミュールのみならず、シーディラやガラバールも含めて住民からの要望は日々届いてくる。国王として何とか方策を考え、皆に動いてもらってはおるが……全ての民が満足しているかと言われると、難しいところであろうなあ」
「しかし、国王様は常に民のことを考え行動してくださっております。不満を口にする者など……」
「良いのだよ。そうした声があることを理解し、耳を傾けることが大事なのだからね」
これまでバランの中ではただボンヤリとした人物、という印象のドニ国王だったが、相応の人格者ではあるようだ。
聞くところによると、王妃を病で早くに亡くしたらしく、国の平穏と幸福を切に願っていた彼女の思いを汲み、何事にも真摯に向き合ってきたのだという。
美談ではあるものの、人を信じ過ぎるきらいがあるのではないか……という印象をバランは持った。
「ただ、そうした不満もごく一般的なものだ。さっき彼も言ったが、国を裏切るような行いの兆しは感じられんよ」
「……分かりました、何も無ければそれが一番です。ただ、気になることが今後出てきたら、すぐに教えていただければ」
「うむ、もちろんだとも。君たちには重ねて苦労をかけてしまうが、どうか引き続きよろしく頼む」
「はい、国王様」
恭しくお辞儀をするバランに、他のメンバーも倣う。
これにてドニ国王との対談は終わり、彼らは王宮を後にした。
「特に収穫は得られなかったね」
港へ続く道を進みながら、アディが言う。
「そのうちボロが出ることを期待して、地道にやるしかない」
「堅実でござるな」
意外そうなサラルの反応に、バランは溜め息を吐く。
他に良い方法があるなら当然それを選ぶだろう。しかし、今のところはこれしかないのだ。
バランも好んで地道な聞き込みをしているわけではなかった。
一同はそれから黙々と歩き、港にある海軍の詰所へとやって来る。
中へ入り、受付に用向きを伝えると、すぐに会議室へと通された。
「ども、海軍少佐のイワンです。話はデネル中将から聞いておりますよ」
会議室にはイワンという先客がいて、バランたちを待っていた。
どうも彼はデネルが可愛がっている部下らしく、事前に連絡を受けていたようだ。
「実を言うと私、皆さんが調査をお願いされるより前から中将に相談を受けてましてね。裏で情報を集めてたんです」
年齢はまだ三十手前くらい。ひょうきんな雰囲気で、ニコニコと笑顔を絶やさないでいる。
軽薄、とも感じられる見かけのイワン少佐だが、それでもデネル中将のお気に入りだ。仕事は出来るに違いないとバランは察する。
「話が早くて助かる。海軍内に怪しい動きがないか、ということなんだが……何かネタでも?」
「ええ、ええ。ま、これがどこまで深刻な問題を孕んでいるかは分からないんですがね」
そう予防線を張っておいてから、イワンは語り始めた。
「海軍内の士気にバラつきがある、というのは皆さんもお聞きしているでしょう。それについて深堀りしてみると、どうも軍の内部で派閥のようなものが出来ているようでして」
「派閥?」
エステルが首を傾げると、
「そうなんですよ。主に若手たちの中でそういうグループ化が起きてしまっているようなんですが……その原因は自分たちの力不足なんですね」
力不足が原因で派閥が出来る、とはどういう意味なのか。
バランはもう少し詳しく説明するよう促す。
「いやね。戦闘力が十分でないことに対し、ポジティブに受け入れられる者もいればそうでない者もいるわけです。弱い自分だが伸びしろがある、と思える者はセイル大将のような強い人を尊敬する一方、どうせこれが限界なのだと思ってしまう者は、セイル大将にやっかみを感じてしまっていると……」
「なるほどなあ。セイル大将って強いらしいもんな!」
テッドがそう言って笑う。彼の場合は明らかに前者だが、後者の気持ちも理解出来なくはないのだろう。
「セイル大将はどういうわけか、戦闘力が他の人よりもずば抜けて高いのでね。やっかみだけならまだいいんですが、何か裏があるのではと邪推する者もいるみたいなんですよ」
「負の感情は暴走しやすい……典型的だな」
バランは溜め息を吐く。彼もそういう感情に呑まれやすいと自覚しているので、他人事とは笑えなかった。
「セイル大将をズルいと思う人たちは、デネル中将やラーク少将がもっと上の立場にあってもいいんじゃないか、そうすれば自分たちにも出世のチャンスが生まれるんじゃないか……と、こんな風に考えているようですね、ええ」
「特別な力がなくとも上に、か。楽な考えではあるが」
「何や甘えがあるようにも感じるなあ」
二人は手厳しい意見を述べる。
「身内のことなんで私はノーコメントで。……ただ、そういうところで軍の中に不和が起きていそうですね」
だからといって何か行動を起こすような者はいませんが、と補足してイワンは苦笑した。
「……分かった、情報提供感謝する。こちらでも何人かにそれとなく訊ねて回って構わないか?」
「若手になら大丈夫だと思いますよ。まあ、怪しまれないよう二、三人にしておいてください」
「それくらいは心得ている」
これで話は終わりと示すように、バランは立ち上がる。
そして退室の間際、振り返りながらイワンに訊ねた。
「ちなみに――イワン少佐はどうなんです。中将がトップに立つべきだと思うことは?」
イワンは虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに笑って、
「あはは……流石にそこまでは無いですよ。そもそも出世意欲があんまり無いんでね」
そう吐露した後、こうも続ける。
「人生、なるべく凪いでいるのが幸せなんです。面倒なことが起きず、丸く収まってくれれば……いつもそんな風に思ってるんですが」
冗談めかした語り口のイワンであったが。
だからこそバランは、それがこの男の本心なのだろうと思うのだった。




