261.教皇の権能
時は少し遡り――。
首都ゼフ・ミュール側では、バランチームが二日目の警備に勤しんでいた。
この日は前日に比べると魔物が多く打ち上がっており、チームで分担して対処にあたることも何度かあった。
「エステル、そいつを逃がすな!」
「分かってるって!」
指示を飛ばされたエステルは、イマジネートで紫の軌跡を描き、雷をヒトデの魔物に落とす。
効果は抜群、逃げることも叶わず、魔物は一撃の下に倒れ伏した。
「一丁上がりっと」
自分たちが担当する場所の処理が終わり、バランは周囲を見回す。
西側にはテッドとエレンが、東側にはサラルとアディがそれぞれ配置に付いている。
戦闘中だったものの、特に手こずることもなく終わりそうだ。
「全力兜割りいっ!」
貝の魔物の硬い殻をまるで気にすることもなく、テッドは斧を振り下ろし。
殻が粉々に弾け飛んだので、後ろにいたエレンは驚きの声を上げ、手で顔をガードしている。
「――そこでござる」
一方、サラルは相手の攻撃に合わせてカウンターを決める得意の戦術を見事に決め。
最小の動作で魚の魔物を仕留めていた。
「お疲れさんー」
中間地点へ集合しつつ、エステルが皆を労う。
「大したことないヤツらばっかりで助かるなあ。もうちょっと暴れたい気持ちもあるけど」
「そうだなあ。俺も骨のあるヤツが何匹か出て来てほしいとは思うぞ」
イマジネーターとしては、些か物足りない戦いだと感じている。
ただ、それはこの世界の人間相手には大っぴらに言えないコメントだ。
この日もバランたちの他に、何名か海軍の兵は警備にあたっている。
ただ、一度か二度の戦闘だけで負傷・疲弊してしまい、離れたところで休憩をとっているのが実情だった。
「……それにしても」
エレンが教会の先輩であるアディを見つめながら言う。
「アディさん、不思議な力を使えるんですね? イマジネートでも魔法でもないような……」
「ああ、やっぱり分かるよね」
訊ねられたアディはやや照れ臭そうにしながら、
「実はこの能力、教皇様からお借りしたものなんだ」
「え……教皇様から?」
聞いたことのない話だったので、エレンは驚く。
「教皇様、そんなこと出来るんですか?」
「僕も最初は驚いたんだけどね。どうも教皇様は特殊な権能を持ってるらしくて、幾つかの能力を他者に貸与することが出来るそうなんだ」
アディはそう説明しつつ、自らが貸与された能力を披露する。
「僕に貸与されたのは、癒しの力。司祭クラスに今回の仕事はややハードかもってことになってね。とにかく命を護れるようにと、補助的な能力を一時的に借り受けられたわけだよ」
「一時的でも、教皇様から力を借りられるなんて凄いです……!」
先輩が教皇から認められている気がして、エレンは自分のことのように嬉しくなったようだ。
目をキラキラとさせながら見つめるのに、アディは更に気恥ずかしさが増してしまった。
「実はこれ、ニオさんにも内緒でね。黙っていてくれると嬉しい」
「そ、そうなんですか。了解です」
何でも、教皇は組織のトップとしては考え方の柔軟なタイプで、例外的なことを独断でやろうとする節があるらしい。
教会には当然ながら様々な規則が存在する。なので教皇の自由な活動にはよく頭を悩まされているという裏事情があるようだ。
アディへの能力貸与も、その一つだという。
「ま、補助系だから魔物を倒すにはちゃんと魔法を使わないといけないんだけど。そちらはまだ未熟だから、皆を頼ることになると思う」
「十分な戦力でござるよ。先の戦いも助かった」
「はは、そう言ってくれると嬉しいな」
サラルに感謝され、アディは照れ臭そうに頭を掻く。
教会では滅多に褒められることもないのだろう、とバランは何となく察した。
他でもない、自分がそういう境遇だったこともある。
「でも、不思議な力ですね。イマジネートでも魔法でも、ましてや闘技でもないんでしょう?」
「僕にも詳細は分からない。……ただ、天使という存在を目の当たりにすると。教皇様も何かしら、特別な力を持った存在なんじゃないかと思い始めたよ」
「特別な力を持った存在、ですか……」
女神の教えを世界に広める、大きな権力を持った組織……セラフィス教会。
そのトップに君臨し、ある種女神の代行者のように崇められる教皇という存在は、特別な力を有していてもおかしくはないように思える。
人心掌握や資金的なものではない、ホンモノの力を。
「――ちなみに、これは単なる噂なんだけど」
話のついでに、という風にアディは切り出す。
「教皇様は今で七代目だよね。でも、何代もそのお顔が変わっていないって話があるんだ」
「お顔が……変わってない?」
理解の及ばない話に目をパチクリさせるエレンに対し、
「そんなん誰が確かめられるんよ。神秘性を高めるためのウワサって感じするけどなあ」
エステルは案外現実主義な考え方で、にべもなくそう否定する。
「あはは、その通りだね。教皇様も普段はお姿を見せられないし、これ幸いと不思議な噂を広めてるか、もしくは勝手に広まったのを放置してるのかもしれない」
「そう考えるのが妥当なところでござろうな」
アディの推測にサラルが同意するものの、
「もしもそれが本当だとしたら……実は教皇様って歳をとらないとか、そういうことになるんでしょうか」
「仄めかしているのは、そういうことなんだろうね」
エレンの問いに、アディはあくまで噂だからと念を押しつつ答えた。
「何だかそうなると……教皇様ってもう女神の生まれ変わりなんじゃないかってくらい凄いですよね」
「女神の生まれ変わり……ねえ」
意味深にアディが繰り返すのに、バランは我慢ならなくなり、つい思ったことを口にしてしまう。
「フン……だったらもっとそれらしい奴が学園にいるだろう」
「あ――」
言葉にしてから、彼もまずかったかと感じた。
もしかしたら、教会関係者のいるところで言及することではなかったかもしれない、と。
「イオナ殿……でござるか」
「……桃色の髪もそうだが、まず名前からしてそのものズバリだろう。隠す気があるのかというくらいだ」
「確かに俺も、女神様と同じじゃん! って思ってたけどな」
テッドはそこまでの感想だったようだが、他のメンバーは少なからず、バランと同じように疑念はあったようだ。
けれど本人の手前、あえて触れることはなかった。言うなれば大人の対応として。
「実際、アイツは女神と関係があるのかどうか……アディさんは知ってるのか?」
言ってしまった以上はと、バランは疑問点を追求する。
問われたアディさんは困り顔になって、
「ううん、僕もその辺りのことは教えられてないんだ。エレンちゃんもだろうけど。気になるからって、先輩方に聞くわけにもいかないし……ねえ?」
「はは……それもそうなんですよね……」
真実はどうあれ、少なくとも二人はイオナ=ピリグリムの素性について何も聞かされていないらしい。
もっと上の階級だと通知されているかもしれないが、ここにいる面々には確かめようもなかった。
「せやけどさあ。もしイオナちゃんが女神と何か関係あるんやったら、バレへんように隠してもええんちゃうかって思うけどな」
「教皇様みたいに、表に出さないとか?」
例を挙げるエレンに、そんな大げさなことやなくて、とエステルは首を振り、
「いやほら、髪を染めるなり偽名を使うなり、やりようはありそうやん? でも、桃色の髪にイオナってそのまんまの名前やったり」
「……それは、確かに」
その指摘にサラルは唸る。
「何か、仮にそうやとしてもバレたって構わん、みたいな感じはするなあ」
「バレても構わない――」
バランには、エステルが何気なく語ったその仮説が、大きな意味を持つように感じられた。
あの少女が、女神イオナと関連することが発覚しても構わないのだとすれば。
いやむしろ、皆がその謎を気にかけるように仕向けているとすれば。
――まさか、それほど大きな謎にも拘らず、それ自体が隠れ蓑として機能している……?
荒唐無稽な考えだ、とバランは自説を笑いたくなる。
けれど、突飛に見える構図の中にこそ、隠された真実があるような気がしてならないのであった。




