260.歴史の目撃者
天使という存在の特殊性。
ヒトではなくヒトを導くものとして在り、ワールドスクリプトを長きに亘って見守ってきたというのなら。
古代と呼べる大昔においても、彼女はそこにいたはずなのだ。
ならば、古代文明が滅び、都市が海に沈むことになった理由も知っていて不思議ではなかった。
「それは……」
パレスちゃんは案の定言い淀む。
その表情から読み取れるのは、知らないからではなく、知っているが口にしたくないという心情。
やはり、彼女は古代文明の歴史を知っている。
その上で、オレたちにかこの世界の人たちにか……言い辛い理由があるのだ。ヤーシャルの実と同じように。
「……はは。正直なところ、君たちを呼んだ時点でいつかは明らかにしないといけないことだとは、分かっていた。それでも隠しておきたかったのは……うん。それが私の――私たちの恥ずべき過去だからだ」
「恥ずべき過去……」
パレスちゃん自らがそう言い捨てるような過去とは、一体どのようなものなのか。
一体古代の人々に何があって、滅びの道を辿ってしまったのか……。
「私はイース・ミュールの天使として、この世界の全てを知悉している。ただ……その全てを説明するのに、少し時間がくれないだろうか」
「今は言えない、と?」
「その過去を語るのに、ちょうどいい場所があるんだ。第四大陸――次に向かうボルノア大陸で、話をさせてほしい」
彼女の言葉を信じるべきか否か。
のらりくらりと躱されたり、ともすればオレたちの前から姿を消すことだって考えられる。
それでも……。
覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見つめるパレスちゃんは、とてもその責務から逃げ出すようには見えなかった。
「……エスカー」
「ハイハイ、あんまり脅すつもりはないから安心してよ」
オレが窘めるように言うと、エスカーはやれやれとばかりに首を振る。
「元々、その辺りで話してしまおうとは思ってたんだろうね? 必要だと判断したところまで、かもしれないけれど」
「君、察しが良くて怖いくらいだ。……本当にただのイマジネーターなのか疑ってしまうよ」
「勘がいいのと疑り深いのが取り得でね。得をすることも損をすることもある、そういうもんさ」
オレもコイツが憧れだけでアトモス学園に入ったイマジネーターなのかは、正直疑ってしまう。
ただ、何か事情があるにしても尻尾すら出さないし、少しも分からないんだよな。
パレスちゃんと同じように、いつか覚悟を決めて話してくれればいいんだが……なんて。
「君の言葉を信用しよう。次の大陸で多くの謎が明らかにされることを期待している。そうじゃなきゃ」
そこでエスカーは、セイルさんたちの方を一瞥し、
「君を大切に思っている人々に、不信感を与えることにもなるんだしね」
「……分かっているさ」
パレスちゃんはそう答え、力なく笑った。
「……あの、パレス様」
緊迫した空気の中、おずおずと声を上げたのはリースさん。
ふいに名を呼ばれて驚くパレスちゃんに彼女は、
「私、パレス様が何を隠してきたかは知りません。でも、それが私たち民を護りたい一心だったことだけは分かります。だってパレス様、とても純粋な心を持ってらっしゃいますから」
「リース……」
「そうっすね。そこのエスカーくんとは真逆ってくらい、嘘を付けなさそうなお人でしょうし。そういうところがやっぱり、慕われる理由だと俺は思ってるっす」
「あの……僕もそう思います。だから、僕らは大丈夫。何をお話になられても、パレス様を恨むようなことは、ありませんから」
若き海軍たち三人の訴え。
護るべき民からの、それは暖かなメッセージで。
「フフ……まさか、君たちにそんなことを言われるとはね。……歴史は繰り返すものだ、情けないが……とてもありがたい」
パレスちゃんは感謝の言葉を述べると、
「私も君たちを信頼しているよ。だからきちんと、全てを説明させてもらおう」
そしてその上で審判を仰ごうと、真剣なまなざしを向けた。
「何だか、俺が悪者みたいになってるんだけど?」
『私たちに調べさせた時点で、そうなることは分かっていたでしょう』
『同上』
「はあ、こういう役回りは辛いねえ」
絆を確かめ合うパレスちゃんたちの隣で、エスカーが溜め息を吐いて肩を竦める。
……辛いと言いつつ、その役回りを好きで選んでいるような気はするのだけれど。
「……しかし」
ユベールさんがふいに呟く。
「これでようやく、この世界を取り巻く謎が明かされることになるのかな……?」
「あら、あなたも気になっていたのねえ」
「当然だろう……謎ほど神秘に満ちたものはない。そしてそれが紐解かれる瞬間もまた魅力的だ……」
「ハハ、俺もそれには同意見ですよ」
ユベールさんの語る価値観に、エスカーは賛同の意を示す。
どうも先輩も、好奇心の面ではエスカーと似通ったところがあるらしい。
まあ、普段からインスピレーションがどうとか言ってるくらいだものな……。
「もう明日には第四大陸に向かうんでしょうし、謎解きの時も近いわね」
「だね。パレスちゃんが話してくれるのを、大人しく待つとしましょう」
チーム内に、パレスちゃんの覚悟を疑う者はいないようだ。
イオナの言う通り、後は第四大陸で全てが明かされるのを待つとしよう。
その秘密がどれほど驚くべきものだったとしても。
オレたちは――そしてきっとこの世界の人々は、それを受け止められるだろうと信じている。




