257.暗闇に潜む魔
広い空洞を直進することしばらく。幅が狭まってきたと思ったところで、分かれ道が現れる。
さっきパレスちゃんが言っていた通り、遺跡へ続く道には目印として大きめのバツ印が刻まれていた。
細い道に入り、少しするとまた広めの空間に出る。
それを何回か繰り返したところで、ようやく違う景色が見えてきた。
「あれは……」
崩落が起きて生じたような、岩石の入り混じった土壁。
その一部に、自然のものではない何かが見える。……恐らくは建造物の柱だ。
「今あるガラバールの街とは逆側に、古代人の生活圏があったようだ。埋もれているこの遺跡は背面のようだからね」
「だからこんな洞穴の奥に埋もれてるのか……」
ガラバール側には古代人の遺物はあまり無いようだったが、こちら側には目の前に眠る遺跡の他にも複数、建造物の跡があるという。
それらは全て過去の崩落に呑まれ、今は地中に存在しているわけだけれど。
「小規模な崩落は今も発生していてね。ほら……地上からの光が射し込んでいる部分もある」
パレスちゃんに言われて見上げると、なるほど天井が崩れて外と繋がっているところがあった。
それなら反対側のどこかから、この遺跡まで来られる楽なルートもあるんじゃないかと思ったのだが、そう甘くはないらしい。
ガラバール近郊はしっかり開拓され地形も整備されたが、反対側はやはり険しい山間部。
西側から船を着けたとしても起伏の激しい場所を登ったり下ったりしなければいけないため、だったら洞穴を進んだ方がまだ楽なようだ。
「機構はあの遺跡に入ってすぐのところにある。裏手だからね」
「了解。じゃあ、さっさと行こうか――」
「いや、待って」
先へ進もうとするオレを、ルカが制止する。
その表情を見るに、怪しい気配を察知したらしい。
ほとんど同時にエスカーも気付いたようで、後の面々はそれで注意を向け、異変を察することが出来た。
「嫌なマナの流れ……」
「……なるほど。ここでも待ち構えられているらしいね?」
単なる魔物のものではない魔力。
周囲の空気が冷え込んでいくような、悍ましいこの気配は……。
「また、イレギュラーか……!?」
答え合わせは早かった。
遺跡方面の壁が激しい音を立てて吹き飛び、砂煙が巻き上がる。
それが晴れたとき、オレたちの目の前には黒き怪物が立ち塞がっていた。
間違いない……こいつはイレギュラーだ。
「そんな――どうしてまた機構のそばに……!」
パレスちゃんは、ウルラ大陸でイレギュラーに対峙したときと同じような反応を見せる。
前回に続いて、ここでも機構のすぐ近くにイレギュラーが出現しているのは確かに奇妙だった。
やはり人為的なもの――千年王国の作為を感じずにはいられないが。
「何にせよ、こいつを片付けないとな……!」
封印機構を停止するため、こいつを倒して奥に向かわなくてはならない。
疑問は増すばかりだが、今のオレたちが出来るのは倒して進む、ただそれだけだ。
『どうやらこの個体も、ウルラ遺跡で戦ったイレギュラーと同程度のようです』
「そうね、前と変わらないように見えるわ」
マルの伝えてくれた情報に、フェイが同意の言葉を返す。
大きさも体の構造も、確かにウルラ遺跡のイレギュラーとそう変わりは無さそうだ。
「さっさと片付けるとしよう」
「そうだね!」
相手も既に敵意を剥き出しにしている。
こちらも全力で迎え撃ってやるとしよう。
『***……!』
イレギュラーは唸り声を上げ、こちらへ飛び掛かってくる。
両腕が伸縮し、壁にゴリゴリとぶつかりながら迫ってきた。
「うわっと……!」
デスモドンのような下級モンスターと戦うならまだしも、イレギュラー戦だとここは少し狭い。
なんとか全員躱しはしたが、両腕の振り回しはかなりの広範囲攻撃だった。
「暴れられると困るね……それなら……」
ユベールさんは弓を引き放つ。
放たれた矢は光り輝いており、イレギュラーの右足を貫通して地面に縫い留めた。
その矢から光が糸のように伸びていき、足を絡め取る。
移動妨害の効力を持つ攻撃か……これもまた便利な技だな。
『**……!?』
片足を動かせなくなったことに気付き、イレギュラーは困惑している。
そこで生じた一瞬の隙を見逃さない。
「氷刃!」
「喰らえーっ!」
左右から、刃と掌底の同時攻撃。
イレギュラーの外皮が固いため、エスカーの斬撃は浅かったが、ルカの掌底はマナの浸透でしっかりと効いているようだ。
左腕の方がぶらんと垂れ下がっている。
「へへん……っと!?」
ただ、相手はイレギュラー。痛覚によって躊躇いが生じることなどない。
破壊された左腕をそのままムチのように振るい、ルカに反撃を浴びせてきた。
間一髪のところで彼女は後方へ飛び退く。腕は岩壁に当たって再び土埃を発生させた。
「ひえー……!」
「変則的な攻撃も恐ろしいですが、もっと恐ろしいことがありますね……」
ボロボロと落ちる岩壁の破片。
ここが洞穴の中であることを考えると、激しい衝撃で落盤が起きてしまわないかが心配だ。
そういう意味でも、ユベールさんは先んじてイレギュラーの動きを封じてくれたのだろうが。
「動けなくすればよいのでしょう?」
そう笑い、攻勢に転じたのはシャーロットさんだ。
青く輝くサファイアの宝石を手にすると、そこから白い霧が漏れ出す。
「凍りなさいッ!」
あの白い霧は冷気だ。シャーロットさんが手を振るうと、白霧がイレギュラーに襲い掛かった。
凄まじい勢いでイレギュラーに吹きつけた霧。過ぎ去った後には、イレギュラーの体の至る所が凍り付き、氷柱が生えている。
『……***……!』
思うように体を動かせなくなり、イレギュラーは呻き声を上げた。
「凍ってくれたなら……!」
ウルラ大陸で見たシャーロットさんの必殺技。
巨大なハンマーを打ち下ろす、そんな攻撃をオレ自身もかつて試みたことがある。
今こそあの形状を、もう一度使うときだ。
「うおお……ッ!」
黒霧をハンマーへ変化させ、両腕でしっかりと柄を握る。
そのまま全力で横に振り抜くと――イレギュラーは腹部を中心に砕け、上下分断されて吹き飛んでいった。
「よし――」
今の一撃で勝利を確信したが、緩みかけた気をすぐに引き締める。
体を真っ二つにされてなお、イレギュラーは反撃の意志を見せていたからだ。
恐るべき生命力――エイヴスでも、死の間際に相打ちを狙われたことがある。
やはり命尽きるその瞬間まで、油断の出来ない相手だ。
「ふっ……!」
可能な限りの速さで、ハンマーを巨大な盾へと造り変える。
それが完了したのとほぼ同時に、イレギュラーの口から高魔力のレーザーが発射された。
オレは真正面から盾でそれを防御する。
闇属性の攻撃――大丈夫だ、今回も問題なく受け切れる。
「……はあッ!」
レーザーを防ぎ切り、今度は盾を剣へ。
攻撃が空振りに終わり、もはや為す術なく地上へ自由落下していくイレギュラーの上半身を狙って。
最後の一閃を、振るう。
『**……*……』
頭部を真っ二つにされたイレギュラーは、流石にそれ以上生きながらえることは出来なかった。
ぐしゃりとその身が崩れ落ちると、もう二度と動くこともなくなる。
「……これで終わり、だな」
ふう、と一つ息を吐き、能力を解くと、
「お疲れ!」
イオナの元気な労いの声が洞穴にこだました。
「今度のイレギュラーも、難なく倒してくれたね。期待通りの活躍をしてくれて嬉しいよ」
「俺たちが手こずったら、天使サマも力を貸してくださいよ?」
「ハハ……そのときはもちろん、手を貸そう」
エスカーの皮肉に、私だって困るからねとパレスちゃんは笑う。
「……それにしてもダイン。貴方の能力、本当に便利なものね。私の能力を真似するだなんて」
「ハンマー形態は一度やったことがあるんですよ。シャーロットさんが使った技で、それを思い出したんです」
「何にでも形を変えて、それをしっかり使いこなせるのが立派なところだわ。やっぱり、噂に違わず……でしたわね」
「あんまり良い噂ばっかりじゃないんですけどね……はは……」
最初に立った噂は、初日から指示に従わず魔物を倒した、だしなあ。
「さてと……忘れずにキャプチャを使って」
歪んだマナが還元されないようテスタマイザーを操作して回収を行う。
ウルラ大陸のものと合わせ、今のでようやくバンク内の容量が八割ほどに達したようだ。
エイヴスで戦ったイレギュラーのマナ結晶は、一体分で七割ほど容量を食っていた。
やはりイース・ミュールのイレギュラーは、少し弱めの個体なようだな。
「回収も終わったし、後は封印機構を止めるだけだな」
「ああ。想定より時間がかかってしまった。早く停止して、船の様子を見にいくとしよう」
パレスちゃんの言葉に頷き、オレたちは遺跡の中へと入っていった。




