254.消息と過去
「行方知れずの海族団、か」
食堂を出て、邪魔にならない場所へ移動したオレたちは得られた情報について話し合う。
「セイルさんたちも、この情報は初耳だったんですね?」
「はい。貿易ならいつどんな荷物を運ぶのかという申請が必要ですが、開拓目的の活動についてはほとんど縛りがありませんからね。最近の動向について、海軍が把握していないのもおかしくないのです」
「厳しくしたって仕方ないからね。それは海族たちの夢に水を差すようなものだからさ」
新大陸を夢見て航海する海族たちに、逐一どこへ向けて出発し、いつ頃帰るのかと報告させるのは無理がある。
なので、最低限の手続き以外は基本的に自由にやらせる、というのが国の方針だった。
「ちなみに、ヌシと呼ばれる魔物については情報が入っています。第五、第六大陸周辺に生息している魔物のようで、数年前から危険海域に指定されていますね」
「不用意に近づかない、異変を感じたらすぐ逃げる。海軍はこれを周知しています」
セイルさんとラークさんが代わる代わるそう説明した。開拓を目指す海族に配慮し、進入禁止とまではしていないようだ。
「そのアルゴニオ海族団が、魔物にやられちまったってのはあり得るけど……」
「もっと嫌な可能性も考えられるんだよねえ」
エスカーが仄めかす可能性については、オレも想像している。
他の面々も、何人かは頭の中に浮かんでいるだろう。
「千年王国と接触してしまった……それも考えられるよね」
イオナが出した答えに、オレたちは同意する。
「そして仮に王国と出会っていたとして、更に幾つかのパターンが推測されるわね」
「王国に敵対したか、味方したか……」
ルカが悩ましげな表情で呟く。
「味方するにしても、そこまでの理由は思いつかないけどね」
「夢を叶えてやる……とかかい……?」
「王国の戦闘能力は魅力かもしれませんけど、素性不明の奴らと一緒に新大陸を目指そう、なんてならないんじゃないですかね?」
「ウン……僕もそう思うよ……」
分かっていながら、あえて他に否定させることで自説を補強したかったらしい。
ユベールさん、そういう論法を使うこともあるんだな。
「だとすると、敵対ルートの方があり得そうなわけで」
「この世界の方々が、あの王国に勝てるとは思えませんわね」
シャーロットさんが言い辛いことをストレートに言ってくれる。
……そう、如何にトップクラスの海族であろうと、相手の力量は絶対にもっと上だ。
オレたちがまとまって戦っても、きっと苦戦させられるレベルの敵だろうから。
「ハニー=デポルはこの世界に協力者がいると話してた。殿方って呼んでたし、性別も男に違いない。嫌な予感はするよな」
「そうだねえ。決めつけは良くないけど、今揃ってる情報だけだとそういう風にも繋げられる」
たとえ好意的ではないとしても。
力の差ゆえに屈服させられ、従わされているという可能性はゼロではない……。
「アルゴニオ海族団の情報、もっと欲しいところだね」
「一番いいのは、直接会って真偽を聞くことだろう……」
ユベールさんの言葉は尤もだが、果たしてそう簡単に出会えるかどうか。
千年王国が接触を回避するよう、策を講じていることだってあり得るのだし。
「とりあえず、今はアルゴニオ海族団を気にかけておくことしか出来ないね。彼らのことを探りつつ、出会えたときに疑念をぶつけてみることにしよう」
「……だな」
現状、そのスタンスでいるのがベターだろう。
「……どうかしました? セイルさん」
ルカの声が聞こえてそちらを向くと、彼女はセイルさんを訝しげに見つめている。
どうやらセイルさんが、話の途中から何かを考え込むように黙り込んでしまったのが気になったようだ。
「ああ……いや。ごく個人的なことでして」
「個人的な……?」
聞いておきたい、と求めるようなルカの視線にセイルさんは困った顔をしながらパレスちゃんの方を見る。
何故か視線を向けられたパレスちゃんだが、神妙な面持ちで一度頷くと、
「話しておいた方がいいんじゃないかな。私も、君に関係があるんじゃないかとは思っていたからね」
セイルさんに穏やかな調子でそんな言葉をかけた。
「――承知しました」
真剣な表情でオレたちを見回すセイルさん。
ここで話しておくべき彼の個人的事情とは一体……。
「皆さんは、この世界の人間が魔物と戦うに足る十分な力を持ち合わせていないと既に聞いていますね。ただ、自慢するつもりはありませんが、私は他者と比べると高い戦闘能力を有しているようです」
「まあ、それは実感してますよ。何度も肩を並べて戦ってくれてますし……」
「ラークさんも頑張ってるけど、やっぱりセイルさんの方が強いもんね」
ハッキリとルカが言うもんで、ラークさんは少し眉をピクリと動かした。
そういうのはオブラートに包むべきだと思うぞ、ルカ。
「では、自分と他者とで何が違うのか。それを考えるとき、自身のとある過去と向き合わざるを得なくなるのです」
「とある過去、というのは」
「……実は、私には過去の記憶がありません。十五年前に海から流れ着いた記憶喪失の男……それが私なのですよ」
「え――」
誰もが絶句するしかなかった。
朴訥で温和なこの青年大将に、まさかそんな事情があったなんて。
「私は首都で生まれ育った人間ではない。北方にある大陸のいずれかで海に溺れ、流されてきたのでしょう」
「幸いにも、浄水場近くに流れ着いた彼は管理人のレビラに発見されてね。回復後、記憶喪失であることが判明してからは両親を必死に探したりもしたんだが、全く手掛かりはなかった」
首都ゼフ・ミュールのどこにも家族はいない。ゆえに北方の大陸から流れてきたという裏付けになったわけだ。
……なるほど、これで何となく分かった。何故セイルさんが考え込んでいたのかが。
「第五大陸に人が生活していた形跡がある……さっきマスターが話していたそれが気になったんですね」
「ええ、そうです。流れ着いてから十五年、どこにも私を知る人間がいなかった以上……第三大陸より北に手掛かりがあるのではと、予想していたので」
「その手掛かりが不意にもたらされたわけだ」
エスカーが言うのに、セイルさんは同意する。
「もしかしたらそこに……私の過去があるのかもしれない」
「セイルさん……」
彼の抱える苦しい過去を思うと、オレも胸が痛んだ。
「セイルが北方大陸から流されてきたとすると、彼の強さの理由も察せられる。凶暴な魔物が棲むであろう大陸に住んでいたんだ、それに対処出来る程度には強くないと、生きていけないだろうからね」
そういう環境で生きてきたからこそ、セイルさんは強い。
彼の力はただ特別なものというわけではなく、きっと失われた過去から引き継がれたものなのだ。
「これが、私の抱える事情です。突然こんな過去をお話することになってしまい、申し訳ありません」
「いえ……話してくれてありがとうございました。おかげでセイルさんの強さの秘密が分かりましたし」
「北方に人が住んでいる可能性ってのも、浮上してきたわけだしねえ」
第五大陸か他のどこかに人の住む場所があったとして、それは千年王国ではないはずだ。
セイルさんが流されてきたのは十五年前。ハニー=デポルが訪れた時期と整合性がとれない。
ただ、北方に住まう人々についても嫌な予感というのは拭えなかった。
千年王国が彼らに狙いを定めたなら……アルゴニオ海族団と同じく、最悪のパターンも有り得るからだ。
「ただ、こちらも現状は心に留めておくしかない。航海を続けるうち、答えは自ずと明らかになるだろう」
パレスちゃんの言う通り、答えにはいずれ辿りつくことになるはずだ。
北の大陸で生きた人間か、或いは生活の痕跡を直接目にすることになれば。
「話すべきことも話しましたし、当初の目的へ舵を切るとしましょう」
「そうだね。今回は時間もかかるだろうから、なるべく早く向かった方がいい」
封印機構が入り組んだ場所にある、とパレスちゃんは事前に説明していた。
今なら分かるが、恐らく機構は眼前に広がる鉱山のどこかしらに存在するのだろう。
果たしてその予想は当たっており、
「封印機構は鉱山の中……そこに埋もれた遺跡の奥に設置されています。入坑には手続きが必要なので、まずは鉱山の管理事務所で許可を貰いましょう」
「了解です」
セイルさんの言葉に従い、オレたちはまず鉱山の管理事務所を目指すことになる。
リースさんたち若手三人組には船に戻ってもらい、残り全員で街の小高い場所にある事務所へと歩き始めるのだった。




