253.アルゴニオ海族団
「――アルゴニオ海族団?」
食堂で賑わっている海族の人たちに声を掛けていたオレたちは、既知の伝承以外にとある噂話を耳にすることとなった。
それが今口にした、アルゴニオ海族団についての噂だ。
「ええ。パレス様や海軍の方々なら、お聞きしたことはあるでしょう」
「確か、数ある海族の中でも一、二を争う実力を持っているところだったかな?」
パレスちゃんの言葉に、バンダナを巻いた海族の男はまさしくと頷き、
「最近はもう、あの海族団がトップだと言う者がほとんどですがね。彼らの凄いところが、少数精鋭で海族稼業を行ってるところなんですよ」
海族団の規模はピンキリだが、強い団になるほど人数も増える傾向にある。
第五大陸フォカラに辿り着いたことのある海族はまだ三団体しかなく、うちアルゴニオ海族団を除いた二団体は、どちらも五十人規模の海族団らしい。
しかしアルゴニオ海族団は、総乗員が十数名しかいない、まさに少数精鋭の一団なのだそうだ。
「団の名前にもなっているように、船長はアルゴニオ=ソーンダイク。三十そこそこの歳で、優秀な船員を次々ヘッドハントしていって、あれよあれよという間に北上を果たしていった、海族のカリスマ的存在です」
「第五大陸まで行ったことのある海族は、三団体ともこちらで把握しています。アルゴニオ海族団が初上陸を果たしたのはその中で最も遅かったのですが、なるほど新進気鋭の海族団だったというわけですね」
歴史という点でも、アルゴニオ海族団はかなり新しいチームのようだ。
結成されてせいぜい十年以内なはずだという。
ここまでの話を聞く限り、アルゴニオ=ソーンダイクという男は相当の実力かつ人望も厚そうだという印象を持った。
「……ところが」
バンダナの海族はビアジョッキをテーブルに置きながら、切り出す。
「そのアルゴニオ海族団の活動が、知らない間に途絶えちまったらしいんですよ。最近は誰も、船長や船員の姿を見てないそうでして」
「そうそう。だからアルゴニオ海族団に憧れてる俺みたいなのは、心配してんだ。あの人らに何かヤバいことでもあったのか……ってなあ」
小太りの海族が、遠い目をして呟く。すっかり赤ら顔で、良い感じに酔いが回っているらしい。
「ヤバいこと、ねえ」
「具体的にどんな噂が立っているのかしら?」
シャーロットさんが訊ねると、
「コイツは心配性なんで、あまり信じない方がいいとは思いますけど」
とバンダナの海族が前置きをした後に、
「彼らは開拓オンリーの海族団なので、次の目標は当然第六大陸への上陸でした。必ず辿り着いてやると意気込んでいたんですが、それから上陸出来たという報告も無いまま行方知れずになったので……」
「海の魔物にやられたか、或いは上陸出来たところでそこの魔物にやられたか……そういう噂も立ってるんだよ。悲しいことになあ」
魔物にやられた、か。海族が航海の途中に消息を絶ったなら、そういう可能性が真っ先に挙げられるのも頷ける。
強い海族たちだったとはいえ、それはこの世界の平均から見ればだ。北上した先の凶暴な魔物には太刀打ち出来なかった……そういう末路は確かに考えられる。
憧れている人たちには申し訳ないけれど。
「もっと詳しい話が知りたければ、マスターに聞いた方がいいかもしれない。この店にはよくアルゴニオさんが来てたそうで、仲良くしてましたから」
「ふむ……そうしてみるよ。どうもありがとう」
パレスちゃんが礼を言うと、男はとんでもありませんと大げさに首を振った。
……まあ、世界で一番偉い人にお礼を言われたわけだから、大げさってわけでもないか。
海族たちとの会話を切り上げ、オレたちは食堂の店主に声を掛けてみる。
気さくな性格のマスターは、今しがたのやり取りを耳聡く聞いていたようで、すぐにアルゴニオ海族団のことを教えてくれた。
「アルゴニオは随分と面倒見のいい奴でねえ。俺より五歳くらいは年下なんだが、周りからは頼れる兄貴分って感じで慕われてたんだ」
「ここによく食べに来てたと聞きましたけど」
「常連だったよ。ここが今でも繁盛してるのは、あいつのおかげもあると思ってる」
アルゴニオ船長は海の知識に精通しているだけでなく、兄貴分と呼ばれるに相応しい懐の深さで、稼ぎの少ない小規模な海族団に食事を奢ったりもしていたらしい。
彼の才能や人望を妬むような者も少しはいたらしいが、ほとんどの海族はアルゴニオ船長やその海族団に対して好意的で、憧れの存在であるようだった。
「そうだな……あいつが店に来なくなったのは半年ほど前からだ。近々アリアーナ大陸……つまり第六大陸に乗り込むと話していたのが最後だった」
「何かそのとき、気になることはありませんでしたか?」
セイルさんの質問に、マスターは記憶を辿るように目を瞑ってから、
「……関係があるかは分からんが、アルゴニオは大陸の調査に関してこんなことを話していたんだ。第五大陸には人が生活していた形跡があるってな」
「人が生活していた……?」
「崩れちまってはいるが、古代というには綺麗過ぎるものだったそうだ。未開の地に人が住んでいる可能性……その真相を確かめたいと、あいつは語っていたよ」
未開の地に住む人間……もしかしたらという推測でしかないけれど。
それがこの世界の人間ではなく、千年王国の構成員だという説も考えられる。
もし、アルゴニオ海族団が千年王国と接触していたなら。
彼らは異世界の侵略者に対してどのような態度をとったのだろう……。
「北の海にはヌシと称される魔物が棲んでいるらしく、アルゴニオ海族団はそのヌシにやられたんじゃないかという噂もあるが、俺はそうは思わない」
「ヌシ、ですか」
「目撃した上で生還出来た者が少ないんで、情報は多くないんだが、かなりの巨体を誇る魔物らしい。ただ、アルゴニオは船長として的確な判断の出来る男だ。そんな魔物には近づかないようにするだろうし、襲われても上手く逃げられるはずさ」
マスターは随分とアルゴニオ船長の実力を買っているようだ。
彼がどれほどの能力を有しているのか、一度会ってみたいとは思うけれど。
「何にせよ、当のアルゴニオ海族団は現在行方不明。考えられそうな理由は第五、第六大陸あたりで何かトラブルがあったかも……という感じですか」
「トラブルとは思いたくないがな」
ネガティブな推測を口にしたくないマスターは、そう答えるに留まる。
ただ、彼には申し訳ないが、少なくともアルゴニオ海族団に予期せぬ何かが起きた可能性は高そうだ。
「色々教えていただいて、ありがとうございます。そろそろ私たちは出発するとします」
「ああ、気を付けてな。……それから」
別れ際、マスターはオレたちにこんな言葉を託す。
「もしアルゴニオに会うことがあったら……早くまた飲みに来いと、伝えておいてくれ」
セイルさんは分かりましたと頷き、そしてオレたちは食堂を後にするのだった。




