251.先輩たちの事情
世界に夜の帳が下り、暗闇と静寂に包まれていく。
オレたちは夕食をとり、各々入浴等を交代で済ませていった。
宿の部屋は四つだったので、船室と同じように分かれて寝ようと決める。
そして、就寝までの間は主として雑談に興じるのだった。
「今更ではあるんですけど」
学園のメンバーが全員揃った部屋で、オレは先輩二人に向けて質問を投げかける。
「二人は一週間以上もこっちに滞在して問題ないんですか? 講義の抜けとか、校長が便宜を図ってるならいいんですが」
「フ……それなら心配無用さ。君たちのサポーターとして、同程度の措置を受けられることが確約されている……」
「でなければ、流石に来ませんわ。私たちにとっても、将来への足掛かりになるというわけですのよ」
各種補填や、恐らく個人の成績なんかも特別にプラスされることになっているんだろう。
もちろん、活躍の度合には応じるのだろうが。
とりあえず、先輩方にもちゃんとメリットがあって、納得してのことなら良かった。
「僕個人としては、評点よりも大事なものはあるけれどね……」
「大事なもの?」
ルカが聞き返すのに、ユベールさんは小さなハープを鳴らし、
「若き英雄の活躍を間近で見届ける、ということさ……」
と、至極真面目な調子で答えるのだった。
「前も聞きましたけど、英雄ってフレーズ好きですね、ユベールさん……」
呆れ気味にオレが言うと、もちろんさとユベールさんは微笑む。
彼に言わせれば、吟遊詩人とは英雄の物語を詠うものなのだとか。
「世界を救うのだから、英雄と呼ばれるに値する大偉業に違いない。そうだろう、天使パレスよ……」
ユベールさんがふいに入口の方を見やりながら言うので、オレも気配を察知した。
どうやら部屋の前で、パレスちゃんが盗み聞きをしていたらしい。いつからかは知らないが。
「中々優れた感知能力を持っているね」
「なに、音楽を奏でる者として、音には特に敏感なだけさ……」
なるほど、単に気配というよりも、衣擦れの音や足音などで察知出来たわけか。
「異世界人である君たちの話を聞くのは、面白いかなと思ってね。その……別に私のことで何か言われてるか気になったわけではないよ?」
「ソレ、語るに落ちるってやつじゃないの?」
ルカの突っ込みにパレスちゃんはう、と言葉を詰まらせて、
「い、いいだろう? 如何に天使といえども、どう評価されているかは気になる性質なんだ」
と案外あっさり認めた。
薄々思ってはいたが、どうも彼女は外面を気にしている節がある。持って回ったような話しぶりも、自身の小心を隠すためのものだったりしそうだ。
「コホン。さっきの問いかけだけれど、世界を救ってくれたならば、当然英雄と呼ばれてしかるべきだ。君たちは既に一度、エイヴスを救っている……私たちの世界もまた、同じように救ってくれると信じているよ」
「そりゃ、全力で頑張るつもりではいるけどな」
さて、パレスちゃんやユベールさんのお眼鏡に適う英雄譚に出来るかどうか。
「……ユベールの話はどうでもよいとして。私にも一つ個人的な事情がありましてよ」
そこで話を切り出したのはシャーロットさんだった。酷いなと呟くユベールさんを無視して、
「パレスさん。私、貴方に聞きたいことがございますの」
「……ふむ?」
指名を受け、パレスちゃんはシャーロットさんの方へ顔を向ける。
「貴方、これまでに私たち以外の異世界人と会ったことはないのかしら?」
「君たち以外の……?」
予想外の質問だったのだろう、パレスちゃんは眉間にしわを寄せ問い返す。
無論、これはオレたちも予想していない問いだった。
シャーロットさんは何を聞き出そうとしているのだろうか。
「……少しばかり身の上話をさせていただきますわ。私の生家……メイガス家はそれなりの資産を有する貴族でして、ロウディシアでも認知度は高い方でしょう。ですが、一族が遥か昔から資産家だったわけではなく、数十年前のあるとき、私の祖父にあたる人物が財を成し、貴族階級まで上り詰めたそうですの」
周囲の人間は、どうやってメイガス家が財を成したのかがまるで掴めなかった。
噂ばかりが独り歩きし、投資で一山当てたのだとか、非合法なことに手を染めているだとか、一時期は事実無根な悪評まで囁かれていたらしい。
「祖父はそれまで一介の請負人で、違うところと言えば報酬よりも未知の場所へ赴くことが好きだったということくらい。そんな祖父が何故、突如として大金持ちになったのか……伝わっている話では、どうも祖父は仕事で向かった先で、不思議な物質……鉱石のようなものを手に入れたのだとか」
シャーロットさんが物心ついた頃にはもう、祖父はこの世の人ではなかった。
そのため彼女が知る情報は、全て家族から伝え聞いたものなのだ。
「祖父はその物質を売却し、一夜にして資産を築いたようですが、手に入れた場所については頑として語りませんでした。しかし、ただ一言だけ、祖母にこう仄めかしたことはあったそうですの……導きがあった、と」
導き。意味合いとして、それはどことなく超常的なものを彷彿とさせる。
いや、もっとハッキリ言ってもいい……セラフィス教会がこう伝えているじゃないか、困難や危機が訪れた人を、天使が導くと。
「祖父が困っていたかどうかは関係なく、導きというのが天使を仄めかしているのではないかと私は考えていましたわ。そしてエイヴスの一件で天使が実在していることが分かり、今では直接話すら出来てしまっている……推理の答え合わせをしたくなるのも、当然というものでしょう?」
「……なるほどね」
長い語りを聞き終えて、パレスちゃんはひとまず相槌を打った。
それからしばらく考える素振りを見せたあと、シャーロットさんに答を返す。
「生憎、私はそのような人物と会った過去はないなあ。もし君のお爺様が本物の天使と出会っていたとして、それは私以外の誰かなんだろう。持ち帰ったという物質については……特に私から言えることはないね」
パレスちゃんの口から語られたのは、シャーロットさんの期待する答えではなかった。
結局、可能性は可能性のままハッキリとせず……一大財産を築く元となった鉱石についても、どんなものだったのか分からないままだ。
その答え方も曖昧で、見当がついていて黙っているのか、或いはパレスちゃんにもまるで不明の物質なのか判断出来ない。
そして、これ以上の言葉は引き出せそうもなかった。
「まあ、構いませんわ。天使の実在が確かめられた以上、片っ端から訊ねていけばいいだけですものね。ちなみに、貴方と同じ天使は何人いらっしゃるのかしら?」
「……七人だ。その人数から私たちは七天使と呼ばれることもある」
七天使……すると少なくとも、人に試練を与える役目を担う存在が七人いることになる。
パレスちゃんのような跳ねっかえりが他にいるのかは分からないが……異世界の危機はこれからまだ何度も続いていく、それは間違いない。
巡礼の旅が続いていくという預言の、それは裏付けみたいなものでもあった。
「俺たちのまだ出会ってない天使サマが、お優しいことを祈るばかりだねえ」
皮肉るようなエスカーの口振り。
しかし、本当にそうであってくれればいいなと、オレもそう思わずにはいられないのだった。




