250.動かされる駒
ダイン=アグナスたちのチームが千年王国のハニー=デポルと接触し、遺跡から引き返してきた頃。
バラン=カーファたちのチームはメンデレイア浄水場近辺で、指示に沿って警備を行っていた。
「――孤月」
浜辺に打ち上がった魔物を、容赦なく斬り捨てる。
サラルの一振りで、ピチピチと跳ねていたブレードフィッシュは動かなくなった。
「――ペイント:パープル!」
エステルはその隣で横歩きしているハンマークラブに雷を落とし、同様に一撃で勝負を決めた。
「……フン。陸に上がったら勝負にならんと分からないのか。まあ、分からないんだろうな」
後方で腕組みをしながら見ていたバランは、呆れたように呟く。
海から上がってくる魔物は動きも鈍重で、そもそも低ランクばかりだったので彼らにとっては手応えの無い相手だった。
「どちらかと言うと、魔力に釣られて上がって来ちゃったって感じだよね」
エレンが言うのに、そうだねとアディも同意する。
「低ランクの魔物だし、知能もあまり無いんだろう。僕らからすれば楽勝だけど」
苦戦しないのであくまでロウディシアから来た面々だけ。
現地の人間からすれば、こうした魔物でも倒すのに難儀するようだ。
事実、バランたちの他に警備を任された兵士が二人いたのだが、どちらも魔物が海から上がってきた際、倒しきれずに助けを求めてきたのである。
「動きは悪くなさそうなんだけどな!」
兵士の戦いについて、テッドはそう評価する。
勉強は苦手な彼も、戦闘能力――とりわけ近接戦における技術は優秀だ。
そのテッドが悪くないと言うのだから、技の練度が低いというわけではないだろう。
「やはり、身体能力そのものか……」
バランはそう結論付ける。この世界の人々の戦闘能力については、既にアディから話を聞いていた。
身体能力……それから恐らくはマナを操る能力。どうもイース・ミュールの人間は、この二つが劣っている。
「そういう世界だから、で済ますしかない問題なのかもしれないが……大変なものだな」
自分がこの世界を統治すると者だったら、酷く頭を悩ませそうだと、バランはそんな意味の無いことを考えて溜め息を吐いた。
「君たち、お疲れ様。キッチリ魔物を倒してくれて助かるよ」
そこで、街道の方からデネル中将がやって来る。緩々と手を振りながら、バランたちに労いの言葉をかけた。
「少し早いけど、今日のところは終わりにしてもらっていいよ。後は私が代わるとしよう」
「正直、まだ消化不良といったところだが。こんなもので構わないのか?」
「ハハ、君たちは元気だけど、ウチの若手がへばっちゃってるからねえ。丁度いいタイミングというわけ」
「……了解した」
確かに遠くで座り込んでいる兵士二人には疲労の色が見える。
それに、バランたちとの能力差にやや自信を失っているようにも感じられた。
「どうだった? 彼らは」
デネルに問いかけられ、それが兵士の評価を求めるものだとすぐに悟ったバランは、先ほど感じたことを素直に伝える。
その所感を聞いたデネルは深く頷き、
「ウン、的確な評価だ。魔物との戦いにおいて、私たちは苦戦を余儀なくされる。だから特に若手たちは、自分がこんなにも無力なのかと挫けやすいんだよ」
「なるほど……」
デネルが最初に話していた士気の低下とはこういうことかと、バランは得心する。
思い描いていた仕事像との乖離。確かに心が折れるのには十分な理由だ。
ただ……。
――何だ?
ふいに、テスタマイザーに通知が来た。
あるとすれば校長からの連絡か何かだろうと思ったが、内容を見たバランは驚いて目を見開く。
「は……?」
「どうしたん?」
エステルの問いに、しかしバランは暫く絶句したままで、ようやく口を開いたかと思うと、
「……ふざけやがって」
と、誰に向けてか分からない悪態を吐いたのだった。
「それ、君たちの世界の通信装置なんだっけ? 便利なものを持ってるね」
「ああ。……それより、デネル中将」
「何だい?」
不本意そうな表情をしながらも、バランはデネルに質問をぶつける。
「中将が本当に気にかけているのは兵士の士気じゃない。兵士の忠誠心だ――違うか?」
この突然の指摘に、ポーカーフェイスなデネルも思わずほう、と感嘆の声を漏らすのだった。
*
「せやけど、急にあんなこと言いだすからビックリしたわ」
王宮までの帰り道。
エステルは先ほどバランが放った指摘について言及していた。
「兵士の中に千年王国と接触している者がいる可能性――でござるか。拙者は考えもしておらんかった」
「フン……」
バランは答えるのが面倒だと言う風に鼻息を鳴らす。
「確かに千年王国がこちらの世界でも動いているようだ、というのは伝えたけれど。そこから協力者がいるかもしれないなんて、よく考えついたね?」
アディが感心するのに、
「……悪いが俺自身は確証があって訊ねたわけじゃない。聞けと言われたから聞いたまでだ」
「聞け? ……そう言えば、あのときテスタマイザーに通知が来てたような」
エレンが先刻の一幕を思い返しながら呟く。
「これだ」
つまらなさそうに言い、バランは自身に届いたメッセージを全員に見えるよう表示した。
『どうもお疲れ様。こちらは現在ウルラ大陸で千年王国と接触したところだ。王国の幹部、ハニー=デポル曰く、この世界には彼女の生きた協力者が存在しているとのこと。そこで、いきなりなんだけどお願いしたいことがある。海軍や王宮内に千年王国の協力者が潜んでいないか、調べてほしいんだ。君なら問題なく遂行出来ると思ってるよ』
文面からも軽薄さが滲み出ており、これが誰から送信されたものなのか、皆すぐに悟った。
「これ、エスカーくんから……?」
「どうもそうらしい」
簡潔ながら、有無を言わせない依頼文。バランが苛立つのも納得だと一同は思う。
もちろん、それを口に出すことは無かったが。
「あいつめ……俺たちを駒のように扱いやがって」
「あはは……向こうが航海に出てる以上、こっちに頼んでくるのは仕方ないだろうけどね」
それでも頼み方があるだろう、とバランは悪態を吐く。
珍しくそれにはメンバーも同意だった。中々に強引な要求である。
「……まあいい。事実デネル中将も同じような懸念をしていたことが分かった。調べるに値することなのは間違いない」
「せやなあ。またエイヴスんときみたいに、あるところでバーンと暴れられる危険性もあるわけやし」
「仮に協力者がここにいるとすれば、その危険を排除するのが最も重要でござるな」
エイヴスでは、一度は千年王国の野望を阻止したつもりが、それすらも計画の内であり、裏を掻かれる結果となった。
ひとえにそれは、自分たちが千年王国について、世界の理について知らなさ過ぎたからだ。
今回は、過去の経験がある。また後手に回るわけにはいかないと、彼らは心に誓う。
「しかし――」
王宮に着く手前で、バランが耐えきれなくなったように零す。
「――なんであいつは、俺のテスタマイザーにメッセージを送れたんだ。教えてもいないのに」
誰にともないその問いに、答えられる者は存在しないのだった。




