248.水の世界のイレギュラー
『*****……!!』
相変わらず耳障りな鳴き声を発し、イレギュラーはこちらに顔を向ける。
オレたちを縄張りに侵入した敵だと認識したのだろう。
あの女……ハニーはイレギュラーの存在を知っていながら、上手く気配を消していたのかもしれない。
「来る――」
人数差はかなりあるものの、イレギュラーは躊躇いなく突っ込んできた。
オレたちはすぐさま左右へ散開して突進攻撃を回避する。
「は、速い……!」
「ラーク、気を付けるんだ」
僅かに反応が遅れたラークさんに、セイルさんが注意を促す。
やはりこの中では、ラークさんが一番戦力的に難ありか。
イース・ミュールの人基準では、付いてこれるセイルさんの方が逆に凄いんだろうな……。
『出現したイレギュラーは、エイヴスで戦ったのと同じ人型ですが、比較的小さめの個体に思えます。落ち着いて戦えば、勝てない相手では無いでしょう』
「だよな、少し小さくは見える……サンキュ、マル」
ご健闘を、というマルの言葉に頷いて、オレは黒の剣を構えた。
「――黒月!」
回避直後のカウンター、側面からの素早い斬撃をお見舞いする。
しかし、この斬撃は腕をしならせるように振るって弾かれてしまった。
「はあ……っ!」
反対側に避けていたセイルさんが、曲刀で力強く斬りつける。
そちらはイレギュラーの反応が遅れ、脇腹に刃が直撃したものの、やはり強靭な外皮ゆえほとんど傷を付けられていない。
「ぐ……!」
動きが止まったところに、イレギュラーの腕が力任せにぶつけられる。
曲刀で防御はしたものの吹き飛ばされてしまったセイルさんは、後方にいたパレスちゃんの風魔法で受け止められた。
「も、申し訳ない」
「いいんだ、あれはイレギュラー……世界の力の歪みだからね。君たちでは正直、歯が立たないだろう」
「イレギュラー……」
初めて聞く存在だったらしく、セイルさんはその名称を繰り返してから、眉間にしわを寄せ拳を握り締める。
こんな序盤から、自身が役に立てなくなるのが悔しいのに違いない。その気持ちは理解出来る。
「元々、この存在が引き起こす問題に対処するために来たのが僕たちだ……この場は任せるといい」
「ええ、ユベールさんの言う通り、イレギュラーについては基本こっちで何とかします」
オレがそう言うのに、ラークさんとセイルさんはすまなさそうにしながら、
「分かりました。ただ、最低限の助力だけはさせてください」
「助かります」
ダメージを与えられないにしても、やれることは色々ある。
助力すると言ってくれるのは素直にありがたい。
「そろそろ私も、戦いに加わらせてもらおうかしら」
「フ……素直に戦いたくなったと言えばいいものを……」
「うるさいですわよ、ユベール」
先輩同士がまた口喧嘩している。
ただ、二人ともが参戦してくれるなら頼もしい限りだ。
「では、参りますわ――神々の落涙」
能力の開放とともに、ブースターはキラキラと舞い散る。
その光が幾つかの断片となって、シャーロットさんの周囲を回り始めた。
「あれは……」
色とりどりの光の欠片。
物質として形を成したそれは――宝石。
これほどシャーロットさんに相応しいイマジネートはないだろうな。
「まずは小手調べですわよ」
黄色く光る宝石――恐らくオパールを掴むと、その掌を床面に押し付ける。
すると床が隆起を始め、無数の岩柱が突き上がりながらイレギュラーの方へ向かっていった。
『**……!』
手足を地面に付いているため、ちょうどイレギュラーの腹部に突き出た岩が衝突する。
苦し気な声を上げながら、敵はぐるんと仰け反った。
「これはどうかしら」
間髪を入れず、シャーロットさんはエメラルドの宝石を掴み、腕を横薙ぎに振るう。
すると鋭利な風の刃が出現し、イレギュラーの右腕あたりを深く斬り裂いた。
「つ、強い……」
海軍の二人は、自分たちが手も足も出なかった相手をシャーロットさんが圧倒するのに驚いている。
オレたちですら見惚れるほどの戦いだし、彼らが感動するのも当然のことだろう。
しかし、各色の宝石に対応した攻撃か。エステルちゃんの色彩魔法を彷彿とさせるが、こちらは描く動作が無い分スピーディな戦闘が出来ている感じだ。
「ボクたちも続かなくちゃ」
「良い意気込みだ……応援してあげよう……」
そこで、ユベールさんがハープを弾き鳴らす。
心地良い音色が耳に届いた瞬間、体が軽やかになった感覚があった。
「へえ、面白いねえ……」
「体が軽いし力が湧いてくるっ」
さっきユベールさんが語っていた、彼のイマジネートの効力だ。
音色を響かせることによって、オレたちの身体能力を向上してくれたわけだな。
「よし、散開しつつシャーロットさんの付けてくれた傷を狙うぞ」
「はいよ」
作戦を伝えると、エスカーとルカはすぐ二手に分かれてくれる。
オレは中央に位置取り、後衛を防御出来る場所で攻撃のチャンスを待つことにした。
「――氷槍」
イレギュラーの背面に回り込んだエスカーが、早速傷口を狙って氷槍を投擲する。
それに気付いたイレギュラーは、乱暴に腕を振るい槍を破壊した。
だが、反対方向には既にルカがスタンバイしていて。
軽やかに跳躍すると、傷口めがけ渾身の踵落としを繰り出した。
『***……!』
慌てて身を捩るイレギュラー。踵落としは傷口からズレて肩に激突する。
浸透掌をかなり操れるようになってきたのか、今の一撃も内部へ衝撃を与えることが出来たらしい。イレギュラーは肩を押さえて痛みに叫んだ。
「ルカ!」
「お? ……そういうこと!」
いきなりエスカーに名前を呼ばれたルカは、彼がもう一度槍を生成し、ルカに向けて投げようとしているのを確認した。
それをしっかりキャッチすると、彼女の強化された腕力で以て傷口に突き刺す――今度こそクリーンヒットだった。
『****ッ!!』
噴き出す青黒い血と、黒い霧。
今のはかなり効いただろう。流石のコンビネーションだ。
「こちらも負けてられないわね――フラクタ!」
フェイが詠唱を続けていた水魔法を発動させ、大波でイレギュラーを呑む。
というか、いつの間にやら波の動きをある程度操作出来るようになっていて感心させられる。
「そうだね! ――ライトニング!」
後衛二人は事前に打ち合わせていたのだろう、水魔法からの雷魔法で連携を見せてくれた。
イオナの放つライトニングは、水に呑まれたイレギュラーを感電させる。
強烈な雷に射抜かれ、イレギュラーはビクビクと全身を痙攣させ、その体からは煙が吹き上がった。
『***……**ッ!』
痺れながらも、自身に手痛い魔法を浴びせた二人に反撃しようとするイレギュラー。
だが、満足な動きが出来ない今、それを防ぐのは容易だ。
「甘えッ!」
単調な飛びつき攻撃を、オレは正面から盾で防御する。
イレギュラーはその状態から口腔に魔力を凝縮し、ブレスを放とうとしたが、相手がオレなのが悪かった。
「その程度なら……!」
こちらも盾に魔力を注ぎ込み、幅と厚みを強化する。
闇属性への耐性はお墨付きだ。イレギュラーの放つブレスならば、オレにとって大した脅威にはならない。
想定通り、ブレスはあっさりと盾に弾かれ霧散した。奴にとっては乾坤一擲の攻撃だったのか、もう打つ手なしといった様子で棒立ちになってしまう。
ならばもう、勝負はついたようなものだ。
「ふふん、トドメはいただきますわ」
そこにやって来たのはシャーロットさんだった。
握り締めたあの宝石は……ダイヤモンドか?
「最硬度の一撃を喰らいなさい――アダマント・クラッシュッ!』
掴んだダイヤモンドは瞬く間にハンマーへ変化し、シャーロットさんは全力でそれを振り下ろした。
『**……ッ』
巨大なハンマーは正確無比にイレギュラーの頭部を捉え、打ち抜く。
地面に衝突し、ほとんど悲鳴すらも上げられぬまま、その頭部は一瞬で粉砕されるのだった。
……まさか、序盤に魔法のような連撃を繰り出してからの、最後が物理攻撃とは。
神々の落涙……中々にトリッキーな能力だ。
「ふう。片付きましたわね」
「お、お見事……」
肉弾戦メインのルカも、シャーロットさんの豪快な一撃には驚きを隠せなかったようだ。
まあ、貴族のお嬢様という肩書きからは想像もつかない戦いぶりだったものな。
「いやあ、流石はイマジネーターといったところだね」
「天使様に褒めていただけるなんて光栄ですわね。ただ、私たちもまだまだ若手ではありますけれど」
「今でその強さなら、今後が楽しみだ」
パレスちゃんはそう讃えてニコリと笑む。
素直に頼もしいと思ってくれているようだった。
「……しかし、ここにイレギュラーなんて……」
「やっぱり変なのか?」
「……ああ……まあね。元々ここには、そこらにいるより強めの魔物が棲み付いていたはずなんだけど、イレギュラーに取って代わられていたとは」
人里離れた森の奥地だから、一帯を統べるような魔物がここを根城にしていてもおかしくはない。
ただ、そんな場所にイレギュラーがポンと出現するのはオレたちからみても違和感があった。
「千年王国のアイツが、イレギュラーを造り出したんじゃない?」
「その可能性が高いとは思う。魔物が逃げ出してきたという状況とも一致するからね」
エスカーの問いにそう答えたパレスちゃんは、けれど、と続ける。
「どうしてわざわざイレギュラーを……」
「ボクたちが倒せば、終末を早く引き起こすことになるからじゃ?」
イレギュラーを倒し、その歪んだマナが世界へ還元され続けると、終末が引き起こされる。
それを千年王国が望んでいるのは確かなのだろうが。
「そう、キャプチャでマナを回収しなくちゃ」
「あ、ああ。そうだった」
イオナに言われて思い出す。うっかりしていたが、キャプチャで歪んだマナを回収してしまえば還元を防ぐことが出来る。
エイヴスではあまりに強大なイレギュラーを駄目押しに還元させるという手が使われたので、終末は起こされてしまったが。
「これくらいのイレギュラーだと、しっかりマナも回収出来ちゃうものね。終末のトリガーにはならないわ」
『ええ。私たちイマジネーターの介入が報告されているなら、キャプチャのことも把握していると思うのですが』
オレたちが意見を出すのに、パレスちゃんも頷きつつ、
「彼女がイレギュラーを放ったとして、それは時間稼ぎくらいにしか使えない気がする。……いや、実際そうなのかもしれないね。あちらも予想外に早くきみたちがやって来て、焦っているのかも」
「……だといいけれど」
エスカーはまだ、何か裏があると考えている風だ。
しかしながら、情報も少ないし今は王国の思惑などまるで分からない。
疑問は疑問のまま、とりあえず置いておくしかないだろう。
「とにかくイレギュラーは処理出来たし、マナも回収した。後はメインの目的を終わらせるとしようぜ」
「……ああ、そうだね」
オレの言葉に、パレスちゃんは同意する。
この遺跡へ来たのは、封印機構を解除するためだ。
イレギュラーが潜んでいた広間の奥。
封印機構のあるその場所へと、オレたちは進んでいった。




