247.ハニー=デポル
「――ていっ!」
「はあ……ッ!」
飛び蹴りが炸裂し、黒剣の一振りが閃く。
ウルラ遺跡に足を踏み入れた途端、オレたちの前に魔物が飛び出してきたので、素早く対処したのだ。
陽光も通らないため、入ってすぐ暗がりになっているが、イオナの能力で光源は確保されており、探索や戦闘に不自由はなさそうだった。
「お見事でしてよ」
軽く拍手をしながらシャーロットさんが褒めてくれるのに、
「フ……君は戦わないのかい……」
ユベールさんがそんな風に焚きつける。
「私は特に体を動かしたいと思っておりませんの。楽が出来る間は、楽をさせていただきますわ」
まあ、シャーロットさんの性格上そうだろうなとは思った。
こちらとしても特に文句はない。二人ともオレたちより実力が上なのだから、手を煩わせないようにするのが普通だ。
そして、窮地に立たされたときの切り札になってもらわなくては。
「しかし……遺跡なんてものがあるんですね」
最初の大陸にあるディヴェールの石櫃という場所は、まだ自然の洞窟感はあったけれど、こちらは違う。
完全に人工物が年月を経て廃墟になったものだ。
「この遺跡も、生き延びた古代の人々が造ったとか?」
「だろうね。造られた時期が、災害の後なのか先なのかは分からないけども」
災害の後か先か……か。
先だとすれば、この大陸にも元々古代の民が住んでいたことになるけれど。
海に沈んだ都市以外に、人々は息衝いていたのかどうか……気になるところではあるな。
「封印機構があると分かってるなら、内部はもう調査済みなの?」
エスカーの問いにセイルさんが頷き、
「はい、内部は全て探索が完了し、価値のありそうな物は回収されています」
「と言っても、財宝とかじゃなく古代の民が使っていた道具とか、そういう歴史的・技術的価値のあるものだけどね」
後からパレスちゃんが補足する。
「探索はもう十年以上前……セイルが海軍に来るより前には終わっていてね。察したとは思うけど、中はそんなに広いわけじゃないよ」
魔物がひしめくダンジョンと化している、とかでは全然無いらしい。
このまま封印機構のある場所を真っ直ぐ目指せば、五分とかからないそうだ。
「一般市民からすれば、それでも立ち入るのが危険な場所には違いないけれど」
「先ほど戦ったワイルドボアのような魔物ですら、海軍や一部の海族に力を借りなければ対処出来ませんからね」
ヤーシャルの果樹園が結界のように作用しているおかげで、町の人たちは魔物と戦わずに済んでいる。
平和の線引きがされている以上、わざわざ立ち入る者はほとんどいないはずだ。
だから、ディヴェールの石櫃と違って海軍が見張り番を立てる必要もないのだろう。
「えっと。そこの角を右に曲がれば着くはずだ」
パレスちゃんの説明通り、角を曲がったところで景色が変わる。
回廊のような道から一転、現れたのは開けた空間。
天井がほとんど崩落しているため、太陽の光が射し込んでいてコントラストを作り上げている。
ここならもう、イオナに光魔法を続けてもらわなくても大丈夫だな。
――と。
「……誰かいるね」
最初に口に出したのはエスカーだった。
広間のど真ん中……静かに佇んでいる何者かの姿がある。
つい今しがた、一般人は立ち入らないと話したばかりだ。ここに人がいる事実だけで、その人物が只者ではないことを示唆している。
こんな危険な場所に一人、なぜ。
「女の人みたいだけど……」
「……先を越されていたようだ」
パレスちゃんの言葉にハッとする。
先を越された――そんな台詞が出てくるということは。
「――千年王国」
間違いない。
あそこに立つ女の正体は、千年王国の構成員……!
「……あら? 遅かったじゃない」
そのとき、女がこちらへ声を掛けてきた。
振り向きもせず、オレたちが近くにやって来たことを察知したらしい。
広間の中央、遮蔽物一つない場所に位置取っていながら、僅かの隙も無い……かなりの実力者か。
「……杞憂であってほしいと思っていたけれど、やっぱりそうはいかないらしい」
悲しげに呟くと、パレスちゃんは女の方へ近づいていく。
「また会ったね、ハニー=デポル。ここからは、明確に敵同士というわけだ」
「うふふ……私としては、今からでも天使様がこちらに付いてくれるのを期待していたのだけど」
ハニー=デポル……三年前、パレスちゃんのところへ乗り込んできたという王国の幹部。
長らく姿を見ていないと話していたが、やはりその裏で世界の破滅へ向け、あれこれと画策していたのだろう。
そして今、彼女は動き出した……。
「その表情……良い返事はいただけそうにないわねえ」
髪の色は金色で、肩より少し下あたりまで伸びる緩やかな巻き髪。
目つきはどちらかと言えば吊り上がり気味で鋭く、口元には余裕を感じさせる笑みが浮かんでいる。
黒を基調としたドレスに身を包み、手には同じく黒いステッキが握られていて。
強かで芯の強い令嬢――という印象を受ける人物であった。
「以前も伝えたように、私はこの世界が危機に晒されることを良しとしない。君たちの目的が、世界の淘汰を自分たちの有利なように誘導することなら……悪いが他を当たるんだね」
パレスちゃんはキッパリと、天使としてイース・ミュールに試練は与えないという意思を再度伝える。
しかし、ハニーは薄ら笑いを浮かべながら、
「まさか天使の口から他を当たれと言われるなんて、面白い冗談だわ」
そう返してステッキをくるりと回す。
「まあ、そちらがその気なら構わないの。別に天使と協力しなければいけないわけでもないのだし」
「……どうやら、この世界から出ていく気はないらしいね?」
元より分かってはいるものの、確認のためにとパレスちゃんは問う。
「だからこそここにいるのだと、理解しているでしょう? 貴方の思惑はどうあれ、千年王国はやるべきことを果たさせてもらうわ」
予想と違わぬ答えに――決して喜ばしくない宣言に、パレスちゃんは溜め息を吐いた。
「なら、私たちとしては君を倒さなければならないね」
「あら怖い。以前も話したけれど私、戦いは不得手な方なのよ……協力者の殿方は、強いんだけどねえ」
「……協力者?」
確か前回ハニーがパレスちゃんに接触した際、協力者を他で探すしかないと言っていたとか。
オレたちはエイヴスでの経験から、実験体にでもしてしまうんじゃないかと考えていたが……純粋な意味での協力者だったのか?
そして彼女に……王国に協力する者が本当に現れた……?
「君たちに協力する奴なんて、本当にいるのかい? 私は――」
「――待った。何か聞こえる」
パレスちゃんの言葉を遮ったのはエスカーだった。
続いて、ルカが広間の奥をじろりと睨む。
「……この気配って、まさか……」
「ふう……お喋りはここまでみたいねえ」
ハニーがステッキで地面を突くと、彼女の身体が勢いよく跳び上がる。
衝撃を発生させることで跳躍した……そんな風に見えた。
「封印機構の解除は貴方たちに任せるわ。天使と海軍、それにアトモス学園の生徒さんたちにね」
「……オレたちのこと、知ってるのか……!?」
「もちろん。ディオンがドジを踏んだこと、既に報告が入っているもの」
元仲間のことを小馬鹿にするように言い、ハニーは嗤う。
「私のことより、前に注意なさい? こんなところで死にたくなければね」
「あ……!」
ハニーは身軽に跳躍を続け、広間からさっさと退散してしまう。
ここで決着を付けられれば事は早く片付くのにと思ったが、よもや逃げられるとは。
それに、広間の奥からやって来る何かの気配。ルカも只ならぬものを感じたようだが、これは……。
「――来ますよ!」
闇からそいつが飛び出してくるのは一瞬だった。
カエルのように両手を大きく伸ばし、オレたちの目の前まで飛び込んでくる。
魔物ではない。どす黒く、しかし微妙に変化を繰り返す気味の悪い外皮に、判別不能な悍ましい叫び声。
その正体をオレたちはよく知っている。オレたちは、コイツがもたらす問題を解決するために来たのだから。
「イレギュラー……!」
ヒトガタの、黒き怪物。
エイヴスで何度も対峙したその怪物……ここでようやくお出ましか。
「……どうして……」
「パレスちゃん、今は戦いに集中すべきだよ」
パレスちゃんはイレギュラーを前に呆然としていたが、イオナに諭され気を取り直す。
「……ああ、そうだね。生半可な相手じゃないことは分かってる」
目の前の敵を見据え、各々が戦闘態勢をとる。
「やるぞ……!」
この世界での最初のイレギュラー戦が、始まった。




