245.焦燥する魔物
昼食を終えたオレたちは、このまま食堂で情報収集にあたろうと考えていた。
しかし、それを実行に移す間もなく事態は新たな展開を迎えることになる。
「じゃあ、ウルラ大陸で最近変わったことが無かったか、聞いてみるか――」
「大変だ!」
勢いよく食堂の入口扉が開かれ、恰幅の良い老齢男性が入ってくる。
農作業真っ只中だったのか、その男性は鍬を持ち衣服は土で汚れていた。
「どうしたんだい、ガル爺さん。また奥さんにでも怒られたんかい」
以前にも同じようなことがあったのか、冗談めかして食堂の店主が言うのに、ガル爺さんはぶんぶんと首を振って、
「そんなんじゃねえ、魔物が出てきたんだ!」
「……魔物?」
これにはオレたちが反応した。
魔物が現れたというなら、イマジネーターと海軍の出番だろう。
「失礼、私は海軍大将のセイルです。魔物はどこに?」
「おお、大将さんがいらっしゃったんか。ありがてえ、どうか園まで一緒に来てくだせえな」
「もちろん。案内してください」
会話の間にラークさんが昼食の代金を払ってくれていたので、オレたちはガル爺さんと呼ばれた男性に付いて店を出る。
リースさんたち三人だけは非戦闘員ということで、一旦船へ戻って待機しておくことになった。
「しかし、女神様までご一緒とは……単なる視察じゃないんですかい?」
「ああ。私たちはとある問題を解決するため、海を北上する航海を始めたんだ」
「北上……だからこんな大所帯なんですなあ。見たところ、海軍以外の方もおられるようですが」
「この方々は、パレス様が異世界から召喚した協力者です」
セイルさんがそう説明すると、ガル爺さんは目をパチクリさせ、
「異世界……そう言えば女神様が別の世界から戦士を呼ぼうとしてると聞いたことはあるが……」
「先日、遂に成功してね。彼らを召喚出来たわけさ」
パレスちゃんがこちらへ視線を向けたので、オレはそれに合わせてガル爺さんに一礼した。
「はあ……長いこと生きとると、こんな日も来るんだのう……」
「あはは、大げさだよ」
そう言ってパレスちゃんは笑うものの、決してお爺さんの驚きようは大げさでもない気がする。
ワールドスクリプト内の人たちにとって、異なる世界が存在するなんてこと自体がイメージ出来ないだろうし、ましてやそこから来訪する人間がいるだなんて。
「ただ、優れた戦力を有してるのは確かだ。彼らがいれば、イース・ミュールが抱える問題も解決出来ると信じてる」
「女神様がそこまで仰るなら、大した方々なんでしょうな」
自信満々にそうだとは言い辛いが、昨日の話を聞いた以上、オレたちが優れた戦力だという評価は正しいのだろう。
「いやあ、女神様がたに来ていただけて本当に良かった。……あそこが儂の果樹園でさあ」
ようやく現場に到着したようで、ガル爺さんは目の前に広がる果樹園を指し示す。
かなり面積のあるところで、育てられているのはやはりこの世界の特産品、ヤーシャルの実のようだった。
「本当だ、魔物が入り込んでる」
すぐに魔物を見つけたルカが呟く。
園内には魔物――あれは恐らくワイルドボアか――が三匹、落ち着かない様子で動き回っていた。
一見するとヤーシャルの実を食い荒らしに来たのかとも思えたが、どうも奴らは果実に手を付けていない。
「ヤーシャルの実を狙ってるわけじゃないのかしら?」
「いえ、魔物はヤーシャルを嫌ってますんで、そもそも立ち入ることなんてねえんですよ」
「嫌ってる……?」
イオナが首を傾げると、ガル爺さんはそうでさあと肯定して、
「大方、魔物の嫌う成分でも入ってるんでしょう。ま、作ってる儂らにとってはありがたい話ですがね」
「うん。ヤーシャルの浄化作用を魔物は嫌うようなんだ。だからこそ、安心して育てられるんだよね」
パレスちゃんがそう補足説明をくれる。
実際、魔物がエネルギーとして補給するのはマナだ。食事をとらない魔物もいるし、果物や肉を食い荒らす魔物もそこにマナを求めている。
マナを得られる食べ物でもなければ、魔物は見向きもしないのだろう。
「ふむ……では、何故あの魔物たちは果樹園にやって来たのだろうね……?」
そう問いかけをしたのはユベールさん。
彼の疑問も尤もなのだが、
「考えるのは後にしましょう。被害が増える前に駆除しなくては」
セイルさんが冷静な判断を下す。確かに、まだあまり荒らされていないとはいえ、魔物は興奮気味だ。
いつ設備が壊されないとも限らない。……と、思っているそばから暴れだしてしまったな。
「やるぞ!」
ヤーシャルの実があちこちに植わっている果樹園だ、魔法で戦うのは危ない。
というわけで、戦闘は専ら物理攻撃のオレとエスカー、それにルカで対処することにした。
セイルさんとラークさんも加わり、二分とかからずワイルドボアを仕留めるのに成功する。
迅速に無力化出来たので、幸いにも果樹園に大きな被害はないようだった。
「おしまいっと!」
「ほお……信じられん強さだわい……」
一瞬で魔物を倒したオレたちの技に、ガル爺さんは心底感激しているようだ。
それは素直に嬉しいけれど、倒し終わったならさっきの疑問に立ち返る必要がある。
「今の魔物がどうして果樹園にやって来たのか、だけど」
エスカーが手をひらりと動かしながら、
「前にも似た雰囲気の魔物に鉢合わせしたことがあったねえ。アレ、多分逃げてきたんだろう」
「ああ、そんな気がする」
あれは新入生としての訓練で、シャロー森林を訪れていたときのことだ。
ボス個体であるファットラットから逃げるようにして、森の奥から出てきたポイズンアントがちょうど同じような感じだった。
「つまり、魔物の生息圏に何らかの脅威が現れたってことだね」
イオナがそう言い、続けてラークさんがガル爺さんに訊ねる。
「森から魔物が逃げてくることはたまにあるんですか?」
「いんや、少なくとも儂の果樹園には来たことねえ。だから慌てて助けを求めに行ったんだ」
その答えに、ラークさんはなるほどと頷いた。
「ねえ、パレスちゃん。もしかしてこの方角……」
「うん。私たちが目的としている封印機構がある場所……ウルラ遺跡に続いているはずだ」
オレたちの目的地から、魔物が逃げ出してきた……か。
この魔物どもが脅威と認識したのが、単にボスクラスの魔物なのか、それとも違う何かなのか。
ガル爺さんの話を聞く限りは……後者の可能性が高い気がする。
「それなら、次にやるべきことはハッキリしましたわね?」
シャーロットさんの言葉に、オレたちは頷く。
「このままウルラ遺跡へ向かいましょう。ひょっとすると、先を越されているかもしれません」
「こっちで活動してる王国の構成員は、果たしてどんなヤツなのかねえ」
エイヴスに続き、再び立ち塞がる敵――千年王国。
今から向かう先に、その構成員がいるのだろうか。
だとすれば、激しい戦闘も覚悟しておかねばならないだろう。
こちらはかなりの大人数とはいえ、奴らだって何人いるかも分からない……油断は禁物だな。




