242.船上の役割
「わあー……良い眺め」
会議室を離れたオレたちは、一度船内を回っておこうということになり、甲板までやって来ていた。
前方に広がる青い空と白い雲、それを映す大海……イオナたちだけでなく、オレも美しい景色だなと感じている。
「あそこに見えてるのが次の島?」
ルカが訊ねているのはラークさんだ。部下の三人はそれぞれ仕事があり、セイルさんも航路やスケジュール管理をしているとのことで、現状手の空いている彼が案内役を買って出てくれたのだった。
「はい、そうです。ウルラ大陸……既にお聞きかもしれませんが、二時間もかからず到着する程度の距離ですね」
「ウルラ大陸と、その次のガジェミア大陸まではそれくらいの間隔なんでしたっけ」
「その通りです」
少なくとも、ガジェミア大陸まではスムーズな航海といきそうだ。
予定では一日に一大陸を移動していくことになっているが、はてさてどこまで予定通りに進んでいくのか。
「船内は一通り見てもらいましたが、三人部屋が六つあるので寝泊まりにも問題はないはずです。こちらは後半三つを使わせていただくので、皆さんも後で部屋割りを決めておくと良いかと」
「寝泊まり……かあ」
分かってはいたことだけれど、第四大陸からは街が存在しない。
つまり、野宿するか船内で寝るかの二択になるわけだ。
しかも北にいくほど魔物は強くなるので、普通に考えて野宿は回避すべき選択。
必然的に、船内で夜を明かすしかなくなるだろう。
「海軍の人たちで三つってことは……」
首を傾げるフェイに、ラークさんはもちろんと前置きした上で、
「パレス様はお一人で使われます」
「ふふ……まあ、そうよねえ」
彼女はこの世界で女神と崇められている存在だ。
たとえ彼女自身が構わないと言ったって、誰かと同室にはさせられないだろうさ。
「で、そのパレス様は?」
少々当て擦るようにエスカーが聞くと、
「ふふん、ここにいるとも」
背後から当の本人が颯爽と現れるのだった。
「部屋で荷物を整理していてね。こういうのは早いうちがいい」
「今のところは暇ですもんね」
イオナがそう相槌を打ったのだが、
「うん、海は穏やかに見える。でも案外、油断ならないものなんだよ」
「と言うと――」
返事をしかけたところで、伝声管を通して再びリースさんの声が聞こえてきた。
『報告、レーダーに魔力反応を感知しました! 水中に魔物が潜んでいるみたいです!』
「ほらね」
あっけらかんとパレスちゃんは言うものの、ここで魔物が襲ってくるのは危険なんじゃないのか。
『こちらでも確認しました。敵性反応……数は四体ですね』
これはマルからの通信。海中からオレたちを狙う魔物が四体もいるのか……出発して間もないというのに、鼻の利く奴らだ。
「船を狙われたらマズいんじゃ……!?」
慌てるルカに、しかしラークさんは落ち着いたまま、
「皆さんが思っている以上に船は頑丈です。海上で襲われるのはよくあることですからね。ただ、普段なら引き剥がすんですが、戦力が十分なことを考えると倒してしまった方がよさそうだ」
「そうだね。ここは一つ、君たちの力を頼るとしようか」
簡単に言ってくれるが、こういう場所での戦いは初めてだ。
そもそも相手がまだ海中に身を潜めている。物理で殴るタイプのメンバーでは先手を打てなさそうだ。
仕掛けるなら、まず魔法や遠隔攻撃が得意なヤツに任せるしかない。
「えへん、任せてください!」
待ってましたとばかりにイオナが言い、イマジネートを発現させる。
彼女はその能力自体が光魔法だ。詠唱もなく発動出来るし、先制には確かに打ってつけだな。
「注視すれば水面に影が見えてくるはず。そこを狙うんだ」
「うん、やってみる!」
パレスちゃんからアドバイスを受け、イオナは水面をじっと見つめる。
そして魔物の影が浮かび上がってきたところで、
「……ブライトレイ!」
杖から光線を放った。
バチャバチャと激しい飛沫が立つと、影のあったところから赤い血が滲み、やがて魚型魔物の死体がぷっかりと浮かんでくる。
見事、一撃で敵を仕留められたようだ。
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
後に続いたのはフェイだ。
彼女は初級の水魔法を発動させる。
「――アクア!」
通常は水の塊を生成し相手にぶつけるシンプルな魔法だが、本質的にこれは水流を形作っている。
元々水のある場所では、水魔法も使用感や威力が変わるようだ。他属性の魔法にも同じことが言える。
「おお……!」
ラークさんが感嘆の声を漏らす。
水中に発生させた水流が魔物どもを巻き上げ、甲板の上まで引き揚げたのだ。
イオナの一撃で、周囲を泳ぎ回るのがブレードフィッシュであることを確認したフェイは、地上に引き揚げれば無力化出来ると考えたわけである。
「よおし、これならボクも!」
「見せ場があるねえ」
甲板にべしゃりと叩きつけられたブレードフィッシュは、もはや俎上に乗せられた魚のようなもの。
ルカとエスカーはようやく体を動かせるとばかりに攻撃をしかけ、あっという間にその息の根を止めてしまうのだった。
「いやあ、見事です……!」
容易く四体の魔物を片付けたことに、ラークさんはいたく感動している様子だ。
「フ……中々の手際だね」
「ま、そうでなくては私たちが苦労しますもの。これくらい、楽に倒せて当然ですわ」
先輩二人は辛口のコメントだが、実際そうでなければ困るのは正しい。
すぐ頼ってしまうような力量では、足を引っ張ってしまうだけだ。
「さて、魔物ですけど……倒した場合はどう処理を?」
「利用出来るものは何らかの素材にすることもあります。しかし、今回我々は北上を続けますので、置いておくメリットはないでしょうね」
「じゃあ、遠慮なく貰っとくとしますか」
獲物は自由にしていいという意味と了解し、オレはテスタマイザーの収集機能を発動させる。
船上に残った魔物の死骸が消滅して、バンク内に幾つかの素材が保存された。
「そのような便利なものまで……」
「あ、もし素材が必要っていうなら帰還後にお渡し出来ますけど」
「いえ、大丈夫です。そもそも皆さんが倒した魔物だ、我々がいただくわけにはいきません」
まあ、それもそうか。あまり余計な配慮はしないでおくとしよう。
『魔物の対処、ありがとうございます! とても心強いです!』
嬉しそうなリースさんの声がする。返事はしたいが、こちらの声は届かないんだろうな。
『では、引き続きウルラ大陸へ向かって進んでいきます。魔物が出たら、またお願いします』
「船上でも変わらず、戦いが俺たちの役回りってコトだねえ」
肩を竦める仕草をしながら、エスカーが言う。
そりゃ、オレたちに出来るのは戦闘くらいだ。手持無沙汰になるよりは役割があった方がずっといい。
「ふふ、私も安心して過ごせるというものだ」
「パレスちゃんの方が、オレたちより強いと思うんだけどなあ……」
「さて、どうかな。女神が皆同じ強さなわけでもない。ルマンの力に驚いたのだろうけど、私も強いとは限らないよ。それに……」
「それに?」
パレスちゃんはそこで悪戯っぽくウインクをした。
「私は『怠惰』だからね。いつだってだらけていたいのさ」
……なるほど、それが本音だったか。




