241.いざ、広き海原へ
ディヴェール丘陵から王宮へと戻って来たオレたちは、後回しになってしまった朝食をようやくいただいてから、出発に向けて最後の支度を始めた。
そして、午前十時を少し回ったところで謁見の間へ集合する。準備が完了し、問題ないことが確認出来ればようやくメンデレイア大陸を発つことになるのだ。
「皆、準備は整ったようだね」
集まった面々をぐるりと見て、王座に腰掛けたドニ国王は告げる。
オレたちアトモス学園の対策チームの他、セラフィス教会の二人に天使パレスちゃん、それに海軍のセイル大将とラーク少将。
事前の打ち合わせでは海軍からあと三名ほど、船内作業等のため同行することになっているが、彼らは一足先に港へ赴き、船の整備をしてくれているそうだ。
「さて、そろそろ出発してもらいたいところだが、この場で話しておきたいことはあるかな?」
「すみません。一つお伝えさせてください」
国王から促されたところで、オレは挙手をして切り出す。
「セイルさんたちが同行することで、ゼフ・ミュールの警備が手薄になってしまうと聞き、オレたちの側から増援を出せないか打診していたんですが、さきほど返事がありまして。午後の数時間程度ならイース・ミュールに派遣出来る、と回答をもらえました」
「ほう、それは大変助かる」
実はさっきの準備中、コーネリア校長からメッセージが届いていた。
内容は今言ったように、バランチームが援軍として出動することを了承したというものだ。
今回はきちんと学園での講義を受けつつ、空いた午後の時間だけでこちらをサポートするという取り決めで、来てくれるらしい。
まあ、それが普通だよな。オレたちが特殊というか、型破りなことをさせられているだけなのだ……やれやれ。
「当然ですけど、増援の者たちも転送門からやって来ます。今日のところはアディさんが事情説明にあたってくれるんでしたね」
「はい、任せてください。こちらで説明して、適宜動いてもらうようにしますよ」
バランが素直に従うかどうかだけは気になるが、あいつもだんだん丸くなってきている。少しくらいは信用してやろう。
「それ以上はないね? よし、では出発といこう」
パレスちゃんがそう切り出し、
「うむ。皆の者、どうかイース・ミュールを救ってくだされ。国王として、ここで航海の成功を祈っているのでな」
「行ってまいります」
海軍の二人は敬礼をし、オレたちもとりあえず会釈をする。
そして、ニオさんとアディさんを除く航海組は王宮を発った。
「パレス様! いよいよ出発されるんですね!」
「古代人のお宝、持って帰られるのを楽しみにしております!」
王宮から港へ移動する道すがら、街の人たちからそんな声援をかけられる。
海に沈む古代都市の伝承……イース・ミュールの人々はやはり金銀財宝のロマンを抱いているようだ。
パレスちゃんが肯定でも否定でもない返事をしているところを見ると、あえて勘違いさせておく方が混乱しなくて良い、と考えているんだろうな。
「実際に財宝を見つけたら、持ち帰るつもりはあるんですか?」
オレが訊ねてみると、パレスちゃんは国民の生活に資するならねと答えた。
しばらく歩き、今日も賑やかな港へ到着する。オレたちが乗る船は第七発着場に停泊しているとのことだ。
海族と海軍で利用する発着場を分けており、第七から三つが海軍専用の発着場なのだとか。
「見えた、あの船だよ」
パレスちゃんが指さす先には、周囲のものより一回りは大きい船舶が泊まっていた。
なるほど、この大きさなら十人程度乗り込んでも問題なく過ごせそうだ。
「船旅か……考えてみれば、それこそリゾートのとき以来かもしれないな」
「マルタワの?」
ルカが訊ねるのに、オレはそうだと頷く。
彼女との思い出――気まずくなってしまった思い出が残るリゾート地……。
「変なこと思い出してない?」
「あ、いやそんなことないぞ」
冷ややかな目でルカに睨まれ、オレは慌てて頭を振る。
目の前に本人がいるのに、考えるのはやめておこう。
「私、船酔いが心配だなあ……」
「私も船に乗ったことはないけれど。酔ったときに回復魔法って効くのかしら……」
イオナとフェイはひそひそとそんなやり取りをしていた。
これから長旅になるし、自分が船酔いしてしまう体質だったら確かに最悪だよな。
魔法か、或いは薬で何とかなればいいのだが。
そう思っていると、
「船内には薬も備えられていますので、もし体調を崩しても酔い止めを飲めば良くなるはずです」
彼女らの話を聞いていたセイルさんが大丈夫だと説明をしていた。
「じゃあ早速、乗り込むとしよう」
舷梯を渡り、オレたちは一人ずつ船に乗り込んでいく。
しんがりを務めたラークさんが壁面のレバーを操作すると、舷梯は持ち上がって壁の一部に収納された。
無数の配管が通る細い廊下を進み、突き当りの扉を開けると広いスペースに出る。
乗組員が集まって会議等を行うような部屋らしく、そこには三人の男女が待っていた。
彼らが同乗する海軍の若手というわけか。
「お待ちしてました! 皆さんが異世界の勇者様ですね。長旅になりますが、どうぞよろしくお願いします」
真ん中に堂々と立っていた女性がまず挨拶をくれる。
それから両脇に立つ男性二人も頭を下げた。
「リース、ベルク、そしてカールの三名です。若手の中でも優秀な者たちを寄こしてもらったので、大抵のトラブルには難なく対処出来るかと」
「あはは、セイル大将にそう言われちゃうと気が引き締まりますね」
快活そうな茶髪の女性、リースさんはそう言って照れ臭そうに笑む。
「大将から紹介はありましたけど改めて。私はリース、主に船の操舵を担当してます」
リースさんの自己紹介を皮切りに、
「えっと……僕はベルクです。船の整備と……後は乗員の治療が主な役割、ですね」
黒髪で目元が隠れている大人しそうなベルクさん、
「俺はカールっす。船内で美味いメシを作らせてもらってるっすよ」
金髪で兵にしては軽薄そうな印象のカールさんが続けて簡単に自己紹介をした。
「彼らを加えた計十三名で、我々は北の果てを目指す。最後にもう一度確認するけれど、覚悟はいいね?」
パレスちゃんの問いかけに対し、オレたちは頷き、
「元よりこの世界の危機に対処するためやって来たんだしな」
「フ……心躍る冒険の始まりということだね……」
「私は特に心躍りませんが、無事に帰還出来ることを祈りますわ」
やや緊張感の無いイマジネーターたちのコメントのあと、
「私たちは微力ですが、この世界の人間として皆さんのサポートに尽力したいと思います」
「自分も精一杯やらせていただきます……!」
セイルさんとラークさんが真剣な面持ちでそう場を締めてくれるのだった。
「よし、では各自持ち場について」
「はい!」
海軍の人たちは、パレスちゃんの指示のもと急いで部屋を出ていく。
それからしばらくして、船内に通っている伝声管から、
『位置につきました、いつでも出航出来ますよ!』
リースさんの声が聞こえてくる。
パレスちゃんは彼女の言葉に頷き、
「ああ……いざ、出航だ!」
声を張り上げ指示を飛ばした。
エンジンの掛かる音と振動……そして船はゆっくりと、水面を滑るように動き出す。
メンデレイア大陸を離れ、北の果てを目指す大航海がここから始まるのだ。
「無事に帰還出来ることを祈る、か」
「うん?」
シャーロットさんの言葉を繰り返すエスカーに、オレは首を傾げる。
「先輩方でもそう思っちゃうことをさせられてるんだなって、再認識しただけだよ」
「はは……そうだな」
その愚痴には苦笑するしかない。
「世界を救う……大それたことだよね。それでも」
溜め息交じりにエスカーは続けた。
「何故か実績は上げられてるわけで。今回も何だかんだ、上手くいっちゃうのかねえ」
「上手くいくと思っておこうぜ。そうじゃなきゃ、命が幾つあっても足りないさ」
オレたちなら、世界を救える。
その心意気を胸に、この大海へと繰り出そう。




