240.王国、再び
千年王国。
まさか、このイース・ミュールで再びその名を聞くことになろうとは思ってもみなかった。
いや、けれども再考してみれば必然なのかもしれない。
エイヴスでは千年王国の幹部と天使とが協力関係を築き、終末ノ獣を産み落としたのだから。
ルカだって、パレスちゃんの正体が天使だと知った際に怪しんでいたはずだ。
君も同じことをしようとしているんじゃないのか……と。
「どうして君が、千年王国の名を」
答えを聞きたくない気持ちもどこかにあって、オレは躊躇いがちにそれを問う。
パレスちゃんは困り顔になって、
「話すべきかどうか迷っていたんだが、結果的に良くない展開になってしまった。実はね……この世界にも訪れているんだよ。千年王国の手先が」
「そんな……」
彼女の告白を受けてエスカーは、
「俺たち、天使と千年王国が手を組んでることを念頭に置いて『校正』しに来てるんだけど。君が王国のことを隠してたっていうのは、つまりそういうことだと思われても仕方ないってことじゃない?」
「うん。エスカーくんの言うことは尤もだ、強く反論は出来ない」
あっさり諦めてしまうパレスちゃん。だが、協力関係であることを認めたわけではなく、
「昨日も言ったが、私は女神としてイース・ミュールを護りたいと思っている。この気持ちに偽りはないよ」
「じゃあ、どうして言わなかったのかしら」
フェイが追及すると、
「……それがね。千年王国が数年間何のアクションも起こさなかったからなんだ」
パレスちゃんはそう切り出し、王国のこれまでについて語り始めた。
「イース・ミュールに千年王国がやって来たのは、恐らく三年ほど前。王国の幹部を名乗る女が王宮に乗り込んできたんだ。夜遅く、私の他に数名の兵士しかいないタイミングでね。名をハニー=デポル……彼女は堂々と自己紹介をし、以後お見知りおきをと言い残して去っていったんだよ」
「パレス様より、千年王国についての情報は聞いております。組織内の人間を第一とし、他の世界を食い物にしている者たちである……と」
大雑把に言えばその認識でも間違いではないだろう。
他の世界を壊すことで、自分たちが生き残る。奴らの主な活動目的はそこにあるはず。
「その後、一度だけ協力を取り付けようとしてきたことはある。この世界に終末をもたらそうじゃないかとね。無論、私は断固として拒否したよ。イース・ミュールを混沌に陥れるような提案を呑むはずがない」
「よもやパレス様にそんな交渉を、と驚いたのですが……他の世界では護り手たる女神が力を貸すようなことも、あったのですか」
パレスちゃんは自身の存在を、世界の護り手だと表現しているらしい。
天使という役割の真実とは異なるが……それがつまり、彼女の『意志』であるようだ。
「以前、オレたちが渡った世界ではそういうことがありました。結果的に、彼女は世界を滅ぼしてしまうつもりではなかったんですが」
「簡潔に言えば、これが人間への試練だってことで災厄を引き起こしたんだね」
イオナの説明にセイルさん、ラークさん両名の表情が困惑に曇った。
そんな女神がいるなんて、と驚いているのに違いない。
「しかし、私が非協力的な立場をハッキリさせると、千年王国はほとんど干渉してこなくなった。もちろん怪しい動きがないか警戒はしていたのだが、それらしい噂も耳にしなくてね。最近は、もしかするとこの世界から撤退してしまったのではと楽天的に考えてしまっていたのだが……どうやら甘かったようだ」
「まさか、オレたちがこっちにやって来たところで動き始めるとは……」
エイヴスで対峙した千年王国の手下のうち、ディオン=マナリーは確実に死亡したが、部下四人は恐らく存命だ。
個々の戦いの結末を詳しくは聞いていないが、殺してしまうまでには至っていない……はず。
なので、帰還した彼らがオレたちのことを上層部へ報告した可能性は高い、というかほぼ確実だろう。
ある程度の脅威として王国がオレたちをマークし始め、イース・ミュールへ訪れたのを知って動き始めた……というのはあり得る。
「だとすれば、千年王国はまだこの世界の滅びを諦めていない?」
「その滅びを実現するために、どういうわけか封印を解こうとしてるってことかねえ」
まあ、それは犯人を千年王国と仮定した場合の話だが。
既にこの世界へ来ている、というのは疑う上での大きな材料だ。
「……ふむ。パレスさん、我々はこの世界に危機が訪れる兆候を確認していました。その上で、千年王国の魔の手が既に忍び寄っていたとすると……本当に、彼らは何もしていなかったのでしょうかね」
「分からない。音沙汰が無かったのは確かだけれど」
「つまり、イース・ミュールの人間には知り得ない場所で何らかの準備を進めていた……そうも考えられるのでは」
ニオさんの指摘に、パレスちゃんは押し黙る。
この世界の人々には、まだ辿り着けていない場所があり……世界の危機はまさに、その場所から迫ってきていて。
「考えなかったわけじゃない。ただ、ハニーと名乗った女幹部は自分の戦闘能力がそう高くないことを憂いていてね。だからこそ協力が必要なんだと訴えていたんだ」
「それが方便である可能性もありますが……」
「今となっては、そうだったんじゃないかと思うよ」
パレスちゃんは苦々しく呟いた。
「当時、自分もパレス様のお傍に付いていましたが……確か、協力が得られなければ他で探すしかないと話していたのではないかと」
そう話すのはラークさん。彼も提案の場に居合わせていたようだ。
しかし、他で協力者を探す……か。協力者の現地調達というと、嫌なことを思い出してしまう。
エイヴスにて人間嫌いのエルフを取り込み、イレギュラー化の材料にしてしまったように。
この世界でもそういった意味合いで、協力者を集めたりしていないか……と。
「……パレスちゃん、この世界にイレギュラーは」
「幸い、まだ発見はされていない。もしもどこかに現れてしまったら、恐らく太刀打ち出来ないだろう」
昨日、港で兵士たちの戦いぶりを見ていたのでそれには同意だ。
イレギュラーのような凶悪な存在相手に、勝ちを掴むのはほぼ不可能だろう。
何とかなるとすれば、せいぜいセイルさん……それからパレスちゃんが直接戦うのであれば、くらいか。
なので、まだイレギュラーが見つかっていないのは良かったが。
「もし、最悪の予想が当たっていたなら……千年王国は手の届かないところで着々と終末の準備をしていたことになる」
「そして危機の兆候に、北の果ての異常……幾つもの符合があるというわけですな」
ニオさんの言葉に、アディさんが眉をひそめながら頷く。
幾つもの符合。それが正しく一点に繋がるのであれば。
「……北の果てには、千年王国が待っているのかもしれない。或いは」
「その近くに奴らがいて、果てで何かをしでかそうとしているか……ね」
オレの言葉の後に、フェイがそう続けた。
流れからすれば、恐らく後者の可能性が高い。古代都市の封印機構が、今朝になって破壊されてしまったのだから。
「はあ……またこういう展開になっちまうのか」
「世界の危機あるところ、千年王国あり……そんな感じね」
認めたくないが、フェイの言う通りだ。
千年王国が活動しているゆえ、世界に危機が迫っている……という順が正しいのかもしれないが。
「彼らの狙いが終末を起こすことなら、古代都市に目的達成のための何かがあるのかしら?」
シャーロットさんの推測に、
「奴らは何かを掴んでいるのかもしれない。ただ、私たちにはそれが何なのか、知りようがないんだ」
パレスちゃんは口惜しそうにそう返すのみだった。
「とにかく、奴らが動き出したのなら警戒するしかない。少なくとも、先に封印を解かれて古代都市に乗り込まれないようにしなければ」
「そうだねえ。裏をかかれたりもしないように気を付けないと」
たとえばこちらが封印を解いても、相手がわざと解かせて先回りしている、なんてことも考えられる。
エスカーの言う裏をかくとはそういうことだろう。確かにありそうなことだ。
「千年王国に注意しつつの航海……か。あいつらの恐ろしさは分かってるから辛いが、やるしかないな」
昨夜の漠然とした不安が、早速現実のものとなったことに苦笑しつつ。
オレは改めて、この航海を乗り切らねばと気を引き締めるのだった。




