239.忍び寄る影
夜が明け、イース・ミュールでの二日目が訪れる。
エイヴスではハプニングが発生し、イオナに起こされることになったわけだが、今回は誰かが起こしに来ることもなかった。
今のところは、平和な朝である。
二人一組の客室なので、向かい側にあるベッドではエスカーが横になっていた。
寝ているのかと思ったが、オレが起きるなりこちらへ顔を向けてくる。待っていたのかもしれない。
「はあ……おはよう」
「おはよう、リーダー。結構早いね」
「お前こそ」
壁掛け時計は七時四十分を示している。
まあ、この時間なら起き出していても普通か。
二度寝するつもりもないし、オレはさっさとベッドから出る。
とりあえず、全員が起床したら朝食をいただくことになるかな。
「……ねえ」
「どうした、エスカー」
「外、ちょっと騒がしくない?」
……言われてみると、廊下を慌てて歩くような足音が聞こえる気がする。
客室からは少し離れていそうなので、オレたちの内の誰かではなさそうだ。
「行ってみるか」
「朝食がどうなるかも気になるところだしねえ」
気にならないわけじゃないが、食事は二の次だろとツッコミを入れたくなる。
それを我慢した代わりに溜め息を一つ吐いて、オレは客室を後にした。
「おはようございます。あの、何かあったんですか……?」
廊下へ出て直進した先に、戸惑った様子の使用人がいたので訊ねてみる。
すると、使用人の女性は軽く会釈をしてから、
「はい。あの……朝早くに海軍の方がいらっしゃって。国王様とパレス様を交えて何やらご相談を」
「……只ならぬ気配、だな」
平和な朝、というのは撤回した方が良さそうだ。
今回はオレが最初に異変を知る役回りだっただけらしい。
「あ――ダインくん! ちょうどいいところに」
そこへ、話に出たパレスちゃんがやって来る。
こちらとしてもちょうどいいところに、だ。
「使用人の方から聞きましたけど、海軍の方が来てるそうですね。何か問題でも?」
「ああ……懸念していたことが現実になってしまった。皆を起こしてきてくれないかい。付いてきてほしい場所があるんだ」
「えーっと……分かりました」
事情はまだよく呑み込めなかったが、全員に周知しておかねばならない話のようだ。
やはり役回りがイオナと入れ替わったなと思いつつ、オレはエスカーと手分けして皆を起こしにかかるのだった。
*
首都ゼフ・ミュールから南下していくと、丘陵が見えてくる。
大陸のほとんどが開発され、人の住まう土地となった中で、このディヴェール丘陵は自然が残された貴重な場所だった。
オレたちは朝食もとれないまま、パレスちゃんや海軍の人たちに付いていくこととなり、この丘陵へとやって来た。
都市からここまでは二十分ほどで辿り着いたが、目的地はもう少し奥にあるらしい。
指で指し示された先には、周囲と比べ盛り上がった山のような部分……その中に生じた窪地があった。
「着いた。ここがディヴェールの石櫃と名付けられている洞窟だ」
窪地に開いた穴を指し示し、パレスちゃんがそう紹介する。
洞窟とは言っても、崩落が起きないよう人の手が加えられており、入口部分は頑丈そうな扉まで付いていた。
扉の前には海軍の兵士らしき男性が二人、左右に待機している。
「覚えているかな、昨日話した封印機構の一つが、この洞窟内にあったんだが――」
そこまでを言い、パレスちゃんはセイルさんの方を見やる。
「……面目ありません。今朝早く、何者かによってその機構が破壊されてしまったそうなのです」
「え……?」
ここへ案内された時点で薄々嫌な予感はしていたが、そんなことになっていたとは。
確か昨日、封印機構の存在については王宮と海軍しか知らないという風な話をしていたはずではなかったか。
それがまさか、破壊されてしまうなんて。
しかも偶然か否か、オレたちがこの世界へやって来たこのタイミングで……。
「ラーク、彼らにも説明を」
「はい!」
セイルさんから指示を受け、ラークさんがオレたちに事情を話し始める。
「襲撃があったのは、午前五時過ぎでした。こちらは少人数ながら二十四時間体制で警備をしておりまして、当時も二名の兵士が通常通り警備中だったのですが。一人が背後から奇襲に遭い、呻き声を上げて倒れたそうで、気付いたもう一人がこちらへ緊急事態を伝えようとしたものの、彼もまた襲われて意識を失ってしまったそうです」
海軍の兵は全員が通信機を携帯しており、それで緊急事態を伝えようとしたらしい。
発信後に通信機が壊されたため、何か起きたことだけは分かったラークさんが、現地に駆けつけたとのことだ。
「駆けつけた自分はすぐ倒れている二人を発見、扉は開かれてしまっていました。恐る恐る中へ入ってみたところ、封印機構が壊されてしまっていることを確認し、急ぎセイル大将へ連絡を入れた次第です」
「連絡を受けた私も、すぐパレス様へ報告をいたしました。その後王宮に出向いて詳細と今後の方針を話し合い、皆さまと合流したわけです」
朝はかなりのドタバタ劇だったというわけだ。
パレスちゃんも突然の事態に困惑しつつ、オレたちのところへ来てくれたんだな。
洞窟を少し進むと、すぐだだっ広い空間に出る。
ディウェールの石櫃はここまでで全てらしく、封印機構のためだけに掘られた空間なのではと感じられた。
「……本当に、破壊されているんだね。やれやれ、杞憂であればと思っていたんだが……甘かったようだ」
奥にある封印機構の残骸を目にしたパレスちゃんが、浮かない顔で溜め息を吐く。
長方形に切り出された石碑のようなもの、その上部が砕けて破片が散乱している……あれが機構だったものか。
見た目からすると、恐らく作動中は光を放っていたり音を立てていたり、特徴的な動作をしていたんだろう。
「解除方法が分からなくとも、破壊してしまえば機能は停止する……強硬手段に出られたね」
「ねえ……一体誰が機構を破壊したのか、見当はついてるの?」
ルカの問いかけに、パレスちゃんはしばらくまぶたを閉じて考える仕草をしてから、こう返す。
「現場から去っていく人影を、ラークが見たそうだ。既にかなり遠のいていておぼろげだったようだけど」
「はい。それでも自分は、見間違えではないと思っております」
分かってるよとラークさんに返してから、パレスちゃんはもう一度溜め息を吐いた。
そして次の瞬間、驚くべき一言をオレたちに告げたのだった。
「封印機構を壊したのは恐らく――千年王国の奴らだろう」




