238.船出の前に休息を
夕食をとるまでの間に、オレたちはコーネリア校長へ現状の説明を入れておくことにした。
校長も予想していた方向とはかなり違う展開に驚いていたが、今後の方針が明確なのは良いことだと評した。
『右も左も分からん森の中に放り出されて、さてこの世界の問題を解決しろ、なんてことにならなかったのは救いだな。長旅になるのは大変だろうが……』
「十日間くらい、ですかね。実際、新入生が経験するには長すぎる任務が続きますけど」
「ボク、流石に試験をパスする自信なくなってきたし……」
今回の任務が最速で片付いたとしても、エイヴスを含めて半月分くらいは講義を受けていない期間があることになる。
元々勉強の苦手なルカが弱音を吐くのも無理からぬことだ。
『期末試験まで一ヶ月ちょいか。流石に合格点を下げるなんて贔屓は出来んが、なるべくサポートはさせてもらうさ。対策チーム化を承諾したのはお前らだが、頼んだのはこちらだしな』
引き続き講義内容をおさらいする資料の配布や、オレたちだけで改めてヴァージニア教官やキャスパー教官に講義をしてもらうことも考えているという。
それだけオレたちも拘束されるわけだが仕方ない。点数調整等で他の新入生より優遇されるのも気が引けるし。
「あ、それから。首都を護る戦力が減るので援軍が欲しいとパレスちゃんが言ってたんです。なんでバランたちに任せようかなと」
『なるほど、首都の防衛ならこっちと行き来可能だしな。分かった、伝えておこう。しかし……』
コーネリア校長は表情を曇らせる。
『天使パレスか。まさかいきなりご登場の上、世界を救ってくれと頼み込んでくるとは』
「私たちも驚きましたよー。ルマンちゃんの感じからすると、裏で糸を引いてる黒幕ポジションなのが天使だと思ってましたし」
『天使どもにも各々の事情や考えがあるってことかね……それはそれで、やり辛いんだがな』
天使という存在が全て、人々へ試練を与える目的だけで動いていたならば、そういう奴らだと割り切って対処することも出来るけれども。
一人一人、世界への思い入れやスタンスが違っていると、敵に据えればいいのか味方と信頼すればいいのか分からなくなる。これは非常にやり辛い。
「天使、ねえ」
そこで、シャーロットさんが物憂げに呟く。誰に向けたものでもない独り言だったようだが、
「どうしたんです?」
気になったエスカーが訊ねるのに、彼女は首を緩々と振り、
「いえ……随分想像と違いましたわ。教会の教えでは、人を導く光輝なる存在という印象でしたし」
「ハハ、違いない。印象操作ってヤツですねえ」
「それを僕らの前で言いますか、エスカーさん……」
アディさんが苦笑するものの、エスカーは気にも留めない。
こいつは常にこんな感じでシニカルだし、驚きはしないが。
「天使の二面性……神話と真実……フフ、面白いテーマだ……」
ユベールさんはユベールさんで自分の世界に没入している。
こういう時の彼は放っておくのがベターだろう。
『パレスっつう天使のことは全面的にゃ信用出来ねえが、俺も教会のお二人と同じことを言うだけだな。イース・ミュールを救う……お前らの役目はその一点だ』
「まあ、これで裏をかかれたりしないよう目は光らせておきますよ」
『その距離感でいいんじゃねえか。最後まで味方なら、それで構わねえんだ』
終末ノ獣が現れないままイース・ミュールが救われる……そんな結末になってくれればありがたいけれど。
『んじゃ、今日からそっちに滞在ってことで教官たちには周知しとくぜ。またバランチームの諾否とかの報告含め、連絡はさせてもらう。よろしく頼む』
「はい。ではまた」
通信が切れ、オレは軽く溜め息を吐く。
報告も無事に終えたし、これで今日のところはのんびりさせてもらえるか。
「一日で色々と教えられたし、疲れちゃった。ボクもうお腹ペコペコだよ」
「ふふ……そうねえ、頭を使うのもお腹が空くものね」
「とーぜん! なので美味しいものをお腹いっぱい食べたいな」
フェイは空腹を訴えるルカを、微笑ましく見つめている。
どうも彼女、ルカのことをだんだん年下の子どものように愛で始めている感じがするな……気持ちは分からなくもないが。
「皆さま、お食事の用意が出来ました」
タイミングばっちりで、王宮の使用人が知らせにやって来る。
跳び上がらんばかりの勢いで立ち上がったルカを先頭に、オレたちは夕食が待つ食堂へと向かった。
「おおー……」
イース・ミュールの料理は予想に違わず海鮮系のものが多く並んでおり、肉よりも魚が目立っていた。
白身魚のマリネにムニエル、一匹丸ごとの豪快なアクアパッツァ。
他にもイカを使ったトマトパスタや貝の出汁が効いたスープパスタ等々……見た目にも美味しい品々がオレたちを誘惑する。
「どうぞ、お召し上がりください」
これだけ見事な料理の数々だ。食べねばそれこそ失礼というもの。
オレたちは胃袋の許す限り、イース・ミュールの美味に舌鼓を打った。
「今更だけど」
パスタを頬張りながら、ルカがそう切り出す。
「時空の歪みから海洋系の魔物ばっかり出てきたのって、この異世界の特色だったんだね」
「だろうな。陸地に出てくるなんて災難だったが」
アラヴァン近郊に出現した、後にイース・ミュールのワールドスクリプトとなった時空の歪み。
そこからブレードフィッシュやらポイズンシースターやらが落ちてきたのは、ここが大海の異世界だというのを暗示していたわけだ。
「我々も、大方このような異世界なのではと予測しておりました。似たような先例もありましてな、火属性の魔物が現れたワールドスクリプトは、活火山が大陸中心部にある過酷な異世界だった……というように」
「へえ……そりゃ異世界から魔物が渡ってくるわけだし、考えてみれば当然かあ」
歪みから出てくる魔物はすなわち、ワールドスクリプト内から出てきている。
だから、異世界の特色を反映している可能性が高いのは道理なのだ。
「今後も皆さんが新たな時空の歪みを対処することになった際、出現する魔物によってそのワールドスクリプトの環境について予想を立てられることもあるかもしませんな」
「はは……そうですね。教えていただいてありがとうございます」
こういう魔物が出たから、ワールドスクリプトの調査に行くならこんな世界が待っているんじゃないか。
そんな風に考える場面があるかもしれない、というのはちょっと面白そうだ。
「……ん? どうした、エスカー」
普段なら率先して情報収集したがるエスカーが、料理を見つめて静かにしていたので少し気になった。
彼はオレの呼びかけに、
「ああ、ほら。このサラダに青みのあるソースがかかってるじゃない? これがヤーシャルの実なのかもね」
「お……確かに。まだ食ってねえや」
「独特の甘酸っぱさがある。爽やかな感じだねえ」
言われて一口食べてみると、なるほど清涼感のある甘酸っぱさが広がる。
柑橘系の果物にも似ているし、ハーブっぽくもある。不思議な美味しさだ。
「これが水のろ過にも使われるし、ちゃんと食べても美味しいってのは凄いもんだな……」
「ありがたい食べ物だよね。逆に欠点が無いのか気になるくらいに」
こいつの天邪鬼な部分が出たな。むしろ欠点はその育て難さにあると思うが。
あの果樹園を形にするまで相当苦労したと聞いたし、生育には間違いなくコストが掛かっている。
「イース・ミュールと交流が出来たら、ロウディシアにも普及するかな?」
「どうかしら。ロウディシアで育てられるか、無理なら幾らで買えるのか、そもそも輸出可能なのか……問題は色々あると思うわ」
「だろうねえ。よそ様と取引するってのは難しい問題だ」
エイヴス、それからベルガルマなど交易関係を確立させているワールドスクリプトは幾つかある。
ただ、それらはやはり長年の交流が土台にあるのだなあと再認識させられた。
豪華な夕食を残さずいただいた後、オレたちは順に風呂へ入り、夜を過ごした。
王宮を離れることはしなかったが、宮内を散策したり、イース・ミュールの夜景を眺めてみたり。
世界に危機が訪れようとしている。そんな気配など感じさせない、穏やかな夜。
けれど、その穏やかさもきっと今だけで。
明日からの航海……多くの苦難が待ち受けているという、漠然とした予感がある。
何故ならこれもまた、イオナが語った巡礼の旅なのだろうから。
せめて、海を渡った果てに待つものが。
オレたちにとって……そして世界にとって良き結末であることを、今は願っておく。




