237.航海の打ち合わせ
時刻は五時を過ぎ、穏やかな海も夕陽の朱色を映し出す。
こんな赤ならば綺麗という言葉だけで済むのだろうが、北の海に待つ赤の海は、人を冒し魔物を強める危険の色だ。
海軍の方々の業務が一通り終わったとのことで、オレたちは使用人に案内され王宮の応接室に向かう。
そこにはパレスちゃん、セイルさんの他にもう一人、二十代前半くらいの海軍男性が待機していた。
「お待たせして申し訳ない。ようやく一段落ついたのでね、集まってもらった」
「いえ、忙しいのにありがとうございます。そちらは?」
ニオさんが話を振ると、海軍の若者は畏まった様子で、
「はい、自分は海軍少将のラーク=ブローと言います。今回の作戦でご一緒させていただくことになりました、よろしくお願いします!」
セイルさんは落ち着き払った礼儀正しさがあるとして、こちらのラークさんは若さゆえの生真面目さが感じられる人だ。
軍人として厳しい規律の中過ごし、立ち居振る舞いや言葉遣いはしっかりしているけれど、その内に熱量のようなものが確かにある。
ワインレッドの短髪に、同じくらい深い紅の瞳。そういう部分が彼の胆力を表しているようだった。
オレたちが席に着き、全員が揃ったところで打ち合わせが始まる。
「海軍は海族を管理する組織なのでね、船は数隻ほどしか保有していない。ただ、近海の警護を目的として造られた船だから、魔物の襲撃にも耐えられる装甲を備えているんだ」
パレスちゃんは誇らしげにそう話す。
どうやらこの航海にあたっては、海族は参加せず海軍の人たちのみでメンバーが構成されるようだ。
セイルさん、ラークさんの他、操舵や雑務の行える者が三名ほど。それから驚きだったのは、
「なお、私もこの作戦に参加させてもらうよ。女神として、ただ託すだけじゃなく共に世界を護りたいからね」
「え、パレスちゃんが?」
天使であるパレスちゃん自身が、航海に同行すると告げたことだった。
てっきりここに残って、時折オレたちを見に来る程度かなと思っていたのだが、ルマンちゃんとはやはり考え方が違うのか。
「君たちなら察せられるだろうけど、私も戦闘能力はそれなりにあるつもりだ。決して邪魔にはならないよ」
「いや、共闘してくれるならそれはありがたいですけどね……」
イオナも、パレスちゃんの協力的な態度に戸惑っているようだ。
それは教会の二人も同様らしく、互いに目配せをしていた。
「整理すると、イース・ミュールからは私とセイル、ラークほか海軍の兵三名の合わせて六名。ロウディシアからは君たちのうち七名。合わせて十三名が船に乗り込み出航することになる」
「そう思うと、結構多いですね」
「大抵の海族団も、十名前後で構成されています。人数としては過不足ない規模かと」
答えたのはセイルさんだ。単純に人数だけで言えばそうだけれど、うち半分を構成するオレたちは航海の心得も何もないからなあ。それはちょっと不安だったりする。
軍の人間はプロなので大丈夫ですよ、とはフォローしてくれたが。
「航海の日程はどんな感じなのかしら」
フェイが訊ねると、これにもセイルさんが請け合って、
「はい。順調に行ったと仮定すれば、一日に一つ大陸を移動するような旅程になるでしょう。大陸間の距離自体は、特にガジェミア大陸まではそれほど開きがありませんので」
ガジェミア……つまり三番目の大陸までは、各大陸二時間程度で航行可能だという。
それ以降は次第に距離が開き、三時間から五時間程度が予想されるとのことだ。
予想していたよりも、移動にかかる時間はだいぶ短い。だからこそ、これまでイース・ミュールの人々が北上出来なかったのは技術や資源的なところではなく、ただ戦闘力の問題なんだなと良く分かった。
「特に異存が無ければ、明日の朝にはメンデレイア大陸を発とうと考えています。そこから一日一大陸を目途に北上、六日間をかけて北の果てに辿り着く……となるのが最速の旅程ですが」
まずこの計画は狂うものと思っていますとセイルさんは付け足した。
そりゃあ、第五大陸から先はイース・ミュールの人たちにとっても未知の場所だ。
トラブルが起きる可能性は高いし、引き返さざるを得なくなることだってないとはいえない。
オレたちの方も二週間のタイムリミットがあるから、出来ることならこの航海で全てを解決したいものだが。
「そして重要なのが、各大陸でやらなければならない作業があるということだ。物資の補給は当然ながら、私たちはあるものを探さなくちゃいけない」
「あるもの?」
ルカが首を傾げるのに、
「ああ。北の果てに沈んでいるであろう古代都市……その封印を解くための仕掛けさ」
パレスちゃんは人差し指をピンと突き立ててそう答えた。
「古代都市に封印が施されている、と?」
「実はそうらしいんだよ、ニオさん。これは王宮と海軍の方で秘匿させてもらっているんだが、各大陸に魔力の込められた謎の仕掛けが存在してね。その術式がどうやら封印機構であり、北へ向けて作用しているのが分かっているんだ」
「仕掛けはメンデレイア大陸にもあり、海軍が交代で警備をしている状態です。出発の際にはこの仕掛けをまず見てもらい、解除してから出航する……ということになるでしょう」
まだここの仕掛けも施された状態で保っていたようだ。
オレたちにも仕掛けがどんなものか確認してもらった上で解除し、以降も各大陸で解除処理をしていくことになるわけか。
「その仕掛けっていうのが各大陸のどこにあるのか、把握はしてるんですか?」
イオナが質問をすると、セイルさんが頷いて、
「第四大陸までは調べがついています。やはり第五大陸からが不確定要素ばかりでして、到着次第探すことになってしまいますね」
「ま、それは仕方ないか」
「これまでに発見された封印機構はいずれも野晒しにはなっておらず、洞窟の中などで見つかっています。恐らく発見されていない機構も同様に隠されているのでしょう」
隠されている……か。古代都市が封じられているなら当然、封じた誰かがいるわけで、機構を見つかり難い場所に隠すのもまた当然のことだけれど。
「一体誰が、そんな封印を……」
「生き延びた古代の人々、ということになるんじゃないかな」
パレスちゃんはそう考えるのが自然だろうと話す。
「一説には、古代人は潤沢な資源を有していたため、古代都市には宝の山が眠っているとも言われている。逃げ延びた古代人は、やがて帰り着こうとしていたその都市を、誰かに盗掘されないよう封印を施したのかもしれないね」
「一度築いた富や地位を手放せない……その気持ち、理解は出来ますわ」
シャーロットさんが憐れむような口調で言う。
彼女も相応の資産を持つ貴族の娘だものな。その立場を喪う恐怖、我が事のように感じてしまうのかもしれない。
「というわけで。作戦をまとめると、一日一つの大陸を渡り、封印機構を解除していく。そして北の果てで待つ何らかの異常に対処をし、帰還する。行きは最速でも六日をかけるけれど、帰りは半分もかからないはずだ。各大陸は直線状に並んでいるわけじゃなく、東西にバラけているからね」
「帰還時は、第三大陸辺りで一度補給をすれば事足りると思われます。全速力なら二日で首都まで帰り着くでしょう」
行きはジグザグ、帰りは直進。イメージとしてはそんなところか。
「何せ、ゼフ・ミュールの主要戦力がほぼ同行する計画だからね。こちらとしても、早く帰ってこれるに越したことはない」
「ああ……セイルさんたちに、パレスちゃんまで来るなら確かに」
首都の守りが手薄になってしまうのは懸念材料なわけだ。
……そうすると、こちらが打てる手は一つあるな。
「オレたちの世界から増援を呼ぶのは出来ると思います。二十四時間警備までは無理ですけど、非常時の戦力にはなるかと」
「本当かい? それが可能ならぜひとも呼んでほしいものだけれど」
何だかいいように使ってしまってる気はするが、アイツもイレギュラー問題に関わりたいみたいだし、構わないだろう。
パレスちゃんが肯定的だったので、とりあえず後で彼ら……バランチームに話を伝えておくことを決めた。
「最後にありがたい提案を貰えて良かったよ。これで打ち合わせは以上だ、疑問点がないならお開きにしよう」
「皆さん、お疲れ様でした。夕食のご用意は既に始めておりますが、如何いたしましょう?」
セイルさんが夕食をどうするか訊ねてくる。
当初の予定では、ロウディシアとこちらを行ったり来たりしながら調査をしていこうと考えていたわけだが……長期滞在は確定だ。
今日からここに留まっても、多分問題はないだろう。
「オレたちはいただきたいです。ええと……」
「フ……僕らもそれで構わない」
「我々もいただきましょう。元より、滞在することも想定はしていますのでな」
「了解しました。では、後ほど食堂に」
先輩方やセラフィス教会の人たちも、別に一時帰還する必要はないらしい。
皆仲良く、しばらくはイース・ミュールで過ごすことになるな。
「長々と付き合ってくれて感謝しているよ。明日に備えて、今日はどうかゆっくり過ごしてほしい」
最後にパレスちゃんがそんな言葉をくれて、打ち合わせは終了の運びとなるのだった。




