236.セラフィス教会の務め
ドニ国王への報告を終えたオレたちは、王宮の客室へと案内された。
宮内は相当な広さがあり、客室数も多い。オレたちは二人で一つの部屋を使わせてもらえることになった。
転移用の書物はパレスちゃんが移動させており、これも客室の一つに置かれていた。
エイヴスのときのように妨害されているなんてこともなく、いつでもロウディシアに帰れるようにはなっている。
ただ、今後の流れを考えれば、今回も帰還出来るのは全ての問題を解決したときになりそうだ。
この世界の大海を北上し、果てを目指す航海が始まるのだから。
「一気に色々教えられて、なんか疲れちゃったな……」
ベッドに倒れ込みながらルカが言う。
しばらく自由時間をもらったので、オレたちはとりあえず一つの客室に集まっていた。
『ルカさんは特にそうでしょうね』
「あっ、露骨にバカにしてない?」
『情報はまとめているので、いつでもお教え出来ますよ』
「ああ、ありがとうマル様……」
外でマルとのやり取りはほとんど出来なかったが、通信は繋がっていたのであちらも話は全て聞いている。
彼女が内容をまとめてくれているなら安心出来るな。
「しかし、あの子が天使だったとはねえ」
さも意外だったという風にエスカーは言うが、彼とて勘付いてはいたはずだ。
あれほど達者に話し、街の民から敬われる少女なんてどう考えても普通の子じゃない。
「教会のお二人は、彼女のことどれくらい信用してるんです?」
「信用という話で言えば、誰に対しても常に公正な目を向けておかねばと考えています。私のモットーでしてな。しかしながら、先ほども宣言したように我々の目的はブレない。イース・ミュールを全力で救うと、ただそれだけです」
「まあ、終末ノ獣が出てこようと斃せばいいってことですもんねえ」
それが決して容易なことではないから、悩ましいところではあるのだが。
獣の発生を抑え込んだ上で根本問題を解消する、というのが恐らく最良の道筋だ。
「ただ、拠点を離れて航海に繰り出すというのは予想外でした。申し訳ないのですが、我々はこの大陸に留まることになるでしょう」
「あら……そうなんですか?」
「あまり大人数になるのは良くないですし、我々はほとんど戦力になりません。探索はイマジネーターの皆さんにお任せするのが一番かと」
航海となれば、セイルさんを始めとした海軍の方や、海族の方も参加するかもしれない。
食糧問題は長旅において重要だろうし、留まる選択も確かに一理はある、が。
「そうなると大人がいないんで、ちょっと不安ではありますが」
「あら? 私たちでは不足とお思いなのかしら」
「フ……心外だね……」
「いや、そういうことじゃないですけど……」
不安を口に上らせると、先輩二人が過敏に反応してくる。
……正直この二人に対しても不安はあるけれど、それはさておき。
教会の要請から始まったこの調査、オレたちだけで正しい判断が出来るのかが気がかりだった。
「無論、連絡は適宜とらせていただきますよ」
「いやあ、力不足で頼らざるを得ないのは申し訳ない」
アディさんは頭を下げる。……まあ、留まると教会側が決めた以上は仕方ないか。
戦える人――それこそエレンちゃんのようにイマジネーターを兼任している人がいれば、同行したのかもな。
「実を言えば、我々には別の仕事もあるのですよ。ここは新たに見つかった、情報の真っ新な異世界ですからな。後々の交流等を見越し、データを集めておかねばならんのです」
「イマジネーターやコンストラクターにも協力してもらっていますが、異世界の情報を文章化するのは主に教会の仕事でして。恐らくこれ以後も、ロウディシアからの転移先はこのメンデレイア大陸になるでしょうから、まず足がかりとしてこの地のことは詳細に記録しておこうかと」
今後イース・ミュールを訪れる者たちのため、か。
これまでに収蔵されてきたワールドスクリプトも、同じように調べ上げられ今のイマジネーターに還元されている。
それを思うと、オレとしてもそちらの調査を優先してほしくなった。
「私たち、あんまり教会のお仕事とか知らないもんね。色々してるんだなって感心しちゃいました」
そうコメントしたのはイオナだ。事情を知っているオレからすれば白々しい台詞だが、さりげなく教会と無関係であることを皆に示しているのだろう。
誰かに怪しまれているのか……だとすれば有力なのはエスカーだよな。あいつ、人のプライバシーなんて知ったこっちゃなさそうだし。
「あはは……教会の活動内容が知られていないのは仕方ないことです。どちらかと言えば、知られないようにすることも大事ですしね」
アディさんは苦笑しながら言い、その後をニオさんが引き継いで、
「一般的には、女神イオナの教えを広めるのが教会の務めです。しかし、皆さんは既にご存知の通り、ワールドスクリプト含めた全世界の安寧を保つことも重要な使命となっています。これは世界を監視し、危機に対して皆さんに出動を要請するだけではなく、情報の収集や統制によって危機を未然に防ぐということでもあるのですな」
統制という言葉が示すように、混乱を招くような情報はシャットアウトすると決めるのも教会の役目なわけだ。
実際オレたちはエイヴスの事件後、人間がイレギュラーに変質してしまう可能性について知らされた。
人間の恐怖がイレギュラー化のトリガーになる……知ることがむしろ引き金になりかねない危険な情報。
それに対して蓋をしておこうと統制を敷くのは、確かに重要かつ責任重大な役割に違いない。
「皆さんがイース・ミュールを救ってくださったら、僕たちも早急に情報をまとめ、安心して行き来の出来るワールドスクリプトの一つにしてみせます。交流が深まるのは互いの世界のメリットにもなるでしょうし、そんな未来のためにそれぞれの仕事を頑張りましょう」
「はは……そうですね。せっかく百番目の異世界なんだし、良い関係を築けるようにしたいもんだ」
新たなワールドスクリプト。その交流の起点となること。
もしかしたら将来、この異世界はダイン=アグナス率いるチームが交流のきっかけを作ったのだ、などと紹介される日がくるかもしれない。
恥ずかしい気持ちもあるけれど、そうなると誇らしいなという気持ちもあった。
……まあ、少しばかり自意識過剰かもしれないが。




