234.浄水場と果樹園
浄水場の設備をざっと一周したオレたちは、その隣に併設された果樹園へと向かっていた。
見学中、浄水作業のあれこれについて説明は受けたのだが、正直専門的な分野だったので半分も理解出来なかった。
パレスちゃんも自慢の技術として一応言いたかっただけだろうし、特に気にしちゃいないだろうが。
「……さて、到着だ。ここが浄水場を運営する上で欠かせない、ヤーシャル果樹園だよ」
「ヤーシャル……」
広大な敷地に、無数の木々が等間隔で植わっている。
上部には格子状に細い鉄棒が張られていて、伸びた枝がそこに絡みつき、先から果樹を実らせていた。
一方、地面にも格子状の溝が掘られ、そこには浄水場からの水が流れてきている。
清らかな水をいっぱいに吸収して、この果樹は成長しているようだった。
「さっきもヤーシャルの供給がどうとか、レビラって人が言ってましたね」
「うん、それがこの果樹のことさ」
パレスちゃんは、たわわに実った果実を見つめながら言う。
丸く光沢のある、青みがかった色の果実。
ただ、パレスちゃんの説明で気になる表現があった。多分、それも質問させるようにあえて仄めかしたのだろうけど。
「パレスちゃん。浄水場の水が果樹園に欠かせないなら分かるけど、さっきの説明は逆だったよな? 果樹園が浄水場の運営に欠かせないってどういうことなんだ?」
「ふふふ、ちゃんと聞いてくれたね」
まるで従順な生徒を褒めるような台詞だったが、つっこむのは我慢する。
パレスちゃんは嬉しそうに答えを語り始めた。
「このヤーシャルの実は、浄水場のろ過装置に使用されるフィルターになるんだ。この実に含まれている成分にはね、海水の毒を取り除く作用があるんだよ」
「へえ、この実が……」
「しかも、食用としても使えて普通に美味しい。ヤーシャルは非常に便利な果実なのさ」
有害な海水を浄化するのに必須で、更には食用としても利用可能か。
なるほど、さっきパレスちゃんがどの大陸でも栽培出来るようにしたいと言った理由が分かった。
「……ふむ」
「どうした、エスカー?」
果実をまじまじと見つめながら考え込むエスカー。
オレが首を傾げながら様子を伺うと、
「いや、便利な果実があるもんなんだねえ」
「ここまで立派な果樹園に仕上げるまでには、相当な苦労があったけどね」
水の無毒化にヤーシャルの実が欠かせないということは、安定してこれが採れるまでは浄水能力も完全ではなかったわけだ。
なるべく綺麗な水を確保し、人々の生活とヤーシャルの栽培を両立させる……一筋縄ではいかなかったことだろう。
「現状、ヤーシャルの果樹園を拓けているのはこのメンデレイア大陸と、すぐ北にあるウルラ大陸だけだ。三番目のガジェミアにも早く造園したいのだけど、物資も環境も中々整えられなくて難航しているよ」
少なくとも、既に人が住み付いている大陸への整備は急務なはずだ。
北上するほど海水が有害なら、むしろ北の大陸ほど水の浄化が不可欠になる。
「これが順調なら、人類はせめてもう少し北へ進めていたんだろうけどね。もはや猶予は無くなってしまった」
「ま、それで俺たちが呼ばれたんだものねえ」
パレスちゃんはこくりと頷く。
「ふう。長くなってしまったけれど、これでイース・ミュールを取り巻く状況については教えられたかと思う。……ああ、後は任務を達成した際の報酬も決めておいた方がいいのだっけ」
「それは後回しでも結構ですよ」
答えたのはニオさんだ。まあ、イマジネーターのオレたちが受け取ることになるから聞いてくれたのだろうが、それはあくまで副次的な部分。
オレたちも教会も、初めからこの世界を救うためにやって来ている。だから結局のところ、やるべきことが明確であれば断る理由は無いのだ。
「この世界の危機を救うため、我々に求められている役割は把握しました。お断りすることにはならないでしょう。……しかしですな、その前にあと一つだけ確認しておきたいことがあります」
「……うん?」
そこで、ニオさんの目つきが俄かに鋭さを増す。
パレスちゃんが一通りの事実を明かすまで、気を窺っていたという感じだった。
「実のところ、我々はこうした異世界の探訪が初めてではありません。特にこの方たちは、別の世界で危機を救った経験もあります」
「ほう、それは心強いね」
「ですから、薄々勘付いていることはあるのですよ。……パレスさん、貴方という存在についてね」
――やっぱりか。
ニオさんも……いや、恐らくこの場にいる全員、何となく怪しさを感じていたのは間違いない。
特にセラフィス教会の二人なら、疑念どころかほとんど確信に近かったのではないだろうか。
「外見は少女でありながら、この世界の国王と同等の地位にあり、民から畏敬の念を持って接されている……。年齢からしても王妃とは考えられませんし、王女というのもしっくりこない。いや、そもそも貴方は見た目通りの年齢には思えないのです」
「……そうですね、ニオ大司教の仰る通り、貴方はただのヒトだとは思えない」
かといって、この世界ではエルフやドワーフといった別種族を一度も目にしなかった。
そうなると、オレたちだからこそ浮かんでくる答えが一つある。
「単刀直入にお聞きしますが――貴方、天使ですな?」
射貫くようなニオさんの問いかけに、パレスちゃんは暫しの沈黙の後、答を返した。
「いやあ、案外早くにバレちゃったなあ……そうとも、私がこの世界を担当する天使――『怠惰のパレス』だよ」




