233.海と魔物と人々と
この世界の人々には、戦うに足る力が無い――。
なるほど、それは魔物の棲む海を冒険する上で、単純かつ深刻な問題に違いなかった。
「……君たちも目の当たりにしたわけだが、ベテランの兵士ですらあのレベルの魔物に苦戦している。それは海族たちも同じだ」
襲撃の後始末を海軍の人たちに任せ、オレたちは再びパレスちゃんの案内で街を歩いている。
次の目的地へ向かう道すがら、彼女は先ほど明らかになった問題について補足を入れてくれていた。
「セイルさんは結構な腕前でしたが……」
「うん、彼は周りの人間と比べると特別な方だ。あれだけの腕っぷしだからこそ、若くして大将に上り詰めたんだよ」
セイルさんの腕前で、特別と称されるくらいなのか。
彼のことを悪く言うつもりはないけれど、正直なところ若手のイマジネーターやコンストラクターと同等という印象だ。
エイヴスのテルさんも恐らく、それに近しいレベルだった。あちらには戦える人たちが結構いたはずだし、比べるとイース・ミュールは戦闘能力が劣っていると評さざるを得ない。
「魔物どもは、世界を北上するほどその強さを増していく。そうなるともう、大抵の人間は太刀打ち出来なくなってしまう。五番目以降の大陸を探索出来ない一番の理由はそこなんだ」
「では、さっき戦った魔物がこの世界の最弱クラスということね? それで兵士があの体たらくときたら、貴方が呆れる気持ちも理解出来ましてよ」
歯に衣着せぬ物言いのシャーロットさん。だが、パレスちゃんもハッキリ言われる方が楽なようだ。
口元に拳を当てふふふと苦笑してから、
「同情的で助かるよ。突き放されてしまったら困るからね」
流石にオレたちも、そこまで白状ではない。
見ず知らずの異世界人だから、向こうが心配してしまうのは当然だろうが。
「しかし……北上するほど強くなる魔物と、北の果てから赤く変色する海……ですか。何らかの関係性は疑ってしまいますな」
「私たちも、この二つは関連したものだと仮定している。更に言えば、一つ重要な事実を昔から掴んでいるんだ」
「ほう、重要な事実ですか」
「今から向かう先が、それを説明するのに打ってつけの施設なんだよ。そろそろ見えてくる頃じゃないかな……」
海族と海軍について説明する際には、活動の拠点となる港へ連れて行ってくれたパレスちゃん。
次なる場所も適切だろうことは疑っていないが、はてさてそれはどこなのやら。
「……あれは……」
港から東へ逸れてきたが、こちらもほぼ都市の外れ。
居住区からは離れたエリアに、一際大きいハコモノが見えてくる。
「ひょっとすると、あれがもう一つの技術の結晶……ですかねえ」
「察しがいいね、エスカーくん。そうとも、あれがイース・ミュールの重要なライフライン――浄水場だ」
複数に跨る建物は、その敷地面積だけで言えば海軍詰所を超えている。
ただし一切の飾り気は無く、コンテナのようなハコが幾つも並んでいるのだった。
そして、浄水場の隣には同規模の果樹園のようなものも見える。
綺麗になった水をそのまま流して果樹を育てている、という感じなのか。
「ううん、でも浄水場とさっきの話にどんな繋がりが……」
魔物の強さと、海水を生活水に変える浄水施設。
その繋がりが見えず、ルカは悩ましげに唸る。
「すぐに分かるさ。まずは入るとしよう」
建物の側面からは太いパイプが伸びていて、それが海まで到達している。
あそこから海水を吸い上げ、内部でろ過しているのだろうなと想像出来た。
オレたちはパレスちゃんに続き、浄水場のメイン設備らしきハコの中へ入っていく。
内部には様々な装置が張り巡らされ、その中を大量の水が絶えず流れているのが見えた。
「ぱ、パレス様……! お疲れ様でございます」
入るなり、施設の職員らしき初老の男性が駆け寄ってきた。
もう六十を過ぎていそうな歳の、髪もほとんど白くなった痩せぎすの男性だ。
「ご苦労様、レビラ。ちょっとお客人に浄水場を見学してもらおうと思ってね」
「左様でございますか……お客人とは、また珍しい」
レビラと呼ばれた男性は、こちらを向くと恭しくお辞儀をくれる。
オレたちもそれに倣ってお辞儀を返した。
「今日も特に異常は無いかな?」
「ええ、変わりなく。近年はヤーシャルの供給も安定しておりますから」
「いつかは全大陸で栽培出来るようになればね。ま、今のところはよしとしておこう」
軽い業務上のやり取りの後、回らせてもらうよと許可を取って、パレスちゃんは奥へ進んでいく。
壁面に伸びたパイプがあるので、吸い上げた海水をまず処理する区画らしい。
「ここから海水を取り込み、何工程にも亘って不純物を処理していくことで、住民たちが安心して利用出来る生活水を作り出しているんだ。ほら、幾つも機械が並んでいるだろう? あの中でろ過処理や加熱殺菌処理が行われていくのさ」
「へえ……確かにこれは凄い」
自分たちの世界の浄水技術については良く知らないが、これだけの設備を見せつけられると負けていそうな気分になる。
イース・ミュールが誇る技術と自信満々に語るのも納得だ。
「こちら側ではまだ濁りのある水も、向かいの方では綺麗に澄んでいるのが分かると思う。あの後都市内に張り巡らされた水道管を通り、様々な場所へ届けられるんだ」
「しかも、都市内には水車までありましたね」
「ああ、水流の力を無駄にしないよう発電も行っている。イース・ミュールでは水こそが最重要資源なんだよ」
特にゼフ・ミュールでは山林のようなものは存在しなさそうだし、育てられた農作物が主な食料となるはず。
そこにも安定した水の供給が必須なわけで、最重要と位置付けるのは道理だった。
「ここまで来るのに、長い年月と労力を要した……この技術無しに、人は生きていくことなど出来なかった」
「綺麗な水が確保出来ないと、そりゃ大変だもんねえ……」
ルカがしみじみと言うのに、パレスちゃんはしかし首を振り、
「単純に綺麗というだけじゃない。その水によって人体が壊されることのないよう、無害化しなくてはならなかったんだ」
「――は? 人体が、壊される……?」
これまでの話から一転して、物騒な言葉が飛び出した。
何と言うかパレスちゃんは、印象に残るような言い回しを常に意識した説明をしている感じがする。
おかげでこちらは驚き通しだ。
「……どういう意味ですかな」
「端的に言うと、この世界の海水には人体に有害な成分が含まれている。それも、北上するほど濃く――ね」
「あ……」
北上するほど強くなる魔物と、赤くなっていく海。
その二つに、今の話が更に重なる。
「人体に有害……とあえて言ったのは、これが魔物にはどうもプラスの影響を与えているようだからだ。海水の成分が魔物たちを強化するため、北の魔物はより強靭になっている……」
「ではまさか、赤い海というのは……」
「この謎の成分が凝縮され、海が赤く見えている……というのが私たちの見解なんだ」
確証はない……が、その全てが同じ根を持っているようには見えてしまう。
あの青く澄み切った大海がその瞬間、酷く恐ろしいもののように思えてしまった。




