232.人々が抱える課題
パレスちゃんの後に続き、駆け足で港の中を突っ切っていく。
するとものの二、三分ほどで戦闘が発生している第五発着場へ着くことが出来た。
「あそこですね……!」
アディさんが見つめる先、五人の海軍兵士が魔物と戦っている。
上陸してきたと報告があった通り、対峙している魔物はいずれも海洋系で、数は兵士よりも少ない三体だった。
『……ハンマークラブ。片側だけ肥大化したハサミ部分が特徴的な魔物ですね。挟まれれば当然危険ですし、ハンマーという名前の通り振り回すだけでも重量級の攻撃になります』
周囲に目立たないよう気を遣いつつ、マルが情報をくれる。
蟹型の魔物か。ロウディシアで戦ったような、陸地に上がると無力というヤツではないらしい。
「く……っ! 怯むな、ここで倒しきれ!」
司令塔の男性が発破をかけ、残る四人が一斉に魔物へ突撃する。
獲物は曲刀か長槍。狙いを一体に絞って各個撃破していく作戦らしい。
これなら何とか倒せるかな……と思っていたのだが。
「このお……!」
「ひいっ!」
勢いよく斬りかかった刃はしかし、魔物にほとんど傷を与えられていない。
多少外皮にヒビ割れは見られるものの、いずれも致命的というのは程遠いダメージだった。
「うわあッ!」
そして、ハンマークラブが鈍重なハサミを横薙ぎに振るうと、三人全員が大きく後方へ吹き飛ばされた。
「ええい、情けない……!」
吐き捨てるように言った司令塔の男は、銃を構えてハンマークラブに照準を合わせる。
パンと乾いた音がして、弾が放たれるも……硬いハサミ部分で容易に弾かれてしまった。
「苦戦してるな……」
「強い魔物なのかな。マルちゃん、ハンマークラブのレベルってどれくらいなんだろ」
イオナが訊ねるのに、マルはすぐに調べを付けて結果を答えてくれる。
『はい。ハンマークラブは二ツ星依頼相当とのことです。皆さんなら倒すのにさして苦労はしなさそうですが……』
「……ってことは」
何となく、オレはパレスちゃんの方を見てしまう。
彼女は呆れるような、憐れむような表情を兵士たちに向けていた。
「私が出よう」
「せ、セイル大将!」
しばらく傍で様子を見ていたセイルさんが、耐えかねたように武器を取った。
彼の武器も、他の兵士と同じ曲刀のようだ。軍なのだし、武器はある程度統一されているのかもしれない。
「……ふっ」
もしかして、と一瞬だけ嫌な予感がしたけれど、それは杞憂だった。
セイルさんは素早く魔物の懐へ潜り込むと、曲刀を勢いよく斬り上げる。
ハンマークラブのハサミはその一振りで切断され、空中へ跳ね上がった。
「さ、流石セイル大将……」
ズウン、と音を立てハサミが墜落する横で、兵士たちは尊敬の眼差しでセイルさんを見つめている。
それを気にも留めず、セイルさんは魔物への猛攻を続けた。
「まずは一匹……!」
殻の隙間に上手く曲刀を突き刺す。それを引き抜くとハンマークラブは地面に倒れ、起き上がってはこなかった。
仲間の一体がやられたことで、少し怖気づいた様子の魔物たち。セイルさんが睨むのに、じりじりと後退る。
「む――」
逃走も有り得るかと思ったのだが、残った二体のハンマークラブは仇討ちを選んだ。
左右から挟み込むようにして、セイルさんに飛び掛かる。
「させん!」
重いハサミを持つためか、ハンマークラブの動き自体は速くない。
セイルさんは余裕を持って飛び退き、攻撃を躱す。
代わりに魔物同士が衝突し、少しよろめいていた。
「ふう、どうしたものか」
三者の動きが止まり、膠着状態となる。
セイルさんはどちらから倒すべきか考えているようだ。二体同時に相手する、というのは流石に難しいらしい。
それならば。
「パレスちゃん」
「うん、手を貸してあげるといい」
許可をもらったので、オレたちはセイルさんの元へ駆けよる。
「貴方がたは……!」
「片方はオレたちに任せてください!」
全部引き受ける、なんて言うと差し出がましいので、ここは共闘を申し出ておく。
セイルさんも、助かったという風に頷いてくれた。
「いやあ、ちょうど体が鈍ってたところだったからねえ」
「一体だけだけど、暴れられるかな?」
前衛二人はやっと体を動かせると喜んでいる。
全く、好戦的なことだ……かくいうオレも、ようやく戦えて嬉しいとは感じているが。
「よし、一番はボクが貰い!」
言うや否や、ルカが高速でハンマークラブへ突進する。
大きく拳を振り被ると、躊躇い一つなく鈍重なハサミ部分を殴りつけた。
「おー、痛い痛い……」
鈍い音がして、ルカは痛そうに手をひらひら動かす。
ただ、彼女がお見舞いしたのはただのパンチではなくテルさんに教わった浸透掌……硬い外皮を擦り抜けてダメージが入る便利な技だ。
見ると、やはりハンマークラブのハサミには大きなヒビが。ただ一撃で、相手の武器を半壊させることに成功していた。
「いいね、じゃあ俺も……」
エスカーも、ルカとは別方向から魔物に攻めかかる。
ハンマークラブは彼に対処するため体を動かそうとしたのだが――何故かぎこちない。
「……氷蝕か」
オレはすぐに気付く。海から上陸してきた魔物なのだ、その体にはまだ水気が僅かに残っている。
そこへエスカーの水を凍らせる能力が発動され、薄く氷がまとわりついたようだ。
「氷槍」
右手に槍を創り出し、真っ直ぐに突き出す。
ハンマークラブは再びハサミで防御しようとしたが、それは悪手だった。
氷で出来た槍は脆くとも、ヒビの中心にさえ当たったならば。
見事に部位破壊を決められるのだ。
「……よし」
ガシャンと派手な音を立てて、ハンマークラブのハサミは砕け散った。
あとはもう、無防備なでかい蟹が呆然と突っ立っているだけに等しい。
「トドメだ――」
最後はオレが、黒剣を振るう。
防御手段を失ったハンマークラブは動くことも出来ずに、縦一閃に両断されて死骸と化すのだった。
「いいトコ持ってくねえ、リーダーは」
「あの流れなら仕方ないだろ。とりあえず、おつかれ」
皮肉を受け流しつつ、オレは労いの言葉をかける。
その直後、セイルさんの方でも魔物の倒れる重低音が響いた。
「手を貸していただき、ありがとうございました。いや、しかしお強い……」
「セイルさんこそ、流石は大将です」
と言うよりも――とオレは思う。
一般兵だけでなく、ある程度年季の入った者でさえも。
今の魔物を倒せないレベルの戦闘能力しか有していない……。
「……今の戦いで、ハッキリと理解したことだろう」
こちらへ歩きながらそう告げるのは、パレスちゃん。
既に後ろの方へ撤退してしまった兵たちを憐憫の目で一瞥し、溜め息を吐いた。
「イヤというほどハッキリ分かっちゃったねえ」
「こら、エスカー」
イオナが止めようとするのに、パレスちゃんは緩々と首を振る。
そして、明快な答えをオレたちに提示したのだった。
「この世界の人間は単純に、戦うに足る力が無い。それゆえに、新たな地へ進むことが出来ずにいるんだよ」




