231.海族たちの伝承②
「きっかけは、ある海族からの報告だった」
開拓業に勤しむ海族は、これまで到達した大陸や果たした功績によって当然知名度が違ってくる。
海軍に報告を入れたのは、その中でも指折りの海族団だったそうだ。
「報告があったのは六年前のこと。五番目の大陸……フォカラ大陸以北の海が、少し赤らんで見えたという」
「それは……」
「気のせいだったかもしれないが、幼い頃から伝承を教え込まれてきた海族として一報を入れさせてもらったと、彼は口にしていたよ」
そもそも、フォカラ大陸まで到達出来る海族団はほとんどいない。さらに言えばそこへ上陸し、調査を行えた団はたった二つなのだとか。
ゆえに、海が赤く見えたという報告を検証するのにも時間を要した。
海族たちの協力の下に海軍自ら出向き、約一年の調査期間を経て、周辺海域に赤みが差しているのを確認したのだという。
「言い伝え通りの事象が、現実に起こっていたわけですか」
モノクルをくいと上げながら、ニオさんが言う。
パレスちゃんは首を縦に動かして、
「赤い海……たとえ伝承が無くとも奇妙で気味の悪い現象だ。私たちはすぐさま対策本部を立ち上げたけれど、調べようにも発生源に辿り着くことすら不可能な状況だ。結局、芳しい成果はあげられなかった……」
異常は、イース・ミュールの人々が未だ辿り着けていない場所から発生している可能性が高い。
海を北上した果て……それは赤い海に呑まれて消えたとされる、古代文明があった場所と同じだ。
成果があげられなかったとして、看過出来る問題ではない。
もしも伝承が真実の歴史なのだとしたら、赤い海は大陸を沈めかねない事象なのだから……。
「調査が出来ずとも放置するのは論外だ。私たちは海族たちの伝承を真実だと仮定することにした。これは恐らくだが、滅びから辛くも逃れた古代の民が他の大陸へ流れ着き、当時の悲劇が伝承として語り継がれるようになったのではないかというのが今の定説だ。そしてこれを国の最重要問題と位置付けた私たちは、状況を打開するための秘策を考案した……」
……ここに至り、ようやく事態の構図が分かってきた。
つまるところ、パレスちゃんの言う秘策というのが。
「ふむ。つまり秘策というのが、異世界人をこの地に呼ぶ召喚術だった……というわけですな」
答え合わせをするように問いかけたのはニオさんだった。
「召喚術もまた、古代文明の遺した技術だった。文献の一部だけでも流れ着いたのが奇跡だったくらいだ。私たちは必死にそれを読み解き、補完し、長い歳月を経て完成させ……今日この日に、君たちを召喚することがついに叶ったというわけさ」
「そうすると、ボクたちに求めているのは……」
「ああ。この世界の者では辿り着けない北の果て。赤い海が広がりつつあるその地へ向かい、滅びの原因となる何かを排除してほしい。それが私たちの望みだ」
詳らかになった、オレたちへの望み。
それは世界の果てへと船を漕ぎ出し、赤く染まる海の問題を解決すること……。
「我々が召喚された理由については、なるほど得心いたしました。その上で……これを依頼としてお受けするには、まだ足りていない情報が幾つかあります」
「分かっているとも。これでやっと半分、伝えたいことを伝えられたというところだ」
ニオさんの指摘にパレスさんはそう請け合って、
「この世界の誰にも成し得なかった任務を頼むのだから、君たちが善意だけで引き受けてくれるなんて期待しちゃいない。問題解決の折には、相応の褒賞を与えることを約束させてもらおう」
「その具体的な中身も改めて聞かせてもらうことにして。もう一つ必要なのは難易度ですな。無論、前人未到の地へ向かうのは途方も無い困難が予想されるのでしょうが、肝心なところを聞けていない。何故、イース・ミュールの人々は五番目より先の大陸へ辿り着けていないのか……」
まさに、その部分がまだ抜け落ちている。
到達できる者が少ないだとかいないだとか、困難さだけは伝わってくるものの、どうしてかという理由が分からないのだ。
「……そうだね。君たちが調査するにあたって、何故難しいのかが分からなければ、私たち以上の成果が出せるのかも分からなくて当然だ。さて、どう示すのが一番君たちに理解してもらいやすいか――」
パレスちゃんが言い終わらないうちに、会議室の扉が慌ただしくノックされた。
その只ならぬ雰囲気に、大将セイルさんが入りなさいと硬い声で答える。
「し、失礼します!」
扉が開かれると、海軍の一兵卒らしき若者が敬礼を欠かさずに入ってくる。
彼はオレたちがいることに多少困惑したものの、すぐセイルさんたちの方を向き用件を告げた。
「港の第五発着場付近に魔物が上陸してきました! 現在何人かの兵で応戦しておりますが、討伐に手間取っておりまして……!」
「魔物か……分かった、すぐ行こう」
セイルさんは心得たとばかりに頷き、すっくと立ち上がると一般兵とともに出ていった。
落ち着いた対談から一転、場は緊張に包まれる。
「パレスさん、私たちは……」
助力すべきか否か、フェイはパレスちゃんに訊ねたのだが、
「……うん、ちょうどいいか」
なんとパレスちゃんは、そう呟いてニコリと笑う。
「ええと?」
「私たちも様子を見に行こう。もし海軍が苦戦するようであれば、手を貸してほしい。……戦いの場に出向けばきっと、君たちに分かってもらえるはずだ。何故イース・ミュールの人々が、世界の果てを目指せないのかね」
思わせぶりな台詞を言うと、パレスちゃんもまた立ち上がり、会議室を出る。
オレたちは互いに首を傾げつつも、言われた通り素直に従い、発着場の様子を伺いに行くのだった。




